13「就職」
「母さん、クレジットカードを作ろうと思うのだが、やり方を教えて欲しい。」
帰って来て、夕ご飯を食べている時に、一輝は、桜身に訊いた。
桜身は、一輝の口からクレジットカードを訊く事になるなんて、思わなくて、少しだけ時が止まったように、間を開けた。
「え、…………え、あー、そうね。もう作れる年齢よね。」
「そうだよ。」
親にとって、子供の成長は早いと思うのだろう。
大人の領域に一歩ずつ入り、近づいてくる子供に戸惑いがあった。
それは、恐怖でもあったが、とても暖かい。
「それで、調べて見たら、ここの会社が良くて。書類の書き方を教えて欲しいんだ。」
「わかったわ。食事の後にやりましょう。」
今は、ネットで出来るが、一輝が持って来ていたのは、三枚複写出来る書類で、手書きで書くタイプだ。
桜身も同じく手書きで書いたから、分かる。
ネットだと、確かに書き直しが出来るし、きれいな文字になるが、もしも、打ち間違えがあると困る。
紙でも、書き間違えがあるが、一輝の場合、手で書いて覚えるのが身についていていた。
だから、打つよりも手書きが信用が出来ている。
食事が終わると、早速、必要な書類を確認して、書類に情報を書き込んでいく。
「本人確認が必要だけど、一輝は、免許証があるから、それでいいわ。」
「そうだな。これ、本人確認になるんだったな。」
まだ、免許証所持に慣れない一輝がいた。
免許証は、プリンターのコピー機能で印刷した。
「で、封筒に入れて、明日でもポストに出してきなさい。」
「わかった。」
「しかし、本当に大きくなったわね。びっくりしたわ。」
「そうかな?」
「そうよ。で、他にやりたい事は?」
「パスポートを作りたいし、今のスマートフォン、自分で払いたいから名義を自分にしたい、それと、一緒に選挙へ行きたいかな。」
「そうね。それも出来るわね。」
一輝と桜身は、色々と大人になる為の話しをした。
中には、山倉に言われた内容も注意されたが、それらはやらないと桜身に誓った。
一週間経ち、桜身がクレジットカードが届いたのを知らせてくれた。
早速、封筒の中身を空けると、真新しくて、素手で触っていいのかと思った。
桜身は、クレジットカードを裏にさせると。
「ここね。ここの空欄に、自分の名前を書いてね。」
ボールペンを出してきた。
「なんでだ?」
ボールペンを、桜身から受け取って訊くと。
「名前がないと使えないのよ。」
「なるほど、このカードは自分のって印をつけるんだな。」
「手書きって、偽造しにくいからね。」
一輝は、自分の名前を書くと、本当に自分のクレジットカードが手に入ったと思う。
少し大人の世界に踏み入れた感覚で、とても嬉しくなった。
「一輝、通帳には必ず、お金は余裕をもって入れておくのよ。」
「分かっている。説明は、クレジットカードを作る時の利用規約にあったし、全て読んで理解した。」
「流石ね。……で?クレジットカード作って、何をする気なの?」
「!」
一輝は、桜身に使い道を聞かれるとは思わなかった。
この年まで、ゲームに触れて来ていなく、それは桜身も知っていた。
まさか、ゲーム機を持っていて、それに登録したいって思っているとは思っていない。
プレイしたゲームだが、すごく気に入った作品があった。
オープンワールドで、ボスを倒せば終わるゲームだが、その間に出会った敵を倒してもいいし、所々にいるキャラから依頼されて、それに答えてもいいし、また、マスコットキャラみたいな存在が所々にいて探すのもいい。
それに、最後にクリア率が表示されていて、完璧にしたい一輝にとっては、百パーセントにしたい気持ちがあった。
一応、エンディングが見えればいいと思って、適当にプレイしていたが、ソフトを谷に返した後、気になってしまい、自分で購入したくなった。
今のゲームは、カセット版とダウンロード版がある。
桜身の部屋には、カセット版があるが、そこから借りるわけにもいかず、それに、カセット版を買うと、桜身に見つかる可能性があるから、ダウンロード版をプレイしようとしていた。
それに、ダウンロード版には、追加シナリオもあって、それらも気になっていた。
一輝は、答えに困りながら。
「えーと、ネットで買いたいものが…あるから、な。」
