22「写真」

一輝は、ある時、目を覚ますと、横にとても暖かいモノを感じた。

とても暖かくて、まるで、母に抱かれている感覚であった。

懐かしくて、その暖かさに身を委ねようとした時、我に返った。


完璧に目を覚まして、暖かさを見ると、そこには、桜身がいた。

いや、桜身ではなく、桜身の姿をした人型がいた。

チェストの上を見ると、ツタが寝ていたベッドにはツタがいない。


「ってことは、これは。」


一輝は、暖かいモノの肩に手を触れて、触り、揺らす。


「おい、ツタか?」


すると、目を開けて。


「はい。一輝。ツタですよ。」


一輝は、こんな現象があるのかと、頭を整理し始めたが、ツタが起き上がると、その姿は、何も身に着けていないかった。

咄嗟に、一輝は、掛布団をツタにかぶせる。


「少し、そのままで待っていろ。」


一輝は、自分の身支度をして、山倉の部屋へと向かう。

山倉は、事情を説明されると、女性用の下着に服を用意して持って来てくれた。

これらは、桜身の着替えであった。


「待たせたな。」


一輝が、自分の部屋に戻ると、ツタは、一輝の言うままに動かず、ベッドの上にいた。

その姿が、とても女神様みたいに見えて、少しだけ頬を赤らめた。

山倉は、ツタの様子を見ると。


「これは見事に、桜身様そっくりですね。」

「そうだろ。だから、混乱してな。」


ツタに、着替えを用意して渡すと、一輝も山倉も後ろを向いていた。

その間、着替えている音を聞きながら、まだ、桜身が好きな気持ちを持ったままの二人は、とても緊張していた。


あれは、ツタであるが、姿形が桜身だから、とてもドキドキする。

しかし、二人は、秀が来てからは、諦めていたから、こんなドキドキする位は許して欲しいと思った。


「着替えました。」


ツタが言うと、一輝と山倉は、ツタを見る。

すると、とても可愛いツタがいた。


「ツタ。本当にツタなのか?」

「はい。一輝。」


一輝は、どうしてこうなったのか?とツタに訊くと。


「毎日、口づけをしてくれたではありませんか?その思いが、私を人型にする速度を早めたのです。」

「へー、一輝、そんなかわいらしい事していたの?」

「山倉さん、うるさい。」


すると、ツタは。


「まだ、一輝が、桜身様の事を好きなのは知っています。この姿にいるのも、とてもデメリットなのも。でも、私は頑張って、私を見てもらう為に、一生懸命お傍にいますので、いつかは、桜身様ではなく、ツタだからこそ、好きって言ってください。」


