5「前日」

「そういえば、明日が終業式ね。通知表が楽しみだわ。」

「そうかよ。」

「ねえ、夏休み、どこか旅行しない?」

「いかない。お金ない。……お盆になったら、この近くにあるデパートに位は付き合うよ。」

「そうね。スーツ買おうか。」

「え?」

「だって、来年の春には必要でしょ?」

「そうだけど、早くね?」

「冬休み位になって、品薄になると困るよ。」

「あー、そうなるか。」


そんな話しをしながら、お盆にデパートへ行って、スーツを買うのは決定した。

一輝は少し考え。


「母さんも何か買いなよ。俺のだけじゃなくて。」

「えー、別に、欲しい物ないし。」

「例えばだけど、ワンピースとか。」

「ワンピース?」

「似合うと思うんだけどな。裾とかに少しフリル着いた服。」


すると、桜身は嫌な顔をした。


「もしかして、子供体系とか思ってない?」

「思ってない、思ってない。」

「私は、平均よりも小さいのは認めるし、スタイルも良くないのは認めるけどね。でも、息子の一輝がいうんだから、少し考えて見るよ。」


息子という言葉が、一輝には気に入らなかった。


「子ども扱いするなよ。」


一輝は、桜身に聞こえない程度の声量で言う。


「なんか言った?」

「別に。」


牛丼をどんぶり毎、口に付けてかき込んだ。

昨日と同じで、片付けは桜身がやり、その間に一輝は風呂へと入る。

風呂に入っていると、落ち着いて来た。


何故か、風呂は、色々と考えがまとまってくる。

今日を思い出すと、山倉が出て来た。

山倉は、あの様子だと、父の事も良く知っていそうだ。


本当は、お盆、父の墓参りをしようと言いたかったが、桜身が隠しているのなら、話題にしないでおこうと思い、買い物となった。

買い物の時に、菊を見つけて、購入し、玄関でも飾っておこうと計画した。

玄関なら、いつでも目につくし、話しも手軽にしやすい。

玄関の靴箱の上もスペースがあったから、そうしようとした。

自然にすれば、きっと、桜身に気づかれない。


それよりも、今日は、借りて来たタブレットに入っている電子書籍を読む所から始めなくては。

あの量は、夏休み中に終わるだろうか。

もしも、抜き打ちテストがあっても困るから、適当には読めない。


一輝は、湯船から出て、桶にお湯を救って、頭からかけた。

気合を入れる為だ。


「よし。」


着替えをして、歯磨きをして、桜身と少し話した後、自分の部屋に来た。

カバンの中から、タブレットを出して、起動させる。

電子書籍を開くと、どれから読み進めようかと思った。

長編から短編まであるから、巻数が少ない順からにした。

一巻だけでも、多かった。


読み進めていくと、大まかに思った。

桜身は、色々な作品を良く読んでいるが、大抵はファンタジーが多い。

それも自然を扱ったものだ。

人の心も扱った心理的な考察物もあった。

読み進めていると、面白くなって来た。


最初は、桜身の事を知りたい為に読むだったが、自分でも楽しんで読み進めていた。

時間を見ると、もう、十一時となっていた。

本を読み始めたのが、六時半位だから、集中していたのだろう。

それに結構な数、読めた。


明日は終業式だとしても、早く寝ないといけない。

いつもは、九時に寝ているから、夜遅い時間まで起きていたのが、信じられない位になっていた。


「もしかしたら、母さんも、こんな風に夜遅くまで本を読んでいるのだろうか?」


つい、気になってしまった。

居間に行くと、桜身の姿はなかった。

もう、自分の部屋で眠っているのだろう。

うん、眠っているはずだ。


母の部屋にある扉に耳を付けると、静かだ。

やはり眠っていると思われる。


居間のカーテンが閉じられているから、暗いが、外は月が出ているのは分かる。

頭を掻いて、自分の部屋に戻って、眠りに着いた。




次の日


起きると、桜身がいて、朝食の準備をしている。

いつもの様に支度して、一緒に朝ご飯を食べる。


「一輝、夏休みはどうするの?」

「どうとは?」

「一日の過ごし方よ。」

「あー、夏休みの宿題があるから、それをやっているな。後は、部屋の掃除とか、社会に出るから、そのマナーとかの勉強かな?」

「大学はいかないの?」

「大学はいかない。早く、働きたい。」

「お金の事なら、別に気にしなくていいのよ。」


すると、一輝は桜身の手を握った。


「一輝?」

「お金の事は関係ない。」

「だったら、なぜ?一輝の頭脳なら、大学行って伸ばせば。」

「仕事でも伸ばせる。母さんは、気にしなくていい。」

「……わかったわ。でも、覚えて置いて。お金は気にしなくていいし、行きたいと思ったら、相談してね。」

「分かったよ。」


桜身は、一輝の手を握り返して、話しをした。


