1-10 過去の記憶



「んっ……んん~……あれアスティ……ここは……?」

「はぁぁ……はぁぁ……ダンジョンの……外だ……」


 ルークは目を覚ますとアスティに背負われており、彼女の浅く速い呼吸が背中越しに伝わる。

 周りは石壁に囲われたダンジョン内とは異なり、木々が茂る森が広がっていた。焼けた空の光を反射し、葉は赤く輝いている。


「アスティ、ち、ちょっと降ろしてくれ……」


 ルークはアスティから降りようとするが、彼女の変わり果てた身体に驚愕する。


「アスティ……! その腕は……!」

「あぁこれか……大丈夫だと言いたいが……出血が止まらないんだ……」


 アスティの左の二の腕から下が存在していなかった。彼女は止血のためにローブの切れ端を肩で縛っていたが、出血は止まる様子はなく、進んできた道には血痕が残されていた。

 左腕だけではなく、彼女が身に着けているローブも一部が破けており、そこから見える肌には傷創が見られる。

 金色に輝いていたアスティの髪は、血と汗で湿り、かつての輝きは失われており、彼女の優艶な顔立ちも今では青白く、瞳はうつろいでいた。

 

「魔法で、魔法でどうにかならないの!?」

「はぁ……っ……この傷は魔法でしか治せないが……もう魔力が残っていないんだ……」


 アスティは会話をすることですら辛そうであった。

 

「ならエレノアは!?」


 ルークは厳粛な広間に入るや否や、気を失ったエレノアを思い出す。


「なあアスティ! エレノアはどうなったんだ!?」

「エレノアは……置いてきた……」

「なんで! 助けに行かないと……!」

「今の私では……エレノアを助けられない……お前を連れてくるので……精一杯……」


 消え入りそうな声のまま、アスティは地に倒れた。


「おい! アスティ!? しっかりしろ!」


 ルークはアスティを仰向けにさせるが、彼女の様子は変わらない。


「私はもう……駄目なようだ……眠くて……仕方がない……」

「そんなこと言うな!」


 アスティはルークの手を握る。

 その手は弱々しかった。

 

「すまなかった……エレノアも……助けて……やりたかったが……お前たち二人と……もっと一緒にいて……やり……た……すま……な……」

「おい! 寝るな! アスティ!!!」


 アスティは眠るように目を閉じ、ルークの呼びかけに答えることはなかった。

 

「くそっ! 俺が村まで運んで……はぁっ……くそっ! おも……いっ……!」


 ルークはアスティを背負おうとするが、上手く背に乗せることが出来ない。

 10歳になったばかりのルークが、意識のない人間、ましてや平均的な女性より一回り身長が高いアスティを、担ぐことは困難であった。

 

「絶対死なせない! 死なせてたまるか! 俺が絶対に村まで運んで……そのあとはエレノアだ……! あいつも絶対……!」

 

 ルークは潰されながらもアスティを引き摺るように、見覚えのある山道を下る。

 しばらくすると彼は人の話し声を耳にする。



「……で……ないだよぉ、ハーフゴブリンのね…………よ、まだ綺麗な……結構な値段で…………ぜ」

「……で売れた……?」

「一番安いので……ちょっ……良くて……身体がいいやつは……12万ルーンで……」


(人の声だ……! 助けてもらえる……!)


 ルークはアスティを下ろすと、草木をかき分け、話し声の元へと走り出した。


「おいふざけんなよ……俺がいないときに限って……お前はいつも……してんじゃねえか! 今度俺に新しい武器でも買ってくれよ」

「まあ良い女がいたらな、ぎゃはは!」


「あ、あのすみません!」

「あぁ? なんだこのガキ?」


 ルークの目の前には、鋭い目付きに無精髭を生やした2人の男がいた。革鎧と手にした斧から察するに、2人は冒険者で年齢はルークの倍はあるだろう。


「すみません! こっちで怪我をした人がいて……村まで運んでいってくれませんか!」

「は? 知らねえよ」


 1人の男は声を荒げるが、もう1人の男がルークの話に興味を持つ。


「坊主、そいつは『女』なのか?」

「はい! そうです……! こっちで怪我をしてて、腕がなくて出血が……!」

「分かったから見せろ」


 ルークは男に言われるがまま、アスティを下ろした場所へと向かう。

 すると1人の男がアスティに駆け寄った。


「あぁぁ……こいつは良い女だなぁ……!」

「くっそ……なんだよ腕がねえじゃん……! 顔と胸は最高なのによ」


 その男はアスティの胸部を弄りながら話を続ける。


「脈がねえ……もう死んでんじゃねえのか?」


 もう1人の男はアスティの顔に触れると、興奮で声を荒げた。


「おい見ろよ! ……この女……エルフだぞ!」

「おお、マジか! エルフの女じゃねえか!」


「何……やってんだ……こいつら……?」


 ルークはアスティを救護するわけでもない男たちの行動と言動が、全く理解が出来なかった。

 男たちは浮かれた声でアスティの身体を触っていく。


「はぁぁ……もったいねぇ……腕があれば剥製にして売れたのによお! ほら見ろ、胸もこんなにデケぇんだぜ?」

「もったいねえなぁマジでよ。でもこれだけいい女なら、片腕なくても売れるだろ?」

「まあ売れるには売れるが……持っていくか?」


(……ぃっっっ……! こいつ……! こいつら……!)


