1-11 ダンジョンの果てに
「アスティ……!」
「あっ、目覚めたんですね」
「ぐっ……あっ……! あああぁあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
「え? どうしました? やっ!?」
「ぐあっ!」
少女の膝枕の上で寝ていたルークは飛び起きると、彼女の豊かな胸部に顔をぶつける。
「あぁ……? はぁ……はぁ……はぁ……」
「ど、どうされましたか……?」
「いや……夢か……」
「嫌な夢でも見ましたか……? 眠っている最中も、うなされていました……」
「いや別に……それより……バフォメットはどうなった?」
「バフォメットは……あなたが倒しました……」
「俺が……そうか……」
ルークは呼吸を落ち着かせると、座る少女から少し離れて並ぶ。
「その……あんなに強かったんですね……」
「いや……あれは多分俺じゃねえんだ」
「それは……どういうことですか?」
少女は至極当然な質問をする。
今のルークとバフォメットを倒したときの『ルーク』では、姿は似ていても、魔力の規模が根本から違っていた。
「俺……記憶が無くなって、強くなることがあるんだ」
「記憶が……ですか……」
「おかしいか?」
ルークは少女の顔を見ると、今度は少女が顔を背ける。
「いえ、全然……」
「本来なら確実に死ぬはずの状況でも、意識を失って……起きた時にはその状況が解決してるんだ」
「そう……ですか……」
「寝てるだけで物事が解決する……便利なもんだろ?」
ルークは自嘲するかのように吐き捨てるが、苛立ちを抑えるために、遊んでいた靴紐を衝動的に縛り上げた。
彼は意識を失い、力を得るたびに『あの日』の夢を見る。
最も忘れ去りたい記憶を、まざまざと、鮮明に、師の最後の温もりさえ思い起こされてしまうのは、ルークにとって『呪い』であった。
「便利だとは……思えません……あの魔力は……人が扱える魔力とは全く異なります……あれは……何なのでしょうか?」
「知らねえな」
バフォメットの戦いを推し量りながら話す少女とは対照的に、ルークは短く答えた。
「そんなことより、ここはどこなんだ?」
ルークは周囲の状況を確認する。
グレーターデーモンと戦った時のような広い空間には、壁と共に壮大な柱が幾何学的に並べられており、柱の魔石による光を受け、魔法的な意味合いを持つ模様が幽玄に輝いていた。
厳粛な空間の中心には台座があり、その周辺には水晶のような石の破片が散乱していた。
「ここは霊廟の最深部で、タルザリアムの魂が封印されていました」
「されていた……? ならあの水晶はお前が破壊したのか?」
「はい……」
「じゃあお前の目標は達成されたってことでいいのか?」
「はい、そうです……」
少女はルークが気絶している間に、魂が封印された魔水晶を破壊していた。
「用が済んだのなら早く帰るぞ。悪魔が住まうダンジョンなんか長居したくねえ」
ルークは立ち上がろうとするが、自身に寄って来た少女の言葉によって中断された。
「すみませんでした……」
「何が?」
「すみませんでした……私のせいで……あなたを巻き込んでしまいました……」
少女の口調は重くなっていく。
「私だけだったら……死んでいました……それならまだしも……あなたを巻き込んでしまった……」
「別に……」
少女の沈んだ声に対して、ルークは冷めた口調で言葉を続ける。
「俺が勝手に付いてきただけだ……それで俺が死んでもお前のせいじゃねえ」
「あなたは優しいのですね……」
少女は目元を拭うとルークを見つめる。
「あなたは、見ず知らずの私を助けてくださいました……」
「結果的に助けになったかもしれねえが、ここまで来たのは俺のきまぐれだ……俺は優しくなんかねえし、普段の俺なら……ここにはいない」
「そうだとしても結果的に……」
ルークが少女に顔を向けると、そこには水鏡のような清らかな瞳が潤んでいた。
「結果的にあなたのおかげで、私はここで生きています。私を助けていただき……ありがとうございました」
ルークは少女からはにかむような笑顔を向けられ、顔を逸らす。
「そうか……」
「あの……お名前を伺ってもいいでしょうか? 私は、助けていただいた恩人のお名前も知りませんでした……。ああすみません、私の名前はセレーネ……『セレーネ・マナリエス』です」
「俺は……ルーク……だ」
「ルーク……ルーク様ですね……!」
少女はルークの名を知り、顔が明るくなる。
「そこまでへりくだらなくていい……さっきも言ったが俺は気まぐれで来ただけだ。お互い助かったのは運が良かっただけだ」
「それでも来ていただいて、私はあの時……本当はうれしかったです……ありがとうございました、ルークさん……!」
感謝を続けるセレーネに、ルークは溜息を漏らす。
「はぁ……まあいい……封印どうこうが終わったのなら帰るぞ」
「はい……!」
2人はダンジョンの最深部を後にし、来た道を引き返した。
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