その言葉を訊くと、山倉は、そっと部屋を出た。

山倉がいなくなると、一輝は、ツタを抱きしめた。

ツタは、その一輝の行動を受け入れる。


「分かった。俺は、まだ、母さんの未練がある。それは認める。だが、ツタはツタだ。俺が結婚したいと思ったのは、まぎれもなく植物のツタだ。」

「一輝。」

「だから、ツタ。文句があるなら怒らず聞くし、俺に感情をぶつけて欲しい。」

「でも、お嫌いになられない?」

「嫌わない。絶対に、これから、ずっと、好きでいる。だから……。」


ツタの首を上に向かせ、いつものように口づけをした。

ツタは、とても嬉しくなって、大きな涙を頬に伝わらせていた。


「何を泣く。」

「とても嬉しいのです。」


ツタは、植物という自覚があるからこそ、憎むべき人間がここまで優しく、自分と一緒にいてくれると訊いて、とても、感情が抑えきれなくなっていた。


「あー、今日は、神野さんには、報告する為に、朝ごはんを食べた後、一緒に行くか。」

「はい。」









神野の部屋にて。


「おお、これが、植物のツタか。…………一輝、桜身っぽくないか?」


神野から見ても、桜身だ。


「じゃが、少しだけ違うな。」


神野はツタを見ると、鏡のように映し取っているから、左右が逆なのである。

ツタを神野は見ると。


「孫が婚約者を連れてきて、見せてくれるなんて、こんな幸せな事があるのか。」

「孫……。そうだ。俺、神野さんの孫だ。」

「今頃、気づいたのかい?」


神野は、少しあきれていた。

一輝は、そんな神野とツタが話しをしている姿を見て、考えをまとめた。


そうだ。

苗字や血のつながりはない物も、神野は桜身と秀を引き取って、この屋敷で育てた。

二人が結婚して、屋敷を離れた後も、二人を思っていた。

桜身と秀の使命を手伝いもしている。

神野は、とても優しい性格の人だ。


そんな人が、自分の祖父だと思うと、とても誇らしい。


とても嬉しくなったのか、笑顔になっていたらしい。

ツタが、声をかけてきた。


「一輝?どうしたの?」

「い……いや、別に、なんか、嬉しくなって。」

「一輝が嬉しいと、私も嬉しい。」


そんな二人に。


「そうじゃ。ツタさんの記念写真とアルバムを作らないといけないな。」

「アルバム?」

「そうじゃ。桜身と秀のアルバムも作ったんじゃ。ちゃんと、一言つけてな。」


そういいながら、神野はカメラを用意して、ツタを撮り始めた。

ツタは、神野に言われるままに、動く。


「それと、ツタさん。この書類のここにサインをいただけんかね?」

「はい。」

「名前は、清水伝で。漢字は分かるかな?」

「はい。秀の記憶を探っていましたので、分かります。」


そんな二人を一輝は見ていると、少しだけ頭の中に引っかかった。

USBメモリーの中にあった桜身の写真、それに卒業式が終わった日に見た秀の情報にあった写真だ。

写真に一言書いてあって、それを読んでいた時には、とても暖かくなったのを感じた。

それほどまでに、文字と写真の記載が、一輝にとっては、とても愛されていると思うくらいであった。


「まさか!あの、基本情報にあった写真は。」

「そうじゃよ。わしが撮って、一言書いた。子供のアルバムっていうのは、そういうものなのじゃろ?」

「そういう事をする親もいるけれど……。」

「まさか、桜身は、一輝の写真はその様に扱っていないのか?」

「家は、写真を撮って、パソコンに保存して、L版で印刷して、輪ゴムでまとめただけだ。キッチンにある封が出来る透明の袋に入れて、保存している。気に入った写真は、写真立てに入れているけど、俺と母さんの二人映っているのを、一枚だけだな。」


すると、神野は、少し顔をしかめた。


「今度、桜身には、ちゃんと言っておかないといかんな。」

「いいよ。別に、今更。」

「良くない!子供の写真を、そんな雑に扱いよって!」

「じゃ、じゃあ。ひ孫の写真は、任せるからさ。」


つい、言ってしまった。

瞬間。

ツタが、頬を赤く染めていた。

婚約者とはいえ、子供を作ろうなんていう言葉を言ったのだ。

しかも、祖父……この屋敷の当主、一輝から見れば上司の前である。


「一輝よ。ツタが照れておるわい。」

「すまない。ツタさん。」


ツタは、何も言えなくなっていた。

植物だからといっても、もう、人の形をしていて、人の子供がどの様に産まれるのかは、秀の記憶から知っていた。

だから、とても、頬が赤く染まっていた。


「一輝、今日はもうよい。ツタさんを連れて、少し、部屋で話してこんか。」

「はい。そうします。」


一輝は、ツタと一緒に神野の部屋を出た。

ツタは、部屋に行くまで、一言も話さなかった。





部屋に着くと、一輝は、ツタを抱きしめた。

ツタは、胸がドキドキしていて、顔がとても熱い。

一輝もツタと同じく、ドキドキが止まらなかった。


しばらく、抱き合った後。


「ツタ、俺は、どうやら、そこまで好きらしい。」

「はい。桜身様のことですね。」

「違う。ツタの事だ。」


一輝は、ツタを抱きしめていた手を、ツタの肩に置いて、真っ直ぐに見る。

すると、少しだけほほ笑んだ。


「やっぱり、母さんとは違うな。俺は、ツタがいい。」


ツタは、もう、何度、泣いたかわからない位、一輝の言葉がとても好きで、心に響いてくる。

瞳からは、大きな、とても大きな涙があふれて、堪えきれずに、頬を何度も伝わる。


その涙を一輝は、舌でなめとり。


「もう、この涙すら、俺のだからな。」

「はい。」


この瞬間より、一輝は桜身関係なく、ツタを愛するのを誓い合った。

誓った相手は、そう、この部屋に充満している空気だ。

植物は、二酸化炭素を吸って、酸素を吐く。

人間は、酸素を吸って、二酸化炭素を吐く。


空気の中には、二酸化炭素も酸素もあり、それらから、地球上の全てとつながっている。

だから、全てのモノに誓った形だ。


「もう、俺は、ツタから離れないよ。」

「私も、一輝から離れないわ。」


手をつなぎ、ほほ笑んだ。

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