2-4 孤独の果てに、少年は決意する
2人は洞窟に残してきた武器を回収し街へ戻ると、鍛冶屋に来ていた。ダンジョン内に残してきたものは入口の扉が開かず、回収が不可能だったため、2人は洞窟に置いてきたものだけを回収していた。
鍛冶屋のドワーフはルークから手渡された武器を様々な角度から見る。
彼の作る武具はとても評判が高く、隣街から作製の依頼が来るほど人気だった。低身長でかつ横に太っており、長く伸びた髭と気難しい職人気質な彼は、まさしくドワーフの象徴のような人物だった。
「37,000ルーンだな」
「もっと上がらねえか?」
「これ以上は無理だな。錆びもあるがこの武器、全部ヴァーナイト製だからな。これでも高く見積もってるぜ」
ドワーフは柄の感触を確かめるようにロングソードを握り締めると、軽く振る。
「けどよ、この武器は全部古いドワーフの武器だ。こんなのどこで拾ってきた?」
「いや、色々あってな……分かるのか?」
「おい……俺様が『ダグール』だからって舐めんじゃねえぞ……! 国を離れても俺はドワーフだ。ドワーフと人間の武器の違いぐらい簡単に見分けが付く」
『ダグール』とはドワーフの国を離れた者や、地上で暮らすドワーフ内での蔑称である。
地下に王国を築く彼らだがそれでも地上での農業、鉱業や貿易は不可欠であり、それらの仕事は身分が低いドワーフが従事していたため、日の当たる者『ダグール』と蔑まされていた。
この鍛冶屋のドワーフもルークに『ダグール』と馬鹿にされたと曲解していた。
「別にそういう意味で言ったわけじゃねえよ……まあ、37,000ルーンでいい」
ルークは最も綺麗なロングソード1本を除き、全ての装備を売ったが37,000ルーンという額面はかなりの大金であり、ルーク1人なら2か月は暮らせる。
ここまで大きな額面になったのは、配置していた魔物がドワーフ製の武器を持ったスパルトイだったことが大きな要因だろう。
過去のドワーフの作った武具でも、今の人間が作る武具よりも質が良く、2千年という遠い過去でも、現代で実用に足る代物を作れたドワーフが、世界の覇権を握っていた理由が垣間見える。
一般魔法さえ普及していなければ、世界の覇者は今もなおドワーフのものだっただろう。
ルークは代金を受け取ると、その半分を横にいたセレーネに手渡した。
「これはお前のだ」
「え? 私にですか?」
「手を出せ」
ルークはセレーネの泥で汚れた手に銀貨3枚と数枚の大銅貨を手渡す。
「こんなに……いいんですか?」
「それはお前が持ってきた分だ。俺のじゃねえ」
「ルークさん、ありがとうございます……!」
ルークは頭を下げるセレーネを無視すると、再び鍛冶屋のドワーフに話しかける。
「あとこのロングソードに合う鞘……素材は一番安いのでいい。それと……この角で武器を作れるか?」
「ほう、トロールの角じゃねえか」
ルークは自宅から持ってきていたドレッドトロールの角をカウンターに乗せると、ドワーフは目を細めながら角の状態を確認していた。
「何度か加工したことがあるから出来るぞ。作るなら槍の穂先だな」
「剣は作れないか?」
「直剣は無理だな。この捻じれた角を真っ直ぐするのは不可能だ。曲剣なら出来るが、曲剣にしては曲がりが中途半端だ……扱いが難しいぞ」
「なら曲剣でいい。値段はいくらだ?」
ドワーフはその言葉にはすぐに反応せず、角を眺め終えるとようやく答えた。
「鞘も含めて5万だな。それでいいなら作ってやる」
「はぁ? 高すぎるだろ」
ルークは予想以上の金額を要求され、思わず喧嘩腰になる。
ルークが以前使っていたロングダガーが大体18,000ルーンであり、それは作製と素材の代金を含めた金額である。
