8「報告」

「では、報告を。」


今日は、朝から来た。

朝、桜身が仕事に出て行ってから、用意された朝食を食べて、リュックに宿題を詰め込み、自転車を屋敷へ走らせる。

裏口の門番が自転車を預かってくれて、連絡を入れると、山倉が来た。


そして、今は、一輝の部屋にいる。


一輝は、報告をすると、山倉は微笑んだ。


「結構進んでいるじゃないか。」

「仕方なしにだ。」

「でも、がんばっているな。どう?好きに慣れそうな漫画あった?」

「うーん、これとこれは好きだ。」


一輝は、タブレットを見せながら話しをすると、山倉もそれが好きだといっていた。

山倉に報告をしていると、谷が来た。

谷も、昨日来なかったから、気になっていたのだろう。

谷にも、ゲームの報告をすると、とても嬉しがっていた。


「すごいな。ここまで進めたのか。」

「だけど、操作が難しいな。」

「そうだな。慣れていないと、手を痛める場合もある。休みながらやりなよ。」

「そうする。」


山倉と谷は、一輝を真っ直ぐに見て。


「で?どうだったんだよ。」

「何が?」

「何がって、桜身様のお部屋だよ。入ったんだろ?」

「何で知って……、基本情報でしたね。」


交互に質問されて、自分の感想を付けながら、部屋の様子を伝えた。


「なんだ。全く、変わっていないな。」


谷の言葉で、一輝はスマートフォンを出して、写真を見せる。


「これ、母さんの枕下から出て来た写真だけど、まさか、これって。」


山倉と谷は、一輝が見せた写真を見ると。


「ああ、しゅう様だ。」

「秀?」

「一輝が思っている通り、君の父親だよ。」

「やはり。」


山倉は、谷と目を合わせていた。

一輝には、二人の表情が、とても寂しそうに見えた。


「父の事、知りたい……けど、今の俺には、まだなんだろ?俺、がんばるから、早目に教えてくれ。」

「一輝。」


山倉は、一輝の顔を見て、少しだけ腕組をして考えて。


「仕方ない。これだけは、伝えて置いてやる。」

「なんだ?」

「秀様と桜身様は、二人共天涯孤独だ。」

「は?」

「まあ、そこまでの情報だけだ。どうして、そうなのかは、一輝次第だ。」

「気になる情報だけ与えるな。」

「気になっていると、がんばれるだろ?」


山倉の言う通りだ。

一輝は、思い出して、リュックの中から理科の宿題を出す。


「山倉さん、谷さんでもいいんだが、この屋敷には植物がいっぱいある場所はあるか?」

「植物?花とかですか?」

「そう。」

「ありますよ。行きます?」

「是非。」


山倉は、谷と分かれて、一輝を案内する。

案内された場所は、花がいっぱい植わっている場所だ。

といっても、ビニールハウスみたいな場所で、ドーム状になっていた。


「理科の宿題で、植物と人について書くのがあって、この地域は都会で植物なんてみつからないだろ?今、公園でも、きれいに草刈りされてしまっているし、山なんて熊とか鹿とか出るから入るなって言われているし、花屋っていっても、なんか違って、この屋敷ならあるかなって思ってな。」

