1-12 生還
「おい、どうした?」
「はぁ……すみません……すぐに追いつきます……」
2人はダンジョンから抜け出し、洞窟内を歩いていた。
セレーネは先端が捻じ曲がり、魔石が砕けた杖を支えにして歩いており、途中で回収したロングソードが握られている手は、今にでも落としてしまいそうなほど弱々しい。
ルークも両手にパルチザンとロングソード、ドレッドトロールの角を握り締めており、スパルトイが着ていた防具類もレザーアーマーの上から無理矢理着込んでいた。
彼もかなりの体力を消耗していたが、戦闘で破損した武具の修理代を少しでも多く回収するため、引きずってでも運ぶ意気込みだった。
「なあ……身体強化の魔法は使えそうにないか?」
「すみません……魔力がもうほとんど……ふぅ……残っていません……」
「そうか……」
セレーネは乱れる呼吸を整えながら答える。
見兼ねたルークは着込んでいた防具を脱ぎだした。
「その剣……もう捨てていいぞ」
「え……? 捨てていいんですか……?」
「お前もう歩けねえだろ。どうにかこの角だけ、鞄にしまってくれ」
ルークはセレーネにドレッドトロールの角だけをバッグにしまわせると、彼女に背中を向けた。
「ほら、乗れよ」
「すみません……」
セレーネを背負うと彼女の柔らかな温もりがルークを覆う。セレーネのやや速い肺の活動を背中越しで感じると、ルークは名残惜しそうにパルチザンを投げ捨てた。
「杖は……俺が持つ」
「杖は捨ててもらっても構いません……」
「捨てるわけねえだろ。どう見てもこの杖の方が高そうだからな」
「すみません……ありがとうございます」
ルークが身体を一度揺すり歩き始めると、セレーネが話しかける。
「その杖は……母から貰った大切な物なんです……捨てないでくれてありがとうございます……」
「そうかよ。もしあの槍の方が高そうな代物だったら、この杖の方を捨ててたけどな……どちらにせよ、後で拾いにここに来るつもりだ」
「そうですか……」
物の価値で取捨選択したと伝えられたセレーネは黙り込んだ。
幸い道中で魔物に襲われることはなく、ルークはやっとのことで洞窟を抜け出したが、既に日は落ち、森には闇が広がっていた。
「やっぱりもう夜か……おい、洞窟を抜けたぞ」
ルークはセレーネに話しかけるが返答はなかった。彼は背中の感触に神経を研ぎ澄ませる。
「寝てんのかよ……」
速かった肺の活動は穏やかになっており、セレーネは一定の間隔で呼吸をしていた。
(森を抜けたくねえが、今の状態で野宿するのもかなりキツイな……抜けるしかねえ)
ルークは金色に光る最後の魔石を頼りに、村の方角へと歩き出した。
♢ ♢ ♢
「あぁ……くっ……身体が……あぁぁいってぇ……」
ルークは強張る身体を起こす。鎧戸の隙間から差し込む橙色の光を彼は手で覆う。
「俺……そこで寝ていたんだが……」
昨晩、無事に村へと戻れたルークは村の宿へ向かうが既に閉まっており、代わりにギルドのベッドを強引に借りた。
寝ていたギルド職員を起こし、ドレッドトロールに襲われたと言わんばかりに角を見せつけることで、どうにか部屋を借りることが出来た。
セレーネをベッドまで運ぶと、自身も疲労のあまりすぐに床で眠りについてしまったが、現在の彼はベッドの上にいた。
「あいつ……どこいった」
睡眠欲が満たされ、空腹を感じていたルークは1階の酒場へと向かう。すると彼はテーブルに着いていたセレーネを見つけた。
「あ、ルークさん」
「お前、もういいのか?」
セレーネはテーブルに着いていたが、食事はしていなかった。
「まだ万全とは言えませんが、昨日よりは大分、体調が良くなりました」
「そうか」
ルークも向か合うようにテーブルに着くと、彼は店員を呼びつけ料理を注文した。
「そういえばギルドの方からトロールについて、聞かれたので答えておきました」
「倒したって伝えたのか?」
「はい。ですが……洞窟の先にダンジョンがあったことは伝えていません」
「あぁ、余計なことは伝えない方がいい。もし俺らがあそこにいた悪魔を倒したことが知られたら、面倒なことになる」
店員が大皿に入った鳥肉とレンズ豆を煮込んだスープと、深い色のパンをいくつか運んでくると、ルークはスープに浸け込みむしゃぶりついた。
「んぐっ……それで……お前はこれからどうするんだ?」
