2-3 自身もまた、冒険者であった


「おい……その怪我じゃ無茶だぜ……!」

「……どけっ……」


 ルークは自身を引き止める青年の手を振り払い、集会所の出入り口へと向かう。

 しかしその足取りは遅く、足を引き摺るように歩いていた。それも当然だろう。ルークの鼻は血塗れで頬は酷く膨れ上がっており、一目見ただけでまともな状態ではなかった。

 彼はレーザーアーマーを着てはいたが、滅多打ちにされていた以上、防具の下にも赤く腫れあがった痣があっても不思議ではない。


「お前、それじゃああいつらに追いつけたとしても、またやられちまうぜ……」

「今度こそ……あいつらを……殺す……!」

「殺すって……」


 最も過激な強行手段を呟くルークに、青年は彼の前に立ち塞がった。


「それならなおさら、行かすわけにはいかねえな」


 青年に対してルークは、左手を掲げることで返事をする。手には火花が散っていた。


「邪魔だ……」


 火花がより激しく散り、手の前には火球が生まれ始める。


「くっ……撃てるなら撃ってみろ……!」


 攻撃として用いられる魔法は、人の殴りとは比べ物にならない威力を発揮する。もしこの火球が放たれると、青年は今のルーク以上の悲惨な状態になるだろう。

 自分を殺す魔法を構えられた青年は身構え、緊張から唇を結ぶと喉頭が動く。

 

 2人は睨み合う。

 直後、集会所に走り込んでくる人物がいた。


「はぁ……はぁ……ルークさんは…………ルークさん!」


 セレーネはルークを視認すると駆け寄った。


「ルークさん……!」


 ルークはセレーネを確認すると手を下ろす。

 緊張が一瞬で解けた青年は深い息を吐いた。


「お、お前……」

「ルークさん……そんな……酷い……」


 顔をそむけたくなるようなルークの様相に、セレーネは彼を直視出来なかった。


「私がすぐに治します……!」


 杖を構え治癒魔法を唱えようとするセレーネだったが、女の声が詠唱に割って入る。


「ねえねえ、ここでやらない方がいいんじゃない?」


 セレーネは先程の女に肩をつつかれると振り返る。

 

 「ほら、見てみなよ」


 女が指差す先には、冷ややかな嘲笑を浮かべる冒険者たちがいた。セレーネが彼らに視線を投げ返すと、彼らは顔を背けた。


「ね……? 私がこの子を運んであげるから、外でやった方がいいよ」

「分かりました……お願いします!」


 女はルークに肩を貸すと、3人はギルド集会所の裏手へと向かった。


 女がルークを壁に寄りかからせると、セレーネはすぐに魔法を唱える。

 セレーネの手から放たれる青白い光が、ルークの顔の腫れを小さくしていく。


「君の治療魔法って『青』なんだねぇ……」


 セレーネは女に話しかけられるが、魔法に集中している彼女は女に構うことなく、ルークを癒していく。しかしルークの負傷が深いのか、または少女の杖が破損しているからなのか、傷の治りが以前より遅かった。


「はぁぁ……」

「ルークさん……! 大丈夫ですか!?」


 ルークは太い息を漏らすと、短く頷いた。女神の奇跡の一端であるセレーネの治療魔法は、折れた骨ですら治すことが出来るが、既に受けた精神的苦痛を癒すことは出来なかった。

 一息つくと、ルークはセレーネに問い返す。


「お前、どうやって戻ってきた?」

「私は……こちらの方に助けていただきました」


 セレーネの視線と合わせるように、ルークも隣にいた女を見る。

 ルークより少しばかり身長の高い女は、艶のある紺色の長髪を弄りながら彼を見つめ返し、得意げなのかニヤついた笑みを浮かべていた。身長と大人びた顔付きから推測するに、ルークたちより年上だろう。

 全体的に整った顔立ちで、その中でも特徴的なのはやや厚めの唇と、立派な二重で切れ長の目であり、目尻の下にあるほくろが彼女の魔性的な雰囲気を更に醸し出していた。

 そんな色っぽい彼女から微笑みを受ければ、年頃の少年に限らず、世の男性全てが彼女に魅了されてしまうだろうが、ルークはセレーネと会話する時のような素っ気ない口調で彼女に問う。


