おなかがぐうと鳴ったら
藤間あわい
おなかがぐうと鳴ったら
おなかがぐうと鳴ったら、思い浮かぶのはいつだってきみの顔。
食べることは生きること。小さいころからそう言われて育ってきた。衣食住のうち服も住むところももちろん大事だけれど、食べることを疎かにすると人間が卑しくなるからちゃんと食べるんだよというのはひいばあちゃんのころから
おかげでうちは三食しっかり手間暇かけた栄養バランスばっちりのごはんが食卓に並んでいたし、かあちゃんもばあちゃんもおばさんもみんな料理が上手かった。だから、俺が料理に興味を持ったのも自然な流れだった。
ちょっとした手伝いくらいは小さいころからしていたけれど、俺が本格的に料理を作るようになったのは中学生の頃。うちは俺が中学に進学してからは共働きだったから、かあちゃんが忙しい日にたまに晩飯を作るようになったのが俺が料理を始めたきっかけ。初めのうちは手順も段取りもめちゃくちゃで一品作るのにも途方もない時間がかかったし、お世辞にもおいしいとは言えないものが完成したこともある。けれども、かあちゃんととうちゃんは嫌な顔一つせずにいつだって「おいしいよ」と言って俺の料理を完食してくれた。
そのことが励みになって俺は細々と料理を続けた。最初は野菜が生煮えだったカレーも、べちゃべちゃだったチャーハンも、中心まで火が通ってなくて大慌てしたハンバーグも、全部おいしく作れるようになってレパートリーもずいぶん増えた。
まあ料理ができるといっても趣味の範囲ではあるけれど、俺の周りにはいつも俺の料理を喜んでくれる人がいた。そんなささやかで、でもかけがえのない幸運に俺は恵まれている。
「ただいま! じゅう~、はらへった!」
「開口一番腹減ったってお前は子供か。もうメシできてるからさっさと手洗いとうがいしてこい」
「ねえねえじゅう、おかえりは?」
「はいはい、おかえりおかえり。早くしないとメシが冷めちまうぞ」
「そっけないなあ……。そうだ、今日のメニューは?」
「メンチカツ。揚げたてだぞ」
「やった~! 俺の大好物!」
そう言ってるんるんで
「わあ! 今日もおいしそう!」
洗面台から変わらずるんるんで戻ってきた眞佐樹が目を輝かせる。メンチカツと付け合わせの千切りキャベツ、大根の葉のおひたし、さつまいもと玉ねぎの味噌汁、鶏とごぼうの炊き込みごはん。全部眞佐樹の好物だ。
「
そう言ってへらりと眞佐樹が笑う。その笑顔があまりに嬉しそうで幸せそうだったもんだから俺も相好を崩す。
「これくらいなんてことない。メンチカツは昨日から仕込んでたしな」
「でも柔、ここのところ仕事で忙しそうだったし疲れてたでしょ? たくさんありがとね」
「……さあさあ食べた食べた」
「あ、めずらしく柔が照れてる! 可愛いなあ……」
そう眞佐樹が砂糖たっぷりの甘い甘い声音と表情でつげてくるから否応なしに顔が赤くなる。感情を素直に伝えてくるこいつの顔に、俺は弱い。照れ隠しにそっぽを向いた俺のことをそれすら愛おしいと言わんばかりに見つめる眞佐樹の視線から逃れたくてそっけなく言葉を紡ぐ。
「冷めるぞ」
「はいはい、いただきます」
「……いただきます」
仕切り直しのように二人手を合わせてごはんに向き合う。炊き込みご飯は鶏の油を吸ってつやつやと輝き、メンチカツは噛むたびにじゅわっと肉汁が溢れ出る。箸休めの大根の葉のおひたしもちょうどよい塩加減で、さつまいもと玉ねぎの味噌汁は具材の甘さが存分に活かされていて優しい味わいだ。
「おいしい、おいしいよじゅう!」
「それはよかった」
「柔の料理が毎日食べられる俺、世界一の幸せ者だよ……」
「大げさだな。これくらいいつでも作る」
「大げさじゃないよ! 柔と一緒に住むようになってから家に帰るのが楽しみで仕方ないもんね」
「はは、そんなに喜んでもらえるなんてな」
「……本当に嬉しいんだよ。帰ったら大好きな柔が大好きなとびきりおいしいごはん作って待ってくれてるなんてさ、子供の頃の俺に言ってやりたいよ」
静かに、そして少し寂しそうに眞佐樹が言う。時折まなざしに滲む眞佐樹の影に心が締め付けられつつも、弱さを見せるようになった眞佐樹に喜ぶ俺もいて。自分のどうしようもなさに呆れる。
「俺でよければこれから死ぬまでずっと作ってやるから。寂しい思いした分、俺はずっとお前のそばにいるよ」
普段あまり言葉にしない気持ちを吐露すると、眞佐樹は大きく目を見開いて次第にじわじわとその目に涙が滲む。そしてくしゃっと破顔して眞佐樹の顔にひとすじ涙がこぼれた。
「ははっ、大胆なプロポーズだね……」
「一生をお前と添い遂げる覚悟はできてるからな。さあ食った食った」
また二人、ごはんを食べ進める。今日のごはんはいつも通りとってもおいしくて、でもちょっぴりしょっぱかった。
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