2-5 パーティー勧誘


 翌朝、2人はギルドの依頼掲示板の前にいた。冒険者の2人が金を稼ぐとなると、やはり依頼をこなすしかなかった。

 しかしルークが受けられるのは『シルバー』等級までの依頼であり、報酬も等級に見合った額の金額しか貰えない。

 もしその上の『ゴールド』等級に該当する依頼を受ける場合、等級を上げるか、4人のパーティーを組む必要があり、ルークを悩ませていた。

 『アイアン』の実力ではないセレーネがいる今、『シルバー』の依頼では非効率だった。


「コボルトにゴブリン……あっ、こっちは墓地に出たスケルトンの討伐ってありますよ」

「いや、どれも稼げねえ。お前がいるならもっと稼ぎのいい依頼を受けたいが……シルバーだとこの辺しかねえな……」

「どうしましょうか……」

「仕方がねえ……このゴブリンとコボルトの依頼を2つ受けよう。依頼場所が近いから効率が……」


 2枚目の依頼書を手にしたルークに、青年が話しかけてきた。


「お、昨日の2人じゃねえか! お前大丈夫か? まあその顔の様子だと平気そうだが……」

「あぁ……」


 ルークが気怠そうに返事をすると、セレーネが青年に興味を示した。


「この方は……昨日いた……」

「ああ、あんたも無事そうで良かったよ。俺はルーカスって言うんだ」

「私はセレーネと言います。昨日は助けていただきありがとうございました」

「いやぁ、助けたって言っても……」


 ルーカスは笑いながら後頭部を掻く。

 髪は短く整えられ、美形な顔立ちではないが、気さくな性格は相手に好印象を与えるだろう。

 何より暴行されるルークの前に立った正義感の強い青年である。身長はルークより少し高く、年齢も相応にルークより年上だろう。

 