「お前1人であの男たちをやったのか?」

「うん、そうだよ~。ね?」


 女は同調して欲しいのか、セレーネに顔を合わせる。


「ええ、そうなんです。なんでもこの方は『ミストルティー』だそうで……」

「こいつが……」


 セレーネの発した威厳ある名詞に、ルークは女に強い眼差しを向ける。彼の警戒する態度を感じたセレーネはすぐに女に謝った。


「あ、ごめんなさい……言わない方が良かったでしょうか……?」

「別にいいよ。むしろ私がミストルだから助けられた……って言った方が納得するでしょ。ねえ……ルーク君……?」


 自身の名を言われたルークは更に女を警戒するが、彼女に茶化された。


「ぁん♡ そんな目で見ないでよルーク君……ごめんね。私は『フィオナ』、よろしくねぇ~」

「フィオナさん……。私は『セレーネ』と言います。先程は助けていただき、ありがとうございました」

「お礼なんて言わなくていいよ。お礼ならルーク君に言いなよ。ルーク君、さっきはかっこ良かったねぇ。悪い男達からセレーネちゃんを守ろうとしてぇ……」


 フィオナはルークの腕に絡みつくように抱き着き、囁いた。


「お姉さん、そういう男の子……かっこよくて気になっちゃう……!」


 フィオナは、まるで娼婦が客引きするかのような淫靡な笑みを浮かべながら、ルークに豊かな胸部を押し付け、彼の頭を撫で始めた。


「さっきは痛かったねぇ……よしよし……お姉さんが慰めてあげる……」

「やめろ」


 年頃の男ならうろたえてしまいそうな行為だったが、ルークは口調に熱を帯びることなく、フィオナを振り払った。

 抱き着くフィオナを見ていたセレーネの方が、恥ずかしそうに視線を泳がしていた。


「えぇ~普通の男の子なら嫌がりながらも、これで喜ぶんだけどなぁ……。もしかして2人は……恋人とかぁ……?」

「い、いえ……! そんな……」


 フィオナのせせら笑いにセレーネは必死に否定するが、ルークは無反応だった。

 彼はセレーネの手首を掴むとフィオナから離れる。


「用がある。行くぞ」

「えっ、あっ、ちょっと……」

「えぇ~私のことは無視~? つまんないよぉ~」


 ルークは撫で声で話すフィオナを無視し、セレーネを引っ張る。彼女は引っ張られながらも振り返り、フィオナに挨拶をした。


「すみませんフィオナさん、ありがとうございました!」

「またねぇ~」


 フィオナはセレーネに手を振ると笑う。

 やがて二人は建物の角へと消えていった。


「んふ……面白い子じゃん……あの子、君にちょっと似てると思うんだけど……どう?」


 フィオナがそう振り返ると、フードが付いた真っ黒な外套に身を隠している人物がたたずんでいた。


「連絡はあったか?」

「ほら、そういう人の話を無視するところ。似てると思わない?」


 その人物は背丈と声からして、男であることは間違いないだろう。男はフィオナの質問には答えない。


「……連絡はあったか?」

「まだないよ~」

「なら……あいつでいいのか?」

「ここに来るまでに、銀髪のエルフなんか1度も見てないし~……いいんじゃない?」

「分かった」


 男は最低限の言葉だけで会話を済ませると、1度の跳躍で2階建ての建物に上がり、セレーネたちが向かったであろう方角へ消えていった。


「私は連絡が来るまで遊んでるからぁ、君に任せるよ~」


 フィオナは誰もいない建物に向かって手を振った。



♢ ♢ ♢



「ルークさん、どこに行くんですか? 身体はもう本当に大丈夫ですか?」

「ああ、今から一昨日の洞窟に捨ててきた武器を拾いに戻る。お前も付いて来い」


 ルークは一昨日の朝と同じ道程を行く。


「はぁ……良かったです……」


 セレーネは胸を撫で下ろすように息をつくと、謝罪をした。


「ルークさん……すみませんでした……私のせいであんなに酷い仕打ちを……」

「あれは俺が勝手にやったことだ、お前のせいじゃねえ」


 ルークは足を止めるとセレーネを見る。


「けど……最初にあいつらの様子を見て、何も思わなかったのか?」

「はい……最初はあの方たちが食事を奢ると言ってくださって、それでご馳走になり……具体的なパーティーの誘いもその時にされました」