「そうですね。この花達は、桜身様が育てられていますよ。」

「母さんが。」

「ええ、特に、この花が好きで、毎日、ここに来ています。」


花を見ると、白色をしていて、とても元気に咲いている。


「母さんらしいな。」

「この花だけではなく、植物……いや、全ての生命を桜身様は愛していらっしゃる。」

「これが母さんの仕事なのか?」

「仕事の一つだな。」


一輝は、このドームにある植物を見ると、全てが元気でやさしいと感じて来た。

まるで、母に抱きしめられている感覚だ。

子供の頃の身体に沁みついた記憶が、浮き出て来るみたいだ。


山倉を見ると、とても安らいでいる感じがした。

前に、山倉は自分を父と思ってくれてもいいと言っていたが、もしかしたら、山倉は桜身が好きなのかもしれない。

そう思ったら。


「絶対負けない。」


山倉に対して、闘争心が芽生えた。

桜身の事をもっと知るのが大切なら、今日も、スピード上げて、漫画、ゲーム、それだけではなく、日常生活の桜身も見なくてはと思った。


「どうした?一輝。」

「別に、山倉さんは、敵だなって思って。」

「は?」

「そんな事よりも、植物、見させてくれてありがとうございます。」

「ん?まあ、良かったな。」


一輝は、屋敷にある一輝の部屋に戻り、早速、理科をやり始めて、終わった。

もう、学校の宿題は、英語の日記だけになり、後は、漫画とゲームだけである。


「そろそろ、帰りますね。」


一緒にいた山倉に、一輝は報告をする。


「そうだな。そろそろお昼か。」

「はい。冷蔵庫の中身も少なくなってきましたので、買い物しながら帰ります。」

「なら、気を付けて。」

「言われなくとも。」


裏口まで付き添い、自転車を門番からもらうと、ヘルメットをした。

その時。


「明日も来るんだろ?」


山倉は、一輝に訊くと。


「来て欲しいですか?」


訊いてみた。

山倉は、考えるまでもなく。


「ああ、一輝と話しは、とても楽しい。個人的になるが、一輝とは友達になれるといいと思っている。」

「山倉さん。わかりました。明日も来ます。」


すると、山倉は微笑むだけではない笑顔で、一輝に手を振り。


「またな。」


見送ってくれた。


一輝は、買い物しながら、山倉の笑顔を思い出すと、何故か、嬉しくなる。

どうしてだろう。

山倉は敵なのに、嬉しい思いがあふれて来た。


家に帰ると、部屋が暑かった。

エアコンを入れて、涼しくする。

昼ご飯を作り、食べながら、タブレットで漫画を読んだ。

そのまま、漫画を読み進めていくと、夕方になった。


「さて、今日の夕ご飯は何にしようか。」


腕を上に伸ばして、身体を動かす。

買ってきた物の中に、肉があったから、今日は、肉にしよう。

肉を揚げ物にして、とんかつを作った。

キャベツを千切りにして、タマネギをスライスして、混ぜて、皿に置いた。

そこに、とんかつを、四切れにカットして、並べた。


その時、桜身が帰ってきた。

桜身は、暑いって言っていたが、今日は風呂よりもお腹が空いているといって、先にご飯にした。


とんかつとご飯と味噌汁を見ると、桜身は喜び、食す。

一輝も一緒に食べ始めた。


すると、一輝のスマートフォンが鳴った。

スマートフォンは、机の上に置いてあったから見ると、三城と表示された。

その場で取ると。


『あ、一輝?』

「どうした?」

『数学で分からない所があって、教えて欲しいから、明日いいか?』

「あー、いいぞ。」

『助かるー、午前中いいか?』

「いいぞ。」

『なら、明日の午前、そうだな、八時位に行くよ。』

「わかった。」


スマートフォンの通話を切断すると、桜身がニヤニヤしていた。


「何?」

「友達と勉強会?」

「そうだけど。」

「友達って、三城君?付き合い長いわね。」

「そうだな。幼稚園の頃からだったかな?」

「まあ、一輝に限ってないかと思うけど、羽目を外し過ぎない様にね。」

「しないよ。」


そんな会話をしながら、夕ご飯を食べた。

今日は、片付けを一輝がして、その間に桜身が風呂に入る。

桜身は、先に一輝を入らせようとしたが、一輝は断った。

それには、男が入った風呂に女性を入れたくなかったからだ。

それも、自分が一番好きな女性だ。


だが、考えようによっては、好きな女性が入った風呂に、自分が浸れるわけだから、結果的に一輝にとっては、喜ばしいことであるのに気付いていなかった。


一輝が風呂から出ると、洗濯物を畳んでいる桜身がいた。

桜身に熱い緑茶を淹れると、両手で受け取り、一緒に飲む。


「一輝も大きくなったわね。」


乾いた服を見て、桜身は一輝を見た。


「大きくならないと、不思議だろ?」

「私なんか、中学生の頃から背丈も体重も、見た目も変わっていないのよ。ドンドン変わっていく一輝がうらやましいわ。」

「考え方次第だと思うけど、変わっていないのは、とても助かると思うぞ。その当時の服が着れるわけだから、節約になる。それに、子供と大人の服が着れるのは、選択肢が多くて、選びたい放題ではないか。お得感がありすぎる。ほら、大は小を兼ねるっていうし、そう思えば、良いことばかりだよ。」

「そういう考えもあるか。でも、肌や体調は、衰えていくばかりよ。」

「母さんは、きれいな肌しているよ。」

「そう?」

「そう。」


一輝は、外を眺めながら、お茶を飲んでいた。

だから、桜身の顔を見なかったし、手がふさがれているので、前みたいに変な気は起こさない。


「お茶飲み終わった?なら、片付けるよ。」

「お願い。」


マグカップを一輝は受け取り、洗い、食器乾燥機に入れた。


「宿題があるから、部屋に行くよ。」


一輝は、自分の着替えを持って、部屋に行く。

桜身も同じくして、居間の電気を消して、部屋に行く。


部屋に入ると、早速一輝は、壁に耳を当てた。

そう、今日は、部屋の様子を音で分かるためだ。


最初の音は、クローゼットの音だ。

服を片付けているのだろう。

その後に、ベッドに来て、何かしている。

音からすると、電子機器の充電か。


いつも、仕事に行く時には、少し大き目のカバンを持っていくから、その中にタブレットとゲーム機は入っていると思われる。

そのカバンから、出しているのだろう。


その後に、ベッドに横になる音が聞こえたと思った時。

急に、桜身の声が聞こえた。

声というよりは、感情を押し殺している音。


よく、耳を澄ませて訊くと。


「秀。」


その名前が聞こえた。

すると、一輝は、音を聞くのをやめた。


一輝は、ベッドに腰を下ろして、目を閉じる。

少しだけ、心を空にする。

すると、自然と瞳から涙があふれて来た。


なんだろう。


この涙の理由はなんだろう。


どうして流れて来るのだろう。


一輝は、少しだけそのままの状態になっていた。




しばらくして、顔をタオルで拭いた後、気持ちを入れ替える様に、タブレットで漫画を読み始めた。

一輝の読破は、すごく早くて、もう、半分は読み終えている。

このペースだと、後三日位で読破出来そうだ。


時間を見ると、十時になっている。

漫画はやめて、ゲームをプレイした。

しかし、操作が上手くいかない。

桜身が作った攻略を見ても、操作までは、自分の力量であった。


「あー、上手くいかないな。」


すると、明日は三城がくるから、教えてもらおうと思い、ゲームはここまでにして、眠った。

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