6「経過」
「こちらは、私の一番近い部下、
「一輝からは初めましてだな。俺は谷だ。桜身様とは、仲良くして貰っている。」
谷は、一輝に近づき、手を出すと。
「なんだか、言い方が怪しいが、よろしく。」
「なんだ。名乗らないのか?」
「この屋敷では、名乗らなくてもいいと、感じたからな。」
「確かに。この屋敷に住んでいる者は、一輝の事は知っているからな。」
「怖いな。」
「仕方ない。桜身様の息子だからな。」
一輝は、握手を交わした。
山倉は、谷に任せて、部屋を出た。
谷は、一輝を見ると。
「筋肉はありそうだな。」
「それはそうだ。俺の成績知っているだろう?」
「そういえば、今日、通知表を貰ったのだろう?きっと、体育は五だな。」
「体育だけじゃないよ。」
通知表をカバンから出して見せると、谷は驚いた。
「これは、驚いた。英語が四で、それ以外は全て五だ。こんな通知表見た事がない。ならば、今日、少し相手をせんか。」
「相手?」
「身体を動かす相手。」
谷は、部屋を出ていき、少し経ってから買い物カートに何かを積んで来た。
一輝の部屋にある液晶テレビに、積んできた物を接続して、準備を終わらせた。
見ると、ゲーム機だ。
「このゲーム、桜身様が好きでな。いつも一緒にやっている。」
「え?母さん、ゲームするの?」
「知らなかったのか。桜身様はゲーム、とっても得意だぞ。」
「知らなかった。」
「もし、良ければ、桜身様のご自宅にある部屋をのぞいてみてはどうだ?今は、夏休みで、桜身様は仕事中はいないだろう。」
「そんな事していいのか?」
「いいだろ?家族だからな。」
家族という言葉を聞いて、揺らぎそうになったが。
「いやいやいや、家族といえど、一人の人だ。それに母さんは、女性だぞ。女性の部屋をのぞくなんて、出来ない。」
「だったら、この先、桜身様を守るなんて出来ないな。」
「なんでだよ。」
谷は、ゲームの設定をしながら、説明する。
「桜身様のお仕事は、命が関わっている。だから、その補佐をする俺たちは、常に桜身様を知らなくてはならない。基本情報はもちろんだが、精神、体力、考察、全てだ。今、桜身様の部屋は、我々はどうなっているのかは知らない。だからこそ、家族である一輝が、知る必要があるんだ。」
「だーかーら、その仕事内容が知りたくて、今、記憶しているのだろう。」
「そうだ。だから、桜身様の部屋に入れ。」
ゲームの設定をし終わると、一輝にコントローラーを持たせて、対戦する。
体を動かすゲームであったが、流石に普段鍛えている谷は負けなかった。
一輝は、悔しくて、もう一勝負と食らいつく。
そんな一輝が、谷はとても好きになった。
「一輝、また、対戦しような。」
「はぁはぁ。息位乱れろよ。」
「ははは、まだまだ、負けんぞ。」
「くっやしい。」
谷は、一輝の前に今使っていたゲーム機を出した。
最新のゲーム機で、ゲームをやらない一輝でも見たことがある。
「これ、一輝にやろう。」
「え?でも。」
「これも、桜身様をお守りするための基本情報だ。」
「まさか。」
「そう、これら全て、一通りやって見て欲しい。」
段ボール箱に入ったゲームソフトを見ると、多かった。
その数、二十以上ある。
「ちょっと待て、俺は、山倉さんからも漫画読めって言われていて。」
「小学では、宿題を担任の先生が出すが、中学からは各教科の先生が、他の教科の先生がどれ位宿題を出しているのか分からずに、出すだろ?あれと同じだ。」
「妙に納得してしまった自分がいる。」
一輝は、仕方なしにゲーム機本体とソフトを受け取った。
ソフトはかさ張るからと言って、ソフトだけ別のケースに入れてくれた。
このケース入れは、八枚まで入る。
だから、その数、三ケースとなった。
「二十四枚のゲームソフト。」
「明日から夏休みだろ?時間あるじゃないか。」
「これだけ宿題出されたら、無いに等しいよ。」
「そういうな。それとな。これも持っていけ。」
谷の手には、USBメモリーがあった。
谷の手は、とても大きくて、USBメモリーが小さく見える。
「また、USBメモリーか。」
一輝は、その手から受け取り、何が入っているのだろう、と内心ワクワクしていた。
「この中には、桜身様が作られたゲームの攻略情報がある。」
「な。」
「もしも、短時間にクリアしたいとなれば、是非とも参考にするといい。現に、俺も、山倉も、このファイルを見て、桜身様の基本情報を知れたんだ。」
ありがたいと思い、一輝は、大切にカバンに仕舞った。
「さて、そろそろ帰らないといけない時間だろ?気を付けて帰れよ。」
「はい。」
一輝は、夏休みの宿題と、山倉の宿題と、谷の宿題が入ったカバンを持って、自転車に乗り、裏門の門番にお礼を言って、家へと帰って行った。
家へ帰ると、早速、風呂掃除をして、湯を溜めた。
今日は簡単にパスタにした。
