7「攻略」
部屋を見ると、自分を落ち着かせる為に、宿題を見た。
どの宿題が一番簡単かといったら、学校の宿題だ。
早く済ませて、漫画とゲームをやりたい。
こういう言い方をすると、子供っぽく聞こえるが、一輝の場合は、漫画もゲームもやるのは、母の為であり、命がけだから、遊びではない。
学校の宿題で、得意な数学からやり始めると、この数日間、まともに勉強をしていなかったのか、とても久しぶりに思える。
それ位、学校の宿題は心の拠り所で、癒されていく感覚になった。
一輝の部屋は、下が出入り口だとすると、右は壁であり、左に全てがあった。
左を見ると、奥が収納で、扉に面してあるのがベッドである。
入って一番最初に見えるのが、机と本棚だろう。
机の前には、窓がある。
その窓にはカーテンがまだ閉めてなくて見ると、月がやさしく照らされていた。
その光に気づき、スマートフォンの時計で時間を確認する。
「十時半か……、結構やったな。」
県立流石高校の四教科は、全てが教師が作った問題のプリントである。
教師の力作であり、優しい時もあれば、難しい時もある。
英語以外は、毎年、様式や方式が違うから、上に兄や姉がいても、写したり、利用は出来ない仕組みだ。
今回の宿題は、一輝にとっては、とても簡単だと思うものばかりだ。
でも、親友の三城は、大変だろうと思う。
「プリント枚数、十枚だが、七枚は終わったな。あとは国語プリントが五枚と作文が一つと、社会が十三枚、理科が原稿用紙五枚か。もう少しやりたいが、今日は、学校の宿題はここまでにして……、はー、漫画とゲームか。」
ゲームと聞いて谷から貰ったUSBメモリーをパソコンで見ると、ワードで作成したファイル名がゲームのタイトルになっていた。
ダブルクリックして開くと、事細かに書かれた攻略情報があった。
「これが、母さんが作ったゲーム攻略ファイル。」
とても愛おしくなった。
早速、ファイル名の一番上からやり始めようと、ゲーム機に触った。
谷に、ゲームの基本操作は習ってきたから、触って行けばわかる。
ベッドに横になりながら、ゲームをしていると、段々と思う所が出て来た。
「このゲーム、音無しでも出来そうだな。って事は、母さんの扉に耳を付けて静かにしていても、ベッドの中でゲームをしているのかもしれない。」
時間を確認すると、驚いた。
もう十二時を過ぎている。
「今、やり始めたばかりだぞ。時間経つの早いな。」
ゲームをやっていると、時間が経つのが早く感じる。
今回のゲームは、ゲームをやらない人でも、テレビのニュースで見た事があるキャラクターが出て来る有名なゲームだ。
一輝でも、キャラクターの名前は知っている。
「ニュースでやる位だから、人気のあるキャラなのだろうな。……まさか、母さんの好みって、このキャラか。」
一輝は、少し心に黒い塊が出来るのを感じた。
この感情の名前を知っている。
嫉妬。
「いやいやいや、ゲームキャラに嫉妬とか……俺、重症かな?」
混乱した。
ゲーム機を見ると、一つの考えが浮かんでくる。
それが、セーブデーターであった。
ゲーム機を起動させた時、谷と遊んだ時のゲームだけ入っていて、セーブデーターもその時のだ。
という事は、初めから、谷はゲームをやらせるために、新品を一輝にあげるつもりで持ってきたとなる。
それに気づいた一輝は。
「谷さんに変わってから、もう、宿題が出来ていたのか。だとすると、山倉さんの個人的な仕事は、嘘だな。俺にゲームをさせる為に、山倉さんが仕組んだ宿題ってことか。」
そこまで考えると、山倉の顔が浮かぶ。
「くっ、なんだかんだ言って、遊ばれている気がする。」
だけど、桜身を思うと、止まる事も戻る事も出来ない。
進むしかない。
「でも、今日は、ここまでにしよう。母さんも早く寝ろっていっていたし。」
一輝は、寝る前にトイレに行って、一度、母の扉に耳を澄ませ、寝ているのを確認すると、自分の部屋に戻り、ベッドに入って寝た。
次の日
桜身が仕事の支度をして、出て行く音で目が覚めた。
居間に行くと、朝食が用意されて、メモが一つあった。
「夏バテしないように食べろ!母。」
メモを両手で取ると、何故か、口を付けた。
とても愛おしいメモで、台所の収納にあるジッパー付きの袋に入れて、自分の部屋へと持っていく。
朝食をありがたく、ていねいにあいさつをして食べる。
今日の行動を頭にプログラミングした。
朝は、家の事と学校の宿題数学と国語を済ませ、昼ご飯を食べ終わった後、屋敷に向かって報告、四時位までいて、帰って、この数日と同じ生活などと考えていた。
朝食が終わり、皿の片付けと、部屋の片づけ掃除をする。
部屋数は少ないし、掃除も普段こまめにしているから、簡単に掃除機を使うだけでよかった。
大きな掃除は、それこそ、桜身と一緒にいる時がいい。
ふと、桜身の部屋にある扉を見た。
「部屋に入れ。」と谷の声が脳に浮かぶ。