「買いたいものね。親に内緒で?」
「内緒で!」
桜身は少し考えて、ニヤニヤした。
「なら、楽しみに待っておくわ。」
「なんだよ。その言い方。」
「別に。ところで。冬休みなんだけど。」
「何。」
「泊まりの仕事があるかもしれないの。」
「そうか。いいよ。別に、俺一人でも大丈夫だよ。」
「そう?」
「母さんこそ、体調に気を付けてな。」
「わかったわ。」
冬と聞いて、そういえば、二月三日は桜身の誕生日だと思い出した。
だから、あんなにニヤニヤしていたのか。
だったら、期待以上のプレゼントするかと、一輝は気合を入れた。
そんな話しをしていた時には、まだ、先の事と思っていたが、とても早く時が過ぎた。
二学期は、アッという間に過ぎた時、一輝は帰ろうとしていると、担任に声を掛けられた。
教室に、二人っきりになる。
担任は、一輝に。
「大学に行く気はないのか?」
「働きたかったから、行く気はない」というと、説得しにきた。
しかし、一輝の就職する心は揺るがなく。
「そこまでなら、仕方ないな。だが、大学は、いつでも通える。卒業しても高校に来ていいから、相談、いつでも聞く。」
「ご心配かけていたようです。」
一輝は、ていねいに断り、心配させたのを受け止めた。
担任は、一輝を解放した。
一輝は、今、就職先を探し中で、色々な会社へ面接に行ったり、電話でアポを取って売り込んだりしていた。
しかし、内定は取れなく、少し落ち込んで来た。
その事を、山倉に話すと。
「屋敷で働くか?」
山倉が提案してきた。
訊けば、この屋敷は、とても敷地が広く、掃除をするにも大変であり、今いる人数でも足りない位だと説明された。
「掃除好きだから、いいが。」
「何。」
「また、宿題出されそうだな。」
「まさか。ちゃんと給料は出すし、基本情報は、それとこれとは別だよ。」
「本当に?」
「本当。それに、桜身様には、誤魔化してあげるから。」
山倉を見ると、嘘は言っていない感じがした。
だからか、安心出来て、お願いした。
「だったら、冬休みは、フルで来て。大掃除大変なんだ。」
「確かに、この屋敷の大掃除は大変そうだな。わかりました。」
「それと、桜身様は違う仕事に行かれるから、見つかるとかの危険はないよ。」
「ありがたい。」
山倉は、こんな時の為に、桜身が知らない会社を、この屋敷の主人は数点持っていて、その中の会社に一輝が務めているとして、内定書を作成し、一輝に渡した。
「これを桜身様にみせるといい。」
「ありがたい。」
「ところで、動画は?」
「後、少しで終わる。」
すると、山倉は、タブレットを持ってきた。
タブレットを見せると、桜身はあれから購入した本があるらしく、これからは今までの情報を更新するのが、課題となった。
「更新ってなると、もう。」
「これからは、桜身様が見た、買った、体験した物を更新して記憶する作業になる。」「なら、膨大な量にはならないのか。」
「ならないよ。それに、仕事をしている間に時間を取るから、その間に見ると良い。」
「それは、ありがたい。」
喜んでいる一輝を見て、山倉と谷は、目を合わせる。
その顔は、真面目な顔をしていて、これから起きる事件に一輝を巻き込むのを覚悟していた。
家に帰って、風呂を掃除して湯を張る。
夕ご飯を用意して、桜身を待ていた。
これほど、帰ってくるのにソワソワした覚えはない。
桜身が帰ってくると、あいさつなしで。
「ねえ、母さん。内定とれたよ。」
「え?ああ、仕事?よかったね。」
「あ、おかえり。」
「ただいま。」
内定の紙を見せると、桜身は喜んだ。
「よかったわね。」
「最初は、掃除からなんだけど、次第にランクが上がっていくんだ。」
「一輝は、掃除も得意だからね。きっと、ランク上がるのも早いわよ。」
桜身は、祝わなくてはといい、再度、家を出て、デパートで簡単にケーキを買ってきた。
その間に、一輝は風呂に入っていた。
「一輝、就職内定、おめでとう。」
「ありがとう。」
夕ご飯を食べながら、ケーキと一緒に祝った。
その日は、桜身が一輝と話しがしたいといい、いつもより、長く話しをした。
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