21「秀父」
一輝は、屋敷に山倉が作ってくれた部屋に、引っ越してきた。
もはや、アパートには、一輝の持ち物はない。
桜身は、反対をしたが。
「父さんの居場所がないだろ?」
一輝の一言で、納得せざるを得なかった。
それに、あのアパートは二人暮らし専用だから、一輝がいては、暮らせないのである。
秀は、今、まだ入院中だけど、帰ってくる場所を作るのも、大切であった。
「それに、折角、山倉さんが屋敷に俺の部屋を作ってくれたんだ。利用してやらないと、勿体ないだろ?」
その言葉で、山倉は嬉しくなった。
引っ越してきて、ベッドに寝転がると、すごく気持ちよかった。
思えば、このベッドに横になったのは、初めてだ。
この部屋に、最初、来た時からあったのだから、その時に、一度くらいは寝っ転がってみるべきだったと思った。
チェストの上には、一輝が山倉にお願いして、小さなベッドを用意してもらった。
そこに、ツタが寝ている。
元々あったランプは、壁に取り付けられる様になっていて、山倉は、一輝の手が届く位置にセットしてくれた。
そのベッドから出ると、カーテンを開ける。
元は、とても装飾がされている重いカーテンも、軽いシンプルのに変えてもらい、片手で軽々開けられる。
窓までは変えられないから仕方ないのだが、両開きになっている豪華な装飾が施されたノブに手をかけて、鍵を開け、外の空気を室内に取り込むと、すごく、気持ちいい風が吹いて来た。
ツタも、その空気は、とても気持ちが良くて、一輝の肩に乗り、一緒に空気を身体に取り入れている。
この部屋には、シャワー室とトイレがあったが、シャワー室を取り外して貰い、台所を設置して貰った。
屋敷には、大きな調理室があるのだが、やはり、使い勝手はアパートにあるのと一緒のが良くて、言うと、一日で取り換えてくれた。
風呂はというと、屋敷の大浴場があるから、そこでいいとした。
一人用の冷蔵庫を開けて見て、朝食を作り始める。
まだ、ツタは食べられないが、水分は必要だから、ツタ用にコップを用意すると、とても喜んでいた。
朝食を作り終わり、あの時の教室にある机に朝食を置いて、椅子に座ると、ツタと一緒に食べ始める。
この机と椅子は、一輝にとっては、とても使い勝手がよかった。
だから、この部屋にあった装飾が施された机と椅子は、撤去してもらった。
食器を片付けて、服を着替える。
服は、スーツであった。
アパートから持ち出したのは、家具以外の一輝が必要だと感じた物だけだった。
だから、使っていたベッドと机、椅子は、秀が使えばいいとしていた。
「ツタ、いくぞ。」
「はい。」
一輝が、最初に行く所は、神野の部屋であった。
神野の部屋に、ノックをして入ると、とても笑顔で出迎えてくれる神野がいた。
「一輝よ。今日は、少し話しをきいてくれんか。」
「はい。」
神野と話しをするのが、一輝の仕事だ。
午前十時になると、一輝が立ち上がった。
「そろそろか。」
「はい。失礼します。」
神野の部屋を出ると、ビニールハウスのドームに来た。
白い花の世話をして、植木鉢毎、両手に取り、ツタが白い花に触れると、世界中にある植物に、少しだけ一輝の意思を伝えた。
しばらくして、一輝は祈るのをやめて、ツタと一緒に水分を補給すると、昼ご飯の時間になり、また、部屋に戻って、昼食を作り食す。
その後、食材が足りなくなれば、屋敷にある車に乗って、買い物に出かけ、帰ってくる。
その後、山倉が、訓練をしてくれて、おやつの時間を一緒に摂り、色々と話をした。
一輝には、自分から言って貰った仕事があった。
それは、財政管理の仕事を手伝う。
確かに、一輝には、植物を通じて祈る仕事があるのだが、勉強をしてきた習慣があり、頭を使いたかった。
財政管理の長である、
今日は、その星宮が夕ご飯を一緒にしないかと聞いて来た。
その材料は買って来てあるのだが、屋敷の人との関係を保つのも仕事だ。
星宮と一緒に、屋敷で働く料理人が作る料理を食べる。
とても美味しい。
