私に起きろと言わんばかりの音で意識を覚醒したのは、目覚まし時計の音だった。この世界で唯一好きではない音。そして、今日はより一層最悪なものだった。
まだはっきりしていない意識で目覚まし時計の時間を確認する。その後、スマートフォンの画面に映る時計の時刻も確認する。後者の行動には意味などない、何かの癖だ。
時計の下に並ぶ通知センター。唄からのメッセージ通知はない。
取り敢えず私はベッドから出ることにした。
今日は、淡々と支度を終わらせる。ご飯を食べて歯を磨いて身だしなみを整えて。そして、「いってきます」とともに、明るくなり始めた空の下を自転車で進む。
今日は罪悪感はない、自分への嫌悪はあるけれど。
坂道でペダルから足を離す。まだ少し涼しいくらいの風が向かい風として襲う。あぁ、気持ち悪い。
いつもと同じくらいの時間に駅は見えてくる。そう、いつも見慣れているもの。
いつも通り、定期券を使って改札を通る。私がいつも乗っている電車は上り。あと数分で到着する。
いつも、耳から入ってくる情報は、今日は存在せず、車窓から流れていく風景だけが私の主な情報源だった。まぁ、そんなことから何も学ぶものなど存在せずに、ただ、考えもなしに流れていくものを目で追うだけなのだけれど。
そうして、私は教室に着いた。
いつもと違う日常、だからこそ記憶に残っていて、それは不快極まりないものだった。
そして私の視界は昨日と全く同じ景色を写していた。
教室には誰も来ていない。ただ一人を除いて。
少し教室を跨いだところで、私は一つだけ気づいた。
ただ、私はそこで、内心嬉しさを感じていたのかもしれない。
彼女は今日もまた、イヤホンをしていたから。
不思議と、彼女に手が伸びる。
その行動に悪意などない。もしかすると、いやきっと、あの時の彼女もそうだった筈だ。
「何聞いてるの」
私は彼女の耳からイヤホンをとった。
それを片耳につっこんで続ける。
「うわ、音量でっか」
別に音量は大きくなんかない。というより、大音量で聴いている私からすると小さいくらいだった。けれど、大袈裟に言ってやった。
涙を流しているけれど、どこか嬉しそうな顔をしている彼女に対して言葉を綴った。
「私とユニットやろうよ」
「私でいいの? 本当に?」
「全く、泣かないでよ。私が泣かせたみたいじゃない」
また、昨日のように、しかし、昨日と違うところもある涙を流す彼女に続ける。
「私、別に唄と音楽やりたくないだなんて思ってないよ。」
唄の表情は困惑したものだった。
「あんなの、気にしてないよ。音楽に夢中になるって別に悪いことじゃないし」
「で、でも、私才能ないし……」
「才能は無いと思ってるかもしれないけど私は少なくとも私よりはあると思ってるから。」
「なんで……」
「なんでじゃないよ、もう、涙拭きなよ」
白妙のハンカチを差し出した。
目元を拭く彼女を見て、決心した。
「ねぇ、あの曲、もうちょっと考えてもいい? 妥協なんかしない。満足のいくまで作りたいから」
「いいけど……」
唄はまだ、上手く言葉にできないようだった。
「絶対いいものを作るから待っててね!」
私はそこまで言うと早歩きで教室を出た。
廊下にローファーと床がぶつかり合うことが響く。あぁ、やっぱり心地いいな。音はこうでなくちゃね。
作業スペースに着いた。一限目開始があと三十分くらい。それまで自分のやりたいことをしていよう。
なんだか今は作れる気がする、満足できるものを。
私は今まで沢山の音を聞いてきた。それと私の思いを全部ぶつける。
そんなことをしていると、時間はあっという間に過ぎていった。
私はそれから離れがたかったけれど、その場で鳴り響く予鈴はそれを許してはくれなかった。
私にとってそれは超バッドタイミングだった。この楽しい時間を一度中断しないといけないのだから。
今日も一日というものは始まった。始まった今、終わるのが既に待ち遠しかった。
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