パスタソースを作ろうかと思ったが、スマートフォンの時計を見ると、母が帰ってくる時間に間に合わないと思い、レトルトにした。
準備は出来たから、早速、宿題の整理をする。
学校から出された宿題は、結構あったが、英語が簡単で嬉しかった。
英語で日記を書くだけだから、とても楽だ。
簡単な単語を使い、書けばいい。
聞くと、県立流石高校の夏休みの宿題、英語は、毎年が英語で書く日記だ。
だが、今回の夏休みは、とても難しいと感じた。
いつもは、家で宿題をして、家事をやって、外に少し散歩に出かける位だ。
どうやって、山倉や谷、母の情報を書こうと、考えていた。
悩んでいる間に、母が帰ってきた音が聞こえた。
出迎えると。
「ただいま、あー、今日も暑いわね。」
「おかえり、お風呂入れるよ。」
「今日も?どうしたの?この三日間。」
「だから、時間があって、やっただけだよ。それに、母さんは仕事で疲れているから、以前もやっていたけど、連続ではやっていなかったから、でも少しは頼って欲しいというか。その……親だからといっても、そんなに気を張るなよ。」
一輝が一生懸命話すと、桜身は。
「ありがとう。一輝。」
桜身は、一輝の頭をなでた。
その行為が、一輝の心を加速させる。
つい、手が出てしまいそうになるのを、必死で止め。
「さっさと、その汗くさいの、取ってこい。」
その一言が出てしまった。
桜身は、少し頬を膨らませて。
「わかりましたよ。汗くさくてすみませんでしたね。」
「いや、そういう訳では。」
「分かっているって、早く入るようにの言葉だよね。ありがとう。」
膨らませた頬を、解除して、笑顔になる。
その笑顔は、一輝には、愛おしくも苦しかった。
桜身が部屋から、着替えを持ってきて、風呂へ入る。
一輝は、桜身に触ろうとし、必死で止めた手をブンブンと振り回した。
「あれは、母親、あれは、母親。そう、母親なんだ。」
自分に言い聞かせるようにして、母と息子の関係を崩さないように何度も唱えた。
桜身が風呂から出ると、パスタが出来ており、レトルトだけど、桜身はカルボナーラ、一輝はミートソースにした。
「母さんは、カルボナーラ好きだね。」
「そうね。このクリーミーなの、好きだよ。ミートソースもいいけど、パスタはカルボナーラ。カロリーとか気にしている人いるけど、私は気にしない。もうちょっと、体重が欲しい。」
「五十キロだっけ?」
「そうそ……、一輝に体重、話したっけ?」
一輝は、まずいと思った。
記憶した桜身の基本情報が、頭に刻まれていた。
数値問題は、とても得意だから、なおさらだ。
だから、つい、言葉として出てしまった。
「見た目が、五十キロない位だと思ったから、体重が欲しいってなると、それ位かな?って、推測しただけだよ。」
「そうなの。え?見た目、そんなに軽そう?」
「軽そうだよ。極端かもしれないけど、四十五位?」
「そんなに軽そうに見える?小学六年生男子の平均体重が四十だよ。ってことは、私は、中学生レベル。」
何か、「小さい」とか「軽い」とかは禁句なようだ。
少しだけ、落ち込んでいる桜身を見ると、一輝は。
「そんなに気にしないでくれ。俺は、今の母さんが好きだから。」
「そう?そうよね。一輝が言ってくれるなら、母さん、自信持つよ。」
どこまでも、息子からの言葉は嬉しいと、体中で表現しているから、一輝まで嬉しくなった。
ただ、これは、信頼と取ると、これから信頼を失う行為をしなくてはならなくなるから、少し心を痛めた。
桜身の部屋に入る事。
「一輝、明日は、朝、ゆっくりでいいからね。母さんは、仕事に行くけど。」
「いいよ。朝ごはん位は、自分でも作れるし。母さんこそ、朝、ゆっくりしてよ。弁当も作らなくていいんだし。」
「そうね。そうするわ。でも、音で起こしたら、ごめんね。」
「別にいい。起こしてくれても、かまわないから、音とか気にしないで出かけて。」
「一輝、ありがとう。」
ご飯を食べ終わると、通知表を桜身に渡して風呂へと行く。
風呂から出ると、洗濯機を作動させた。
いつもは桜身がやってくれているが、命をかけた仕事をしていると聞かされたから、家事は出来るだけ、負担にならないようにしたかった。
「母さん、洗濯機作動させたよ。」
「洗濯まで、本当にどうしたの?」
「別に、さっき言った通りだよ。俺、これから宿題するから、母さんは休んでね。」
「その前に。」
桜身は、一輝を抱きしめた。
「通知表見たけど、よくがんばりました。でも、無理はしないでね。」
一輝は、この場を早く離れたくて、桜身を自分から遠ざけた。
「一輝?」
「宿題、早く済ませたいから。」
「わかったわ。早く寝るのよ。」
一輝は、部屋に戻った。
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