星宮と夕食を済ませると、部屋から着替えを持って、風呂に入る。
風呂では、屋敷に泊まりがけで仕事している人がいて、その人達と一緒に話しながら、身体を温めて安らいだ。
そして、部屋に戻り、窓を閉めて、カーテンを引いて、歯磨きをしてから、温かいお茶を淹れて飲むと、ようやく休む時間になった。
ゆっくり、ツタと話しをしながら、眠りに落ちていく。
こうして、一輝の一日が終わる。
そんな日を過ごしている間、秀が退院する日になった。
一輝が山倉一緒に病院へ行くと、病室から荷物を持って出てくる桜身と秀がいた。
桜身と秀は、一輝を見ると、笑顔になった。
少しだけ会話をしながら、病院の受付に行く。
受付で清算を済ませようしたが、桜身が山倉を呼んだ。
何か手違いがあったらしく、説明をしている。
見ていると、少しだけ時間がかかりそうだ。
「山倉さん、俺達、あの喫茶店で待っています。」
「ああ、そうしてくれ。」
「行こう。父さん。」
一輝に手を握られ、桜身が今まで持っていた荷物を持ち、喫茶店へと向かう。
素直にその通りにする秀だが、少し手から伝わる熱が、とてもくすぐったかった。
一輝と秀は、受付の階にある喫茶店にて、荷物を見つつ、待つ。
秀は、身体がもう大丈夫で、刺激のあるものを食べてもよいとなっていたが、少し気を使い、ほうじ茶にした。
一輝も、同じくほうじ茶にした。
お互いに、お茶が来て、一緒に飲んでいる。
ほうじ茶と一緒に、お饅頭もあって、とても合っていた。
「なあ、一輝。」
秀が、声をかけた。
一輝は、秀を見て。
「何?父さん?」
答える。
「十八年も間が空いているのだが、父と呼んでくれるのか?」
「遺伝子的に、父親なんだろ?だったら、そう呼ぶのが正しい。」
秀は、一輝の何か納得し、悟っている感じが怖かった。
「でも、あの時、山倉が理想だと。」
「理想と現実は違う。」
「そう。」
秀は、会話をしたいのだが、出来なくて、少ししょんぼりしていた。
すると、一輝は、静かに笑っていた。
「な、なんだよ。」
「いや、本当に情報通りなんだなって思って。」
「情報通り?」
一輝は、あの時、卒業式の日、車の中で見た秀の情報を記憶していて、それを言う。
「清水秀、二月二日生まれ。B型。身長百六十センチ、体重五十五キロ、成績は、中の中で、平均的。運動は、出来るが、万能ってわけではない。ただ、理科……自然の内容は、とても良く、天気予報士の免許を取ろうとしていた。性格は、寂しがりやで、格好つけようとしても、うまくいかない。周りからの評価は、かっこいいより、かわいいである。バレンタインデーの日には、男子から貰った経験もある。女子から貰ったのは、桜身だけだ。静かな所が好きで、音楽の授業が一番苦手だから、楽器の演奏や、歌がとても苦手である。」
秀は、聞いていると、少し待つようにいうが、一輝は無視して淡々と話しをした。
「まだあるが、話していいか?」
「やめて欲しい。」
「わかった。」
ほうじ茶を、飲み干して。
「そこまで、わかっていると、話す事なんてないな。」
「え?ありますよ。」
「何が?」
一輝は、喫茶店の出入り口を確認して、桜身と山倉が、まだ来ていないのを確認すると。
「この十八年間の桜身の事。」
秀は、一輝を見た。
一輝は、ニヤリとした。
「俺は、桜身が生まれてから、今日まで見てきたから、情報はパーフェクトに記憶しているが、父さんは違うだろ?」
「そうだな。なんだか、話が長そうになるな。」
「だから、落ち着いたら俺の所に通え。あの屋敷に、俺の部屋があるし、俺は神野さんの許可がないと出られない。父さんから来てもらえると助かる。」
「わかった。」
一輝は、一つだけ気になった事があり、秀に訊く。
「なあ?掴まっている間、食事とか排泄とかどうだったんだ?」
「へ?」
秀は、一輝の顔を見て、飲んでいるほうじ茶が入ったカップを指で擦りながら。