「それで名前は確か……」


 自己紹介をしないルークの代わりに、セレーネが口を開いた。


「こちらはルークさんです」

「あ、そうだルークだ! そうだよ俺と名前が似てるんだった」


 自身の名前を言われたルークは威圧感がある口調で話す。


「それで、何の用だ?」

「一応あるんだが……それは?」


 ルーカスはルークの持っていた依頼書を覗き込もうとするが、セレーネが依頼書の中身を説明する。


「コボルトとゴブリンの討伐を受けようとしていたんです」

「え、コボルトとゴブリン? 2人とも強そうなのにそんな依頼を受けるのか」

「私たち、今お金が必要で……ルークさんともっと報酬の高い依頼を受けたいなと話していたんですが……」


 流れのまま話を続けてしまうと、自身らの等級を明かしてしまうため、セレーネはルークの様子を確認するように顔を覗き込む。

 しかしルークは隠さずに自身の等級を明かす。


「俺が『シルバー』だから、これ以上の依頼は受けられねえんだ」

「ああそういうことか~。ならさ……俺らと組まねえか? 俺、『ゴールド』だからよ!」


 ルーカスは自慢げに自身を指差すと、彼に話しかける男女が現れた。


「ちょっとルーカス、なにやってんのよ。依頼を見てくるんじゃなかったの?」

「あれ、この人たちって昨日の……」


 ルーカスは男女2人に話しかけられると、その場の全員に提案した。


「ああ、ちょうどいいや。みんなで飯食わねえか?」

「どうしますかルークさん?」


 セレーネは自ずとルークに選択権を託す。


「とりあえず話だけ聞こう」

「いいねぇ、やっぱ飯だよな。行こうぜ!」


 ルーカスは気軽い声で4人をテーブルへと扇動する。



♢ ♢ ♢



「私はヘレナ、よろしくね」

「僕はカルロスで、魔法師です。ルークさん、セレーネさん、よろしくお願いします」


 ヘレナとカルロスはルークとセレーネに名前を告げた。


「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「それはそうとセレーネちゃん、昨日は大変だったねぇ」


 ヘレナの口振りから、彼女も昨日の一件を知っているようだった。

 またセレーネへの呼び方から察するに、ルーカスと同じく気さくな性格をしており、彼女の明るい印象はその外見にも現れていた。

 軽く曲線を描いた明るいミルクティーのような髪は、首に届かない程度に整えられており、ぱっちりとした目は活発に輝いていた。


「はい、ですがこちらのルークさんに助けていただいて……ルークさんもルーカスさんに助けられたようで、ありがとうございました」

「俺が止めに入って良かっただろ?」

「いやビックリしたよ。後から来てみたらルーカスが騒ぎの中にいたからさ」


 カルロスが口を開ける。髪はルーカスより長いが、額を出すように前髪を流しており、整った知的な顔立ちはルーカスの印象とは違い、相手に礼儀正しい印象を与えるだろう。


「お調子者のあんたもたまには役立ったようね」

「たまにはって、俺『ゴールド』なんだが?」

「それはあんたがリーダーとして依頼を受けてたからでしょ? 私達だって後数回、同じ依頼を受ければ、勝手に『ゴールド』に持ち上がるわよ」

「いやまあそうだが……」

「たまには酷いよ姉さん。ルーカスはいつも頑張ってるよ。ルーカスがいなかったらこのパーティーは成り立たないよ」

「流石カルロス、俺のことをちゃんと見てるな」

「稀に、僕の指示を聞いてくれないけどね」

「いやそんなことは……」

「んふ…やっぱそうよねぇ」


 3人は楽しそうに会話をするが、腕を組み眺めていたルークが重い口を開いた。


「なぁ? 俺らにパーティーの話をするんじゃなかったのか? 用がないなら俺は行くぞ」

「あぁ……すまん……」


 ルークの冷ややかな声に、場の雰囲気が一気に冷めていくのを感じたセレーネは、すかさず話を持たせる。


「あっあのルーカスさん……それで、パーティーのお話っていうのはなんでしょうか?」

「あぁ、そうだな……説明する」


 ルーカスは真剣な表情を作る。


「実は俺達も大きく稼ぎたいと思っていて、パーティを探していたんだが……そんなところで2人を見かけたわけだ」


 ルーカスの後にカルロスが続ける。


「ちょうどルーカスが『ゴールド』になったので、もし出来るなら、北東方面の依頼をこなしたいと話していたんです」

「北東は東の国、ブーダルの領土じゃないのか?」

「そうですね。ですが土地の開拓にあたり、ギルドの『瑞風海商』を手伝うことになったようです。北はまだ未開拓の地域が多いので、隣の国の私たちと、共同開拓をする協定が結ばれたんだと思います。開拓冒険者を募るために今は税金も安くなっていて、魔物の素材も高く売れるんです」

「そもそもなんで北側を開拓することになったの? あの山が近いし危ないと思うんだけど」


 ヘレナの質問に対し、カルロスが再び説明する。


「危ないからこそ開拓するんじゃないかな。近年、魔物が活発になってるって言うし、農村を守るためにも人間が管理するような緩衝地帯があった方がいいでしょ? だから土地を増やすんだと思う。 僕らのギルドと共同で開拓するのも、それが理由なんじゃないかな?」


 5人が所属する『蒼銀の剣』は魔物の討伐により発展してきたギルドであり、対してブーダル王国の『瑞風海商』は中継貿易で発展したギルドであった。

 