首を横に動かすが、取れてくれなく、目を細めて少し考えた。
結局入る。
ノブに手をかけ開くと、久しぶりの母の香りだ。
とても、落ち着いてくる。
母の部屋も、一輝の部屋と似ていて、奥に収納があった。
その収納の前には、洋服を仕舞う箱があった。
「あれが、薄い本が納められている箱か。」
一輝は、最初に箱へと向かって、箱のふたを開けると、本当にそうだった。
あの屋敷で読んだ薄い本が入っていた。
「本当にあった。」
一輝は、周りを見渡すと、ベッドの上にはコードがあった。
コードを見ると、タブレットの充電が出来るタイプのと、ゲーム機が充電出来るタイプ、さらにスマートフォンの充電出来るタイプがあった。
それと、ベッド脇にあるチェストの引き出しを開けると、ゲームのパッケージがあり、中身はとても大切にソフトが保管されている。
ゲームタイトルを見ると、谷がくれた物と同じだ。
「本当に、母さんの持ち物だ。」
他に見ると、服がきれいに収納してあり、見た目、どこに何があるのかが分かる。
部屋がきれいなのは、一輝はとても好感度が上がっていた。
他に探らずに部屋を出ようとしたが、枕の下に何かあるのを見た。
手に取って見ると、写真だ。
写真は、一人の男性である。
「誰だ?これ?」
でも、一輝は顔が自分に似ていると思った。
特に目元である。
「もしかして、これ、俺の父か。」
つい、スマートフォンのカメラ機能で、撮っていた。
写真を戻して、桜身の部屋を出る。
自分の部屋に来て、その写真を再度確認すると、確かに自分に似ていた。
「もし、これが父だとすると、こんな顔していたのか。」
父の事は桜身には訊かなかったが、知りたいとは思っていた。
だが、こんな形で顔だけ知れて、嬉しかった。
離婚して生きていると思ったが、桜身を助けて亡くなったと訊くと、あの屋敷にいる人達も知っているだろう。
さらに、両親の事を知りたくなった。
知るにはどうしたらいいのか。
もう、その方法は手に入れている。
漫画とゲームだ。
掃除をやめて、宿題に取り掛かった。
宿題といっても、学校の宿題だ。
もう、ペースを速めて、終わらせる。
一輝の集中力は、すさまじく、今日の日程は、全て、学校の宿題を済ませるに使った。
数学、国語、社会が全て終わった。
理科はというと、これは調べ物だから、簡単には終わらない。
「植物と人間について」という題名で、一つ作品を作り、原稿用紙五枚にまとめるだった。
一輝は、時間を見ると、もう四時半だ。
慌てて、風呂を洗い、湯を張った。
夕ご飯を作り始める。
「昼ご飯、食べてないな。」
一輝は、呟きながら、何にするかと冷蔵庫を開けると、紅ショウガが目についた。
外を見ると、暑そうだ。
今考えている料理が出来るかと思ったら、余裕で出来る材料が入っていた。
「冷やし中華にするか。」
卵をボールに割って溶いていく。
熱したフライパンに、卵を薄く焼いて、まな板に乗せる。
細く切ると、錦糸卵が出来た。
他は、野菜を同じく切って、ハムもあったし、かにかまもあるから、それらも細くする。
綿を茹でるのは、桜身が帰って来てからだ。
部屋で、待つ時間に漫画を読み進めると、帰ってくる音が聞こえた。
玄関に出迎えると。
「ただいま、今日も暑いわ。お風呂入れるのよね?」
「おかえり、どうぞ。汗を流してきてください。」
「嬉しいわ。今日は何色の入浴剤にしようかな?一輝は、何色が好き?」
「俺は、入浴剤なら緑だけど、色といったら赤だな。」
「私は、白ね。」
桜身は、一輝と話しながら着替えを持って、風呂へ行く。
その後ろ姿を見ながら。
「白が好きなのは知っている。」
山倉からの最初に渡された基本情報に乗っていた。
もう、あの情報は、年単位で過去の物だと思う位、一輝の頭には記憶されている。
実際には、まだ一週間も経ってない。
桜身が風呂に入っている間に、麺を茹でて、盛りつけた。
少し待つと、出て来た。
「今日は、冷やし中華なのね。丁度、食べたいって思っていたの。」
「それはよかった。」
いただきますをして、早速食べ始める。
食べている間に、話しをする。
「そういえば、仕事場の人から貰ったんだけど。」
「何?」
手に持っていた包みを一輝の前に出す。
包みは、手のひらに乗る位で、中を見るとクッキーであった。
「これ、息子さんにって、くれてね。」
「へー、勉強しながら食べるよ。」
一輝は、包みを自分の前に置いた。
食べ終わり、片付けは桜身がやっている間に、部屋に行き、クッキーの包みに入っている紙を読んだ。
紙に書かれていたのは。
「明日はこい。」
今日は、結局行かなかったから、呼び出された。
この言い方としては、山倉だ。
「くっ、明日はいくよ。」
一輝は、風呂を簡単に済ませて、英語の日記を書いて、寝る前にベッドに横になって、今日は漫画を読み進めた。
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