「その前によ……ぐふっ……俺、一発やりたくなってきたわ。まだあったけえし」

「はっ……正直俺もだわ……これだけ胸がデケぇいい女で、しかもエルフっていうのはまず出会えないからな」

「エルフの女は初めてだわ。まずは俺からでいいよな!? お前はこの前たっぷり稼いだんだからよ」

「ああいいぜ……けど早く済ませろよ。商品価値が下がるからな」

「そんぐらい知ってるわ! ぐふっ……んじゃまずは味見と行こうか……」


 男は立ち上がり、下半身の防具を脱ぎ始めると、ルークの激情は限界を迎え、男に向かい走り出した。


 「ああぁぁぁぁぁああああ!!!!!」

 「ぐぁっ……痛ってええぇぇっ!!!」

 「ぐっ……っ……殺す……! お前らは絶対……!」

 

 ルークは防具を脱いだ男の後頭部を殴りつけると手をかざした。手には激しい火花が散る。

 しかしルークはもう1人の男によって取り押さえられ、地に伏した。


「ああ? 何してんだこのクソガキ!」

「お前らは殺してやる……!」


 少年が成人の男に力で敵うはずもなく、ルークは男の下でもがき続けた。


「はぁぁ……痛ってぇ……急に殴ってきやがってよ……。この……クソガキっ……!……おめえはっ! 邪魔だから!……引っ込んでろ!」


 ルークは自身が殴りつけた男によって、顔を殴られ続ける。

 野蛮な男たちは加減をしない。ルークの顔は血で染まっていく。


「ぐっ……あぁぁ……!」

「ざまぁねえぜ!」

「おい、もういいだろ。時間がもったいねえよ」

「ふっ……そうだな……」


 ルークは男たちから解放されるが、立ち上がれる状態ではなかった。


「このクソガキ、こいつの母親かなんかじゃねえのか?」

「ふっ……ならいいことを思いついたわ……お前、ロープ持ってねえか?」

「持ってるが」


 男はルークを木の元へまで運ぶと、手にしたロープでルークを木に縛り付けた。


「これをな、このガキにこうして……ほら、特等席の出来上がりだ……。はっ! ……俺を殴った罰として、ここでお前のママをよ~く見ておけな?」

「……っ……殺す……お前ら……絶対に……」


 未だ見せるルークの反抗的な態度に、男は拳を固め、ルークの顔面へと振りかざす。


「何が殺すだこのクソガキっ!」

「ぐぁああぁっ……!」

「もういいだろそんなガキ。それよりこっちの方が楽しめるだろ」

「ぐふっ……そうだな……」


 男たちは下卑た笑いを見せると、防具を脱ぎ、アスティの身体をまさぐり始めた。

 ルークは目の前で行われる酷烈で無残な行いを見せつけられ、後悔と懺悔の中、意識が薄らいでいく。


(なんで……なんで……なんでこんなことに……俺が……ダンジョンに行きたいなんて言わなければ……エレノア……アスティ……ごめん――)




「あぁ……最高だ……な……」



「反応がなくて……これだけ……良い身体なら……」



「こりゃ……がなくても……相当……く……売れるぜ」



(俺が……強ければ……あいつも……こいつら……も……ころ……す……俺が……強ければ……ころ……す……おれが……ころ……)



『オレがやろう』



「これだから冒険者はやめられ……ぐっ……あっ……ぐぁぁぁっっ!?」

「なっ、なんだこのガキぃ!」


 木に縛り付けられていたはずのルークは、アスティに覆いかぶさっていた男の首を片腕で掴み、身体を持ち上げていた。

 子供であるルークの力では、大人の男を引き剝がすのは本来では考えられない。


「は、はな…せっ……ぐぁっ……こいつ……っ……力が……ぐっ……あっ……ぐっ……あぁぁぁぁぁああああ!!!」


 断末魔と共に首元が一瞬黒く瞬くと、男の頭部が吹き飛ばされた。

 ルークの顔が男の返り血で汚れる。男たちに殴られ、血塗れだったルークの顔はそこにはなく、顔の腫れは完全に引いていた。

 突然の出来事に残された男は、近くにあった自身の斧を拾うと、ルークに向け構えた。


「こ、こいつ……! ぶっ殺してやる……! はぁぁぁあああっ……!」


 男は斧を振りかざすが虚を斬る。

 ルークは既に男の背後に回っていた。


『殺されるのお前だ』


 ルークが呟くと、男の身体に黒い閃光が瞬く。

 そして――男の上半身が炸裂する。

 男は声を発することもなく絶命した。

 

 ルークは再び呟く。


『これがお前の……お前の見た――』



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