セレーネは少しの間考え込むと、質問を返した。
「私は……一度、プリモドールに帰ろうかと思います……魔水晶を破壊したことを報告するのと……私には無謀すぎました……」
店員は更に卵やレーズンが使われたタルトやカッテージチーズをテーブルに並べ、ルークはそれらをパンと一緒に頬張った。
「沢山食べるんですね……」
「あぁ……昨日の朝から何も食べてねえからな……お前は食わないのか?」
「お金がありません……」
「旅費を貰ってここまで来たんじゃないのか?」
「はい……100万ルーンほどあったんですが……今は……これだけです……」
セレーネが気まずそうに取り出した小袋には、大銅貨2枚しか入っていなかった。計1,000ルーンではルークが節約したとしても、5日分の飲食が限界であった。
「移動は馬車だったとしても、所持金が少なすぎるだろ……」
ルークは溜息をつくと再び店員を呼びつける。
「俺と同じのをこいつに」
「え? ……いいんでしょうか……?」
セレーネは怪訝そうにルークを伺う。
「良くないが、何も食ってないんだろ? なら仕方がねえだろ」
「すみません……ルークさん、ありがとうございます」
店員がセレーネにルークと同じ料理を持ってくると、彼女も勢い良く食べ始めた。
「けど、金がないならお前、帰れないだろ」
「はい、そうなんです……そのことでルークさんにご相談があるんですが……」
セレーネは手を止めると真剣な眼差しをルークに注ぐ。
「ルークさん、私を……プリドモールまで連れて行ってはくれませんか……?」
ルークは咀嚼物を飲み込むと、返答する。
「無理だわ。面倒だから行きたくねえ」
「もちろんプリドモールに着いたら、謝礼としてのお金はお支払いします」
「いくらだ?」
セレーネはしばらく考えあぐねると口を開いた。
「それはちょっと分かりませんが……でも私が旅費で使用した分のお金はお渡しします」
100万ルーンという大金は1人の少女が用意できる金額ではない。しかし執政官に頼めば、謝礼としての大金を用意できる可能性があるため悩んだのだろう。
ルークは大金を提示され、興味を惹かれるが現実的な問題があった。
「だとしてもプリモドールに行くまでの金がない。2人分の旅費を捻出しながら行くのは大変だ。それに……」
ルークは昨日の出来事を思い返す。
「昨日のようなことはもう沢山だ。話を聞く限り、お前らエルフの目的は大変そうだからな」
「そうですか……」
セレーネはルークに依頼を断られ、俯いた。
「お前、執政官とやらと連絡は出来ないのか? 旅に出るときに輝信用の魔石やら、魔水晶は持たされなかったのか?」
「一応、色信号用の魔石は渡されましたが……プリモドールには、エルダルツと呼ばれる大神樹があるのはご存じですよね?」
「ああ」
「エルダルツは領土外から受ける魔力を、全て遮断しています。なので、執政官の方が領土外に出なければ連絡が取れません」
「なら手紙はどうなんだ? ギルドからならプリモドールまで手紙を送れると思うぞ」
色の発光により連絡を取り合う輝信には、お互いの魔力の波動が完璧に一致する魔石が必要であり、一般庶民はそのような高価な魔石は持っていないため、通常、連絡を取り合うのには手紙が用いられていた。
「手紙については一度、考えたのですが……送るのがはばかられました……。監視されていた私がいなくなったとき、元老院では騒ぎになっていたと思います……。もし元老院の方たちが、私の逃亡に執政官が関わっていると知れば……あの方は失脚してしまいます」
「他人を心配している場合かよ……。手紙を送れないって言うなら、自分でプリモドールまで戻るしかないな」
ルークはパンをちぎりながら、セレーネに悪態を付く。
「確かにそうですね……」
「俺はこの後すぐに、街に戻るがお前はどうするんだ?」
「私も……一度街に戻ろうかと思います」
「なら街までは一緒に行ってやる。待っててやるから飯は食え」
「ありがとうございます……」
先に食事を終えたルークは、締めにミルクを飲み干すと、腕を組み目を瞑る。
セレーネは食事の最中、ルークに話しかけることはなかった。
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