しかし今回は作製代だけで5万ルーンも要求されており、かなり高額なことを考えるとルークの反応も自然なことだろう。
「そりゃ当たり前だろ。俺様は街一番のドワーフだ。そんな俺様に鞘と角の加工を頼むってなら前金はそれぐらい必要だろ」
「分かった……けどその半分の前金にしてくれないか? もう半分は必ず後で払う」
「がははっ、駄目だな。冒険者の『必ず』っていう言葉はこの世で一番信用ならねえ……! 受け取りに来て結局金がねえっていうのが大抵のお決まりだ」
鍛冶屋のみならず、冒険者と取引する者は必ず前金を要求する。受け取りの際に金が足りない者や、依頼で死亡する者もいるため、金銭のやり取りは前払いにすることが鉄則であった。
「あの、ルークさん……このお金お返しします」
「何でだ?」
「元々、ルークさんの剣が壊れてしまったのは私のせいです。なので……このお金で、新しい武器を作り直してください。
「そういうことなら……貰うぞ」
ルークは彼女の手のひらにある銀貨3枚の内、2枚を受け取った。
「残りはお前の生活費だ。それだけあれば、2週間は凌げるだろ」
「すみません……ありがとうございます……」
所持金が増えたルークは再びドワーフと交渉する。
「加工代は……4万ルーンにはならないか?」
「駄目だな。加工は絶対に5万ルーンだ」
「分かった……なら鞘だけならいくらになる?」
「鞘なら3千ルーンでいい。すぐに出来る。明日にでも取りに来い」
「分かった、それでいい」
ルークは鞘の代金を支払うと、ドワーフは大声で叫ぶ。
「おい!」
「なんでしょうか親方!」
ドワーフの呼び声にすぐさま工房の奥から1人の男が駆けつけてきた。その呼び方から察するに弟子と思われる男に、ドワーフは最小限の指示を出す。
「この剣の鞘を作れ。素材は革で一番安いやつでいい。剣身の太さがいつものより太いから注意しろ」
「分かりました!」
男は力んだ声で返事をすると、剣を預かり工房へと戻っていた。
ルークはドレッドトロールの角を回収すると、鍛冶屋を後にする。
今も雨は弱く降り続いており、雨に数時間晒された2人はずぶ濡れだった。
「お前、替えの服は持っているのか?」
「はい、持ってます。けど……ちょっと湿ってますね……」
セレーネは背負っていた革のバッグから、替えのローブを状態を確認した。これだけ長い時間雨に打たれれば、バッグの中でも濡れてしまうだろう。
「ならさっき金で風呂にでも行ってこい。場所は分かるか?」
「はい、町の北東の方ですよね?」
「ああ、風呂屋の近くに洗濯を引き受けている店もあるから、今着てる服はそこで頼め」
「ルークさんはどうするんですか……?」
「俺は一度家に帰る。風呂はそのあとだ」
「分かりました……」
二人は互いに別方向へ歩き始めるが、ルークが振り向き、セレーネに再び話しかける。
「それと、今日はもうギルドに行くなよ。飯を食うなら他で食え」
「はい……分かりました」
セレーネは重い声で返答すると歩き出す。春とはいえ長時間雨に晒されると、体温は下がり、疲労もかなり溜まっているだろう。
ルークは雨の中、1人で小さく歩く少女を見続ける。ブーツには泥が付き、跳ね返りによって白いローブの裾も汚れていた。
その野良犬のような姿に憐れみを覚えたルークは、少女がいなくなった後も、その場から動くことが出来なかった。
ルークは自宅へと向かうと、着ていた装備を脱ぎ捨て、代わりの衣類を手にする。
溜まっていた洗濯物をかごに入れ、大浴場へと向かうが、道中、どうしてもあの銀髪のエルフのことを考えてしまっていた。
ルークは大浴場に入ると、油で垢を落とし、冷えた身体を温めるため熱い湯に浸かる。
無心になるべく腕を組み、湯に深く浸かるが、今朝のことを思い出してしまう。