 決まりが悪そうな答えを聞くと、ルークは再び歩き出す。


「お前、何歳なんだ?」

「え、私ですか?」


 話に無関係な唐突な質問に、セレーネは聞き返してしまう。


「私は……人間の暦だと30歳ぐらいでしょうか」

「30? 俺と倍は違うじゃねえか」

「ルークさんはおいくつ何でしょうか?」

「俺は15だ」

「15歳ですか……!? もっと年上だと思っていました」

「エルフで30っていうのは、みなお前みたいな見た目なのか?」

「いえ、そうじゃない人もいますが……やはり私って幼く見えますか……?」


 セレーネが足を止めると、ルークも足を止める。頬を赤らめる少女はルークとの見た目上の年齢差は少ないが、もし彼女が30歳と言われれば、冗談と受け流される見た目であった。


「まあ……普通じゃねえか? 俺からしたらエルフの基準は分からねえよ」

「そうですか」


 ルークは再び歩き出し、若干顔が輝いたセレーネに質問を投げかける。


「30になるまでにプリモドールを出たことはあるのか?」

「いえ、ありません」

「普段は何をしてるんだ?」

「私は……普段、家で本を読んだり、庭で魔法の練習をしていました」

「働いてなかったのか? お前も金がなければ生きていけないだろ」


 ルークの問いに、セレーネはぎこちなく答える。


「ええ……両親が裕福で働かなくても大丈夫だったので……」

「お前の親は貴族か何かか?」

「はい……一応そうです」


 ルークはセレーネの世間慣れしていない理由にようやく納得した。安全なエルフの領内で天上人のような生活をしているなら、下界に住む下卑た人間の心を見抜けなくて当然だろう。

 1年近く旅をしていたとはいえ、俗世の冒険者と比較すると、銀髪の少女は余りにも初々しい。

 

「冒険者の中にはああいう輩は少なくない。気をつけろ」

「はい……わかりました」


 その後、2人はキレーナル村の森奥に着くまで無言だった。

 終始無言を貫きながら先を歩き、感情の読めないルークに居た堪れなくなったのか、セレーネは彼に声をかける。


「あの……ルークさん」

「なんだ?」

「その……雨が降りそうですね……」

「ああ、少し急いだほうがいい」


 街を出る前から曇り空であったが、2人が森に入った頃には更に空が暗くなっていた。


「その……あの時何故、助けてくれたんですか……?」


 ルークは以前と同じような口振りで返答する。


「俺はあいつらが気に食わなかっただけだ」

「そうだとしても、私は……またあなたに助けていただきました……ありがとうございます」

「いや……俺はお前を……」


 ルークは自信に対し、再び頭を下げるセレーネを見ると、何も言う気が無くなっていた。

 そんな彼に、セレーネは再度質問を投げかける。


「それと……聞きにくいんですが……あの方たちが言っていたことは、本当なのでしょうか?」


 ルークはセレーネが言わんとしていることに、すぐに察しが付いたが、返答を躊躇った。

 返答をしないルークに、セレーネは気まずさを感じたのか、すぐさま謝る。


「変なことを聞いてごめんなさい……」

「いや、あいつらが言っていたことは半分は合ってる」

「え……?」


 肯定の言葉に、セレーネは憂わしげな表情を浮かべる。


「最近はあまりやってないが昔はな……店のもんを盗んだりは、よくしていた」


 反応を示さないセレーネにルークは会話を続ける。


「1人で生きていくには必要だった……。親もいない子供が生きていくにはどうしたらいい? 盗みをするしかないだろ。冒険者になってからは、人のもんを盗むために、遠くの街に行ったりもしてた」


 ルークはセレーネの顔を見つめ、幼くして冒険者にならざる負えなかった者の現実を教える。


「冒険者ってのは俺みたいな輩も多い。ギルドから雇われた汚れ仕事の日傭取りが、国に仕える騎士のように、高潔なわけがねえ……。だから……ふっ……冒険者は信用するな……」


 ルークは嘲るように笑う。彼もまた、自身が最も憎んでいる『冒険者』であった。

 頬が濡れ、土の匂いが漂ってくると、彼らは洞窟へと急いだ。


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