あぁ、今私はここに立っている。
私たちの音楽を待っている沢山の人に囲まれて、そんな中で二人で立っている。
このステージに立てたのは唄のお陰だ。感謝しないとな。
とある団体から送られてきた一通のメール。このミュージックフェスティバルへの出演依頼……。
不意に今までが掘り起こされる。
今まで、沢山ではないけれど、そこそこの曲を作って、それらを世間に公開したら、色んな人に認めてもらえた。
それに、その分今まで沢山練習した。
いや、周りからしたらそんな沢山といえるほどでもないかもしれない。
でも、たくさん悩んで考えて、全部形にしてきた。
そうやって積み重ねてきたものがこのステージに詰まっている気がする。
「ほら、いくよ」
そう、手を伸ばした彼女の表情は曇りなどなかった。
私も負けじと唄の手を掴む。
清夏、
唄はギター一本とマイク、私はキーボード一台、サポートのドラム、普通のバンドより音は少ない、そんなの分かってる。
そんな中で私たちは自分たちの音楽を届けたいのだ。
会場に飛び交う黄色い声、それはうっすらと私の耳に届く。
唄と目を合わせる。準備万端だという合図。
「初めましてー! 音食です!」
盛り上がるお客さんの声はこのライブの始まりを表していた。
私はこなれた手で、鍵盤の上を滑らせる。
ドラムがビートを刻み始める。
それに合わせて音を繋ぐ。
最初を飾る曲として、この曲を選んだのは唄だった。私もそれがいいと言った。いつも私たちの音を聴いてくれているのに、私たちはその人たちの顔すら知らないのだから。
私たちは
「みんな、ありがとー!」
さらっと一曲目が終わる。まだ、時間はある。
「さあ、まだ始まったばかり、まだまだ行くよ!」
会場は熱狂に包まれている。
二曲目のメロディーが会場を満たす。
ふいに思いだされる投稿のコメント欄。
『前曲の投稿からあまり期間が開いていないのは気のせい?』
『何故か何回も聞きたくなる声。今日も聞きに来てしまった……』
もちろん心無いコメントもあった。けれど、それより沢山の賞賛のものが多かったから、こうやって私はここに立てている。
二曲目も終わる。次は三曲目だ。
楽しい時間ほど、すぐに過ぎ去ってしまう。それは前から分かっていた筈なのに。
少しでもその時間を長くしてみようと今この瞬間を
ラスサビに入った瞬間、会場は花と柑橘系の匂いに包まれる。
この演出は私が提案したものだ。
私は気高い人でもないし、これを思い出だなんて言葉で表して終わろうだなんて思ってはいないけれど、それでも、どうしても私の好きな花を演出として取り入れたかった。
あぁ、これも終わってしまうな、次がちょうど半分だ。
次の曲は何も考えずに作った曲だ。といっても、適当に作ったわけじゃない。
才能だとか、価値だとか、そんな込み入ったものを全部取っ払って作った曲。だから、聴いている人にも何も考えずに聞いてほしい曲。
別に頭を空っぽにしたってバカみたいに楽しんだっていいじゃないか。それだけでも、音楽は価値のある楽しいものなのだから。
これも終わっちゃったな。あぁ、次はなんだったっけ。そうだ。
唄の言葉にさらに会場が盛り上がっているような気がする。
次はここで初めて公開する曲。詰まる所の新曲というやつだった。
別に白黒はっきりさせなくたって、曖昧のままいたっていい、そんな曲。
これも終わる。もっと私は楽しみたいのに。
追っての曲が始まった時の唄の表情は今までの中では楽しそうなものだった気がする。
だって、それは唄から頼まれて作った曲だからだ。
空気を読んで行動することが本当にいいことなのか、今でも考える。その行動に愛があってのものだとして、空気を読まない行動は本当に悪いものなのか。
あーあ、これも終わっちゃったな。これで六曲、次で最後だ。一応。
学校からカラオケの間道を一緒に唄と歩いたあの日は楽しかったな。そんなことを考えながら作った曲だ。雰囲気だとかに身を任せて歩くのもいいものだ。
これで終わり。でも、会場の雰囲気はそうさせようとはしなかったし、私たちもそれが嬉しかった。
会場に包まれる「アンコール」の声。その時内心、それを一番楽しみであると同時に、一番怖いものでもあったのかもしれない。
アンコール曲、最初から決まっていた。最初に作って投稿して、一番人気になった曲。
「まだ、——ますか!? 最後のアンコール曲、いき——!」
唄の声が小さく掠れて聞こえる。私、疲れてるのかな。
どれだけ自分が作ったものを共有しようとしたって、全ては相手には届かない。必ず、伝えたかった言葉だとか、想いだとかが、相手に届く迄に何処かへ消えてしまう。
それは当たり前の事の筈で、内心わかっていた筈だった。本当は割り切れないといけないことなのだ。
だけど、ここにいる全員にできるだけ全部の思いが届くように、私は音楽をやらないといけないんだ。
前々から決めていたソロパート、二人の想いを詰め込んだ歌詞とメロディー、最後の最後まで。
そうして、本当の最後の音楽が終わった。
あぁ、楽しかったな。
何故か頬を湿らす涙。
分かっていた、分かっていたさ。内心、本当は嘘なんじゃないかとか疑ってた。心の底から、信じたくなかったから。
でもそんな心に区切りをつけて、最後に私は大声で叫んだ。
「ごちそうさまでした!」
あぁ、お腹いっぱいだな。
それから、咲奈は私の前から姿を消した。
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