「あんた良く知ってるわね」

「いやただの推測だよ。ギルド同士の真意なんか僕じゃ分からないよ」


 カルロスの説明をまとめるかのようにルーカスが口を開き、ルークに話しかける。


「だから今、北東の地域は稼ぎ時なんが、『ゴールド』1人と『シルバー』2人じゃ要件を満たせなくてな……だからパーティーメンバーを探していたんだ」

「それなら、俺らである必要があるのか?」

「いやまあそう言われるとそうなんだが……なぁ、セレーネは治療魔法が使えるんだろ?」

「あ、はい。治療魔法以外にも支援魔法が使えます」

「セレーネって等級はいくつなんだ?」

「私は……『アイアン』です……」

「『アイアン』ですか……そうなると……」


 セレーネの自信が感じられない声に、カルロスは指を口に当て、考え込むように呟いた。

 まるでセレーネを値踏みするかのような発言に、ルークは語尾を強める。


「こいつは『アイアン』だが、実質的な等級はここにいる誰よりも高い。お前より上手く魔法を使えると思うぞ」


 ルークの威圧的な態度を感じたヘレナは、カルロスを咎める。


「こらあんたなに言ってんのよ。失礼でしょうが、謝りなさい」

「いや、そういう訳で言ったんじゃないけど……」


 カルロスはヘレナの言葉を否定するが、すぐさまセレーネの方を向き、頭を下げた。


「セレーネさん、失礼な態度を取ってしまい、すみませんでした」

「うちの弟がごめんなさいね、セレーネちゃん」


 2人の謝罪にルーカスも合わせる。


「すまねえセレーネ。けどカルロスはそんな悪いやつじゃないんだ。俺らのパーティーはいつもこいつが作戦を考えるから、きっとそういう意味じゃなくて……」

「あ、いえ、お気になさらないでください。私が『アイアン』なのは事実ですし、それに私は攻撃魔法は使えませんから……」


 3人からいっぺんに謝罪をされ、セレーネは恥ずかしそうにはにかんだ。


「ルークもすまんかった。カルロスを許してやってくれ」

「ああ」

「本当にすみませんでした」


 ルークにも頭を下げたカルロスは話を続ける。


「ですがそうなるとちょうどいいですね。私は主に攻撃魔法が得意なので、役割が分かれています。ルークさんは……魔法が凄いんですよね?」

「曖昧な質問だな。それなりの出力がある魔法は使えるが、特別な魔法は使えない」


 ルークは否定するが、セレーネはその質問を否定しなかった。


「ルークさんは凄いんですよ。機転を利かせながら剣と魔法を使って戦うんです。角の生えたトロールと対峙したときには、器用にも攻撃をかわしながら頭に登ったりして……」


 何故か先日の出来事を説明し始めるセレーネだったが、その饒舌はすぐにルークに止められた。


「おい、余計なことは言うな」

「あ、ごめんなさい……!」


 セレーネは恥ずかしそうにルークに謝り、2人のやり取りを見ていたルーカスは笑った。


「ははっ、そうだなカルロス。ルークの魔法を目の前で見たが、あれはマジで凄かったぞ。魔力の圧っていうのか、あれが物凄く伝わってきて、お前の魔法より圧を感じたぞ」


 ルーカスは記憶を思い起こそうとしながら、魔法を撃つ身振りをする。


「あれだ、手の前に火花が散って火球を作るやつってなんだっけな? お前も使えるやつ。フェイルなんとかってやつだよ」


「多分『フェイル・バーム』じゃないかな?」

「ああ、多分それだ。ルークそうだよな?」

「ああ」

「火球を飛ばして炸裂させる中級魔法だね」

「けどルークのは火球が黒っぽかったんだ」

「黒?」

「ああ、お前のフェイルバームとは全然違っていて……もしあれを撃たれていたら、俺は死んでいたぜ」

「黒……黒の魔力……黒魔法か……」


 カルロスは再び考え込むように唇の下を撫でる。


「カルロス、黒の魔法だと何か意味があんのか?」

「前に言わなかったっけ? 人間にも魔物や悪魔みたいに黒や黒紫の魔力を持っている人がいて、そういう人が使う攻撃魔法には黒色が混じって、威力が通常より劇的に上がるんだ」

「んじゃあ、ルークはその強い魔法を使えるってことなのか!? どうなんだルーク!」


 ルーカスは期待感を膨らませルークを問い詰めるが、ルークは静かに答えた。


「見間違いだろ。俺は黒の魔法なんか……覚えてねえよ」


 ルークは記憶が曖昧であり、その場のことを本当に覚えていなかった。無論、『彼』がバフォメットと戦っていた時の記憶も覚えておらず、黒の魔法を唯一鮮明に覚えているのは、ルークが全てを失った『あの日』の惨劇だけであった。

 彼は最も忘れたい記憶を思い出してしまい、拳を強く握り締める。

 