「食事は、流動食というか、甘い蜜を貰っていたと思う。固形のモノじゃないから、検査で胃腸が弱っていると結果が出ていて、つい先日、固形のモノが食べられる様になった。……排泄については、その……お腹辺りにツタが絡まっていてな、そこから吸い込んだのか、常に空っぽになっていた。お腹の力が弱っていて、これも同時に鍛えて、自分で排泄出来る様になったという事で、退院して、様子を見ようとなった。」
「なるほど、面白いな。その原理。」
「面白くない。拘束されて、自由がなく、生かされるのは、とても、辛い。」
「それ以上に、桜身が傍にいるにも関わらず、手さえ動かせなかったのだからな。」
「ああ。傍にいるのに、目の前にいるのに、動かせずにいたから、でも、一輝がいた。一輝は、パーフェクトに情報を持っていた。あの時、あの付近にいた植物達が思っていた感情は、恐怖だった。」
ほうじ茶をグッと飲む秀。
カップをカップソーサーに置くと、その手を一輝は触り。
「もう、自由になったんだ。いつでも、こうやって、触れる。」
「一輝。」
「母さんを、頼むな。」
「ああ。」
恐怖の感情が、秀の身体には残っていたが、それが浄化される感覚があった。
この感情は、安心というのだろう。
秀の心が安心で満たされようとしていると、桜身と山倉が来た。
喫茶店を桜身がお金を払って出た。
桜身と秀は、桜身の車でアパートに向かい、一輝と山倉は、屋敷の車で、屋敷へと向かった。
「なんだ?一輝、楽しい事でもあったのか?」
「とても。」
「そうか。しかし、これから、桜身様と秀様の血液の研究が始まる。一輝、よければ知識を貸してくれると助かる。」
「給料は?」
「一輝が言うとは思わなかったが、上がるぞ。」
「それは嬉しい。ツタに指輪を買おうかと思っているからな。」
「ん?指輪?」
山倉は、一輝がツタにプロポーズをしたといい、ツタも了解したのを話すと。
「そういうことは、もっと早く言え!!全く、おめでとう。一輝。」
一輝は、山倉から祝いの言葉を貰った。
「良かった。山倉さんが喜んでくれて。」
「え?」
一輝は、自分の両手を交差させて、ギュと握る。
「最初に報告したいと思ったのは、山倉さんだから。」
山倉は、その一言が嬉しくなった。
てっきり、病院での喫茶店で秀とその話をしたと思っていたが、最初に訊けたのが嬉しかった。
助手席に座っている一輝を、信号待ちの時に見ると、とても素敵な男性に育っていると思った。
最初に出会った頃の一輝とは比べ物にならない程、確りとした目線に顔立ちをしていて、男性である山倉から見ても、惚れる位になっていた。
秀は、バレンタインデーにチョコを男性から貰った経験があるが、一輝は貰ったことがない。
それには、いつも一緒にいた三城がいたからだ。
その三城も貰っていない。
一輝と三城はとても仲が良かったから、周りからは二人の間には他人は入り込めないと思っていた。
それ位、二人の空気は、寄せ付けない何かがあった。
実際には、一輝にも三城にも、思われている人がいて、バレンタインデーにチョコを用意していたが、渡せる雰囲気ではなかった。
一輝と三城が付き合っている、恋人同士だと意見もあったが、それとはまた違う空気であった。
親友以上恋人未満、生涯相手、引き離せない関係、いや、引き離してはいけない関係。
だから、周りは、二人を見守るしかなく、神聖化していた。
山倉は、その情報も知っていたが、そんな一輝と三城の間に入り、一輝を立派にしたのは、自分だと思うと、顔のニヤケが取れない。
「山倉さん?前。」
「前?」
「信号を見て。」
信号を見ると、進める様になっている。
車を発進させると、少し乱暴になっていた。
「山倉さん、何か良い事でもあったのか?」
「別に。それよりも、一輝。」
「何?」
今一度、一輝の顔を見たかったが、運転に集中をして。
「一輝、おめでとう。」
改めて言うと。
「おう。ありがとう。山倉さん。」
一輝は、言葉に気持ちが乗っていて、とても嬉しいのは伝わて来た。
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