(あの様子じゃ、プリモドールまでは絶対にたどり着けねぇ。馬鹿みたいに金を使ったのも、今まで気付かずに食い物にされてきたんだ。この街まで来れたこと自体奇跡みたいなもんだ……)
顔を見上げると、石壁には魔神タルザリエンと3人の勇者の神話が彫られており、ドワーフの勇者だけがやたらと誇張されているのは、この大浴場の設計者がドワーフだからであろう。
しかし今の彼には壮大な彫刻を前にしても、あの哀愁漂う少女の後ろ姿しか見えておらず、彼女を思うたび、胸に息苦しさを感じていた。
(あいつ……何であんなあぶねえ目に遭いながらも、俺に付いて来たんだ……)
狂王タルザリアムの配下に母を攫われた少女。狂王の魂を破壊し、配下の反応を探るために半年以上の長旅をしていた彼女であったが、今日したことと言えば泥だらけになりルークの稼ぎを手伝うことだった。
彼女が今日稼いだお金、約8千ルーンはかなりの稼ぎであり、プリモドールまでの旅費を稼ぐという意味では効率良く稼ぐことが出来たが、彼女の目的とは無関係である。
馬車での移動にも関わらず、バナー市街に来るまでに半年もかかってしまった彼女が、旅費を稼ぎながらプリモドールに戻るとなると、倍以上の日数がかかるだろう。
依頼をこなそうとすると、今朝のように悪意を持って彼女に接してくる冒険者が他にもいないとは限らないため、安全に帰還するのは困難である。
(何も知らない、悪意に鈍くて、馬鹿なエルフ……今日だってあんな目に会いながら、俺に付いて来るほどの馬鹿だ……なら……あいつが馬鹿なら俺は……)
ルークは彼女を想い、湯から立ち上がる。
「俺は何も出来ねえ、最低な賊だが……それでも……」
♢ ♢ ♢
大浴場から上がり、建物を後にしようとするルークだったが、出入り口にセレーネに足を止められる
「何してんだ」
「あ、ルークさん」
セレーネが駆け寄ってくると、花の香油の香りが漂う。
「汚れた服はもう洗濯屋さんにお願いしたので、ルークさんを待っていました」
ルークはいつものように彼女の行動を否定しようとするが、思い止め、初めて彼女に提案した。
「飯食いに行かねえか……?」
「はい……! 行きましょう」
セレーネは身体が温まったのか、心なしか活力が戻っていた。
2人は近くの飲食店へ向かう。
雨も上がり、日の落ちた時間帯であったため、店内は繁盛しており、2人は奥にあった狭い席で注文を頼んだ。
しばらくするとパンや豆のスープが運ばれ、2人は食事をし始める。周囲の喧騒を鑑賞し食事を進めていく2人だったが、手を止めると同時に口を開く。
「なあ」
「あの」
「なんだ?」
セレーネは一瞬の間のあと、再び口を開く。
「あの、ルークさん……やはり私を、エルフの森まで連れて行ってくれないでしょうか?」
それはルークが大浴場で考えていたことであるが、彼には1つだけ疑問があった。
「なぁ、何で俺に頼むんだ?」
「え?」
「俺じゃなくたっていいだろ……あの男たちみたいなのはダメだが……例えば朝の女みたいな奴なら……あいつなら実力も俺より高いぞ」
ルークは中身のないコップの木目とセレーネを交互に確認する。彼女はそんなルークに対して、真剣に見つめた。
「いえ、私はルークさんだからお願いしたんです。今一番信頼出来るのは……ルークさんだけです」
「信頼って……」
ルークはコップを置く。
「俺は……盗賊までとはいかないが……盗みもやってきた人間だ。朝の奴らより、俺の方が酷いかもしれない……そんな人間を信用するのか?」
「仮にそうだったとしても、私にとってルークさんは……信用出来る方です……! 数日前に会っただけですが……ルークさんは今までの旅で一番優しい方です。ここまで私に親切にしてくれた人は、他にいません」
「優しい……? 俺が?」