「あれは間違いなく黒だったけどなぁ。なあカルロス、その黒の魔力を持ってる人って珍しいのか?」

「かなり珍しいと思うね。持ってる人は大抵、かなりの実力者だよ。ほら、僕らのギルドマスター『グリム・ダスカール』も黒の魔力を持ってるって話だよ」

「まじかよ……すげえなルーク……! お前、実はかなりの強者で、正体を隠してたりするんじゃないのか? なぁ、どうなんだ?」


 ルークは聞かれるたびに嫌な記憶を鮮明に掘り起こされ、脈拍が一気に跳ね上がった。


「俺は覚えてねぇ……覚えてねえよ!」


 ルークは衝動的に机を叩きつけ、激しい打音が響く。

 その大きな音にルーカスたちのみならず周りの冒険者たちも一瞬鎮まるが、すぐさま元の喧騒に戻る。しかしルーカス達のテーブルには静寂が続いていた。


「す、すまんルーク……」


 ルーカスは気まずそうな様子を見たセレーネは、助け船を出す。


「ごめんなさいルーカスさん……ルークさんは本当に覚えてないんだと思います。あれだけその……酷い目に遭ってましたから……」

「そうだよな……あれだけあいつらにやられてたら……ルーク、嫌なこと思い出させちまったな……すまなかった」


 ルーカスは面目が立たないのか、 決まりが悪そうに謝るとルークは深く息をする。


「じゃあ……何で俺に声をかけたんだ……? 俺の魔法で死にそうになったんだろ? 人を殺そうとした人間を、誘う理由が分からねえが」


 それは当然の疑問である。ルークは大衆の前で悪人と認定された厄介者であり、他人を殺そうとしていた、ましてや自身を殺しかねなかった人間をパーティーに誘うなど、普通であれば絶対にしないだろう。

 それなのに自身に声をかけてきたルーカスを疑うのは、ルークとしては至極当然であった。

 

「魔法を見て、実力を見込んだのもそうだが……2人の様子を見て逆に安心したんだ。互いを信用しているのが良く分かる。これだけ信頼関係があるなら、俺らもお前らを信頼出来る……! 2人は組み始めて長いのか?」

「……3日前に会ったばかりだが?」


 ルークの言葉にルーカスに笑顔が戻る。


「はっ、そうかよ、そんなに短いのに仲が良いのか」

「何がおかしい?」

「ふっ、いやだってよ。お前はセレーネの為なら人を殺す覚悟があるんだぜ? 人を殺しそうになるのは褒められたことじゃねえが……まあそれだけセレーネのことを大事に思ってるわけだ」

「そうじゃねえが……」


 ルークは静かに否定するが、それを見ていたセレーナは顔を紅潮させる。


「けど俺自身、この2人が襲われそうになったら、綺麗事を言ってられないかもしれないな」


 ルーカスはカルロスとヘレナの方を向くが、2人は恥ずかしそうに否定し場を茶化した。


「あんたなに言ってんのよ……」

「ははっ、ルーカスはたまに、普通は恥ずかしくて言えないことを、真面目なことを言うからなぁ」


「何だよ、俺はお前らをそれだけ信用してるんだぜ? セレーネの方もルークのことを信用しているみたいだしな。つまり俺らがセレーネを絶対的に信用して、友好的なら……! お前も俺らにある程度の信頼を置けるわけだろ!?」

「何でそうなる……」


 ルークはまたしても呆れたように否定する。彼とルーカスが話している中、ヘレナはセレーネに小声で話しかける。


「ねえセレーネちゃん、ルーク君ってちょっと怖いけど、普段は感じなの……?」

「ぶっきらぼうに見えるかもしれないですが……とても親切で優しい方です。3日前に助けていただいてから、ずっとお世話になっています」

「そうなんだ~雰囲気とは違って優しいんだね。けど彼、こんなことを言うのは悪いんだけど……盗みをやってたって噂はどうなの……?」

「それは……本当だったみたいなんですが……でも大丈夫です……! 今のルークさんはそんなことはしません……!」

「んふ、まあセレーネちゃんがいるうちは大丈夫だね」

「ルーカスさんも、ヘレナさん達のことを信頼してるみたいですね。んふ、とても良い人そうです」

「あいつはちょっと……お調子者なのよ……そんなこと言ったら、あいつ調子に乗るから駄目よ……」


 自身の仲間を「良い人」と形容されたヘレナは、嬉しくも恥ずかしそうにルーカスをなじる。


「なあセレーネ、そういうわけで俺らとパーティーを組んで欲しいんだけどどうだ?」

「はい、私は大丈夫ですが……」


 セレーネはルークの意見を伺う。

 

「組むのは具体的な依頼内容を決めた後だ。納得出来ない内容なら断る」

「ああ、それでいいぜ。それじゃあ作戦会議と行きたいが……先に飯を頼むか。早く頼まねえと店員からどやされちまう」

「私達からお誘いをしたので好きなものを頼んでください」

「セレーネちゃん、好きなものを頼んでいいからね。ルーカスが全部払うからいっぱい食べなよ」

「はぁ? 俺が払うのかよ」

「んふ、ありがとうございます。それじゃあルークさん、お言葉に甘えてなにか頼みましょう」

「ああ」


 5人が料理を頼むと、テーブルには沢山の皿が並んだ。


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