「今日の昼ご飯は、自分で作って食べるから、母さんこそ、俺の事気にしないで仕事してきて。」

「親が子供を気にしないって事はありません。でも、ありがとう。」


きちんと朝食を身体に入れた。

桜身は仕事、一輝は学校へと行く。


「さて、今日も、学校から直で行こう。」


自転車を走らせて、学校へ向かった。


学校に行くと、親友の三城が声を掛けて来た。


「一輝、夏休み、一緒に宿題しようぜ。」

「悪いが、今年の夏休みは、やることがある。」

「なんだよ。また、姉貴に内緒で薄い本、見せてやるからよ。」

「それは、もう、飽きた。」

「飽きたって、どういうことだよ。」


三城が持って来て見せた薄い本は、三城の姉、真矢まやが持っていたものであった。

真矢は、薄い本を作っていて、夏と冬には戦場へとそれを武器にして闘いに行っている。


「そういうのは、俺は興味ないって事。それよりも、夏休みの宿題で分からない所は教えてやる。その時には、前日に連絡するようにな。」

「わかったよ。でも、この二日間、一輝は心ここにあらずだったから、気を付けろよ。」

「もう、解決した。」

「そうか。でも、何かあったら、相談しろ。」

「それはありがたく思っておく。」


学校が終わり、そのまま直接、屋敷に向かった。

裏口に行くと、門番が一輝の顔を見て、自転車を預かり、連絡する。

すると、山倉が出て来た。





「ここからここまで読んだ。」


経過報告をすると、山倉は驚いた。

一日で、ここまで消化するとは。


「結構、進んだね。」

「読んでいくと面白くてな。所で、今日から、この部屋使わせてもらうぞ。」

「どうぞ。……昼ご飯は食べて来たのかな?」

「まだだが?」

「時間を見ると、もうすぐで十二時だよ。何か持って来てはいるのかい?」

「この屋敷には、台所はないのか?」

「あるよ。まさか、そこで料理するっていうんじゃ。」

「そのまさかだ。」


山倉は、一輝の持ち物を見ると、どうやら、学校から直接ここに来て、その間にあるスーパーで買い物をしてきたらしい。

仕方なく、屋敷の台所を案内した。


台所へ行くと、チラホラと人がいたが、一輝を見ると騒いだ。


「あれが、桜身様のご子息。一輝様か。」「ここに何をしにきたのか。」「山倉さんが面倒を見ているっていうのは、本当だったんだな。」などと聞こえて来た。

どうやら、この屋敷に住んでいる者は、一輝の事情も知っているのだろう。


「ここの一角をどうぞ。」


山倉は、一輝に台所の一角を進めて、案内した。

すると、一輝は山倉に袋に入った物を渡す。

中を見ると、そこには卵と砂糖、白だしがあった。


「山倉さんに、母さんの卵焼きの作り方教えてやる。」

「へ?」


意外だったのか、山倉が驚いた。


「え、別にいいよ。」

「ダメだ。山倉さんに俺が教えたいと思ったんだ。」

「でも、私は弁当を持って来ていますし。」

「だったら尚更、追加で食せ。」


山倉が狼狽えているので、周りの人達は関心していた。

どうやら、山倉はこの屋敷では、位が高くて、冷静に対処できる存在なのだろう。

その山倉が、一輝に押されている。


しかたなく、山倉は折れて、一輝に卵焼きの作り方を教わる。

教わっていくと、火加減や卵の溶き方などに違いがあった。

作り終わり、試食となる。

卵焼き用のフライパン毎、味見をすると。


「これだ。これが、桜身様の卵焼きだ。」

「こうやって、母さんは作っていた。」

「なるほど、よくわかりました。」


終わると、周りが一輝に近づいて来て、誉める言葉を発する。

一輝は、なんだと思い、困っていると、山倉は声を上げて笑った。

とても楽しいのだろう。


「山倉さんが笑った。」


その一言を訊くと、一輝も少し笑った。

一輝が卵焼きの材料しか持って来ていないのを訊くと、周りは自分が作ったもので良ければと、少しずつ食事を一輝に渡す。

それが、一輝の昼ご飯となった。






「いつまで、笑っているのですか?」


山倉は、部屋に戻るまでの間、ニヤニヤとしていた一輝に声を掛けた。


「嫌何、山倉さんって、この屋敷でどう思われているのか分かったから。」

「常に冷静でいないと、桜身様をお守り出来ないと思って、がんばったんだよ。」

「三日前の俺に、山倉さんの可愛さを教えてやりたい位だ。」

「はー、一輝。これから、覚悟しておけ。」

「覚悟はしてありますよ。」


山倉は、一輝を部屋へと付き添うと、今日は山倉個人の仕事があり、一緒にいられないとした。

その代わりとして、山倉は一輝の部屋に一人呼んだ。

その一人は、部屋へと来ると、とても身体が大きい人であり、髪は腰まで伸ばしていた。

大きい身体の割には、瞳は怖くなかった。

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