予想していなかったセレーネの言葉に、ルークはコップの取っ手を握り締める。
「俺がお前にしてきたことは信頼を得るためで、旅の途中、俺がお前を襲ったらどうする? 途中でエルフのお前を捕えて、奴隷商人に売りつけることだって出来るんだぞ」
ルークは自身の言葉に、コップを投げ飛ばしたくなってしまう衝動に駆られる。
「いえ……ルークさんは悪い人ではありません」
セレーネはルークを見つめながら笑う。
「でなければ、私をダンジョンで助けるなんてことはしませんし……今朝も……あんなことになってまで、私を助けようとはしません」
「はぁ……馬鹿かお前……」
ルークは純粋すぎる答えに呆れ、握り締めていたコップを再び置く。
「お前を売れば、100万や200万ルーンじゃくだらない。1,000万ルーンだって買う奴はいるかもしれない」
「なら、お金に困ったら私を売ってください」
セレーネは軽い笑いでルークの物言いを打ち返す。ここまで冗談を言える彼女は、本心でルークのことを信頼していた。微笑む彼女を見て、ルークは結論を述べる。
「分かった……森まで連れて行ってやる」
「本当ですか!?」
ルークは食い入るように聞き返すセレーネに、釘を刺す。
「ただ、問題がある」
「問題とは?」
「地図は持ってるか?」
「はい、あります」
セレーネはバッグから湿った地図を取り出すと、ルークは皿を端に寄せ、自分たちの現在地を指し示した。
「お前、南を通ってこの街に来たんだよな?」
「はい、最短距離で来たかったのですが、やはりこの山があるせいで……」
セレーネはティルファランド全土を縦に分断するように位置する、ルムンスト山脈を指差した。
「プリモドールに行くなら……やはり、一度南西のエルムノーを通って北に行くしかない。ここまで毎日、半日は歩くとして……何日だ?」
ルークは距離の目安が示された直線を指で合わせ、ティルファランド随一の交易都市である、エルムノーまでの距離を測る。
「正確な距離ではないが……目測だと1か月以上はかかりそうだ。毎日半日……歩けるか?」
「いえ……無理かもしれません」
セレーネはそう推測するが不可能だろう。歩き慣れていない者が半日も歩き続ければ、翌日はその更に半分も歩けなくなっている可能性が高い。
またルーク自身も、毎日歩けるとは思っていなかった。パーティーを組まないルークは近辺で可能な依頼しか受けてきておらず、1人になってからは今まで、長旅をすることはなかった。
「そうなるとエルムノーまで、既に2か月はかかるな。だがこれは安全な交易路を辿った場合の話だ。野宿をする前提で進めば、短縮できる道もあるが……問題は金がないことだ」
ルークは視線をセレーネに移すと説明を続ける。
「俺は食事代だけで月に1万ルーンはかかって、家賃も同じぐらいだ。2人になれば最低でも1か月で4万ルーンは必要だ……プリモドールに行くためには50万は稼ぐ必要がある」
「そうですね。旅費さえあれば……なので旅費は私がなんとか……」
「旅費は2人で稼ぐぞ。お前の魔法があれば、俺だけじゃ無理だった依頼も受けられる」
ルークは考え込むセレーネの言葉を遮ると、彼女はまぶしい笑顔を返してきた。
「はい……! そう言っていただけると助かります。ルークさん……ありがとうございます!」
それは霊廟内で見た彼女の笑顔であり、ルークは思わず鼻の下を拭った。
プリモドールまでの旅は半年では済まないだろう。旅をするとなるとルークは1年以上、セレーネと過ごすことになる。
あの日から孤独に生きてきたルークにとって、誠実で純粋な少女を受け入れることは、気恥ずかしいものがあった。
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