4「書庫」

ほうじ茶をお代わりして飲み終わった後、早速、テストをした。

一輝は、テスト用紙に、昨日覚えた情報を書き込む。

一部、悩む所もあったが、覚えるのは得意だったから、比較的スラスラと書けた。

全て書き終わり、見直しをして、山倉に出す。

山倉は、目を通していくと、表情が変わっていくのが分かった。


「うん。全て正解だ。」

「よしゃ。」


一輝は喜んだ。

すると、山倉も喜びが隠せずにいて、一輝を頭をなでた。


「よく、一日で頑張ったな。」

「ちょっと、頭、なでるな。」

「いいじゃない。これで、先へ進めるよ。」


山倉は、一輝の手を引いて、部屋から出て、屋敷の中を歩く。

そして、昨日忍び込んだ書庫に来た。


「この書庫の中にある本、全て記憶してね。」

「は?」

「説明欲しいって顔しているから、するね。」


本棚から一冊、本を取り出して、一輝に持たせる。

一輝に持たせたのは、薄い本であった。


「この書庫にある本は、全て、桜身様が持っている本だよ。」

「は?」

「この薄い本も、桜身様が購入して、部屋にあるよ。」

「え?マジか。」


薄い本を持っている風には見えなかった。

時々、タブレットで本を読んでいるのは知っていたが、薄い本までは知らない。


「桜身様は、ご自分でも本をお作りになられていた時期もあったけれど、それは、高校で辞めていて、今は購入だけはしているんだ。いわば、この書庫は、桜身様がお気に入りの本達だよ。」

「それを俺に、どうして覚えろと。」

「昨日も言ったけど、そうしないと、桜身様のお命が危ないよ。」

「そこが分からないんだ。」

「まあ、そこの説明は、一輝次第だよ。一輝が、桜身様の基本情報を十分に覚え、理解してからじゃないとね。」

「その説明をしてくれれば、やる気も出るってものだけどな。」

「それも考えたけど、きっと、一輝は、桜身様を部屋から出さなくなるから、言えない。」

「は?訳、分からない。」


一輝は、そう思いつつも、薄い本から読み始める。

結構な数あるのを知った。


そういえば、母の部屋には中学生になった時以来、入っていない。

思い返せば、小学生の時は一緒に寝ていたから、母の部屋にいた。

母の部屋のクローゼット前には、洋服を仕舞う箱があった。

服だと思っていたが、もしかしたら、あの中にあるのか。


しかし、母の趣味はわからない。

恋愛、ロボット、ギャグ等あるが、驚いたのは十八禁のもあった。

しかも、拘束物が多くある。


「一輝。桜身様は、見るだけだからね。実際に自分がされると、嫌だと思うよ。」

「分かっている。分かっているけど、なんか、親の性癖を知ると、今日、どうやって顔を合わせたらいいのか。」

「いつもと同じでいいよ。変に意識すると、感づかれるよ。親って子供の変化に敏感だからね。」

「そうですか。」


一輝は、薄い本からの攻略をした。

薄い本が終われば、出版社から出されている漫画本が待っている。

…漫画本。


「母が、タブレットで見ているのって、電子書籍か。」

「そうですよ。電子書籍でごらんになられていますね。」

「だったら、俺も、電子書籍で読まないと、母を知った事になりませんよ。」

「あー、確かに。同じにしたいなら、そうしないといけませんね。」


山倉は自分のタブレットを出した。

そして、一輝に渡す。


「これは貸してやるだけだ。今、ここにある本は、電子書籍にある。私のIDで購入してある。」

「あんた、準備がいいな。」

「全て読んでこい。」

「この量をか。」

「そうだ。」

「夏休みの宿題もあるんだが。」

「それ位は、一輝、こなせるだろ?」

「こなせますが。」


一輝は、タブレットを受け取った。

タブレットは、最初に訊いてくるパスワードがなく、直ぐにでも起動して中身を確認出来る。

電子書籍の数を確認するが、とても多くあった。


「あ、一輝が読んだ本は、飛ばしていいからね。」

「といっても、俺、漫画は読まないからな。」

「そうだよな。一輝、普段、読む本っていったら、小論文とか、文学だからな。」

「もう、突っ込みたくないが、あえて突っ込ませてもらうな。あんた、本当に気持ち悪いな。」

「仕方ないよ。桜身様とつながりがある人だからね。」

「これも基本情報とかいうのか。」

「いいますよ。」


仕方なく、電子書籍が入ったタブレットを貸して貰った。

今日の所は、薄い本だけにした。


「一輝、四時になりますよ。」


一輝は集中していたのか、時間が経っていた。

時間経つのが早い。


「もうか。でも、薄い本だけは、制覇出来たな。」

「ここには、いつでも来ていいよ。夏休みの宿題も持って来てもいいし、好きなだけ本を読んでもいい。お茶やお菓子位なら出すよ。」

「いいのか?」

「ええ、門番にも伝えておきますからね。朝早くても、夜遅くにでも、中途半端な時間でも、いつでもどうぞ。それと、先程の部屋は、一輝の部屋にしておきますので、ベッドでくつろぐなり、自由に使ってください。あの部屋は、一応、シャワー室とトイレもありますからね。」

「ありがたい。家で宿題していても、外へ出ないから、運動不足になるからな。ここまで来る理由があって良かった。」

「でも、逃げ場には使わないでくださいね。」


一輝は、身体を反応させた。

山倉を一度見ると、真剣な顔をさせていた。

今度は、心を反応させる。

胸のドキドキが止まらない。


「何を。」

「今朝の行動、私が知らないとでも?」


今朝の行動。

息子である自分が、母に何をしようとしたか。

思い出すと、頬が赤くなる。


「清水桜身は、清水一輝にとっては、母親。それを心にしておくようにな。」

「……ああ。」


一輝は、この感情を知っている山倉を、少し感謝した。

だが、怖いのは怖い。


「なあ、俺、あんたの事、どういえば?」

「私の事?父親って思ってくれてもいいよ。」

「こんな父親はいらない。」

「もしかして、父の事聞いてない?」

「訊く気はさらさらない。」

「でも、一応、簡単に教えられるけど……訊く?」

「……訊く。」


山倉は、一輝に向き合い、一息吐くと。


「一輝の父親は、桜身様を守って亡くなったんだ。」

「は?離婚したって訊いたぞ。」

「そう、桜身様は説明なさっていたのですね。まだ、この世に生きていると息子さんには思わせている。それだと希望もある。」

「あー、どうして亡くなったんだ。」

「その状況は、今は、説明が出来ない。一輝が、桜身様の事をもっと知らないと、全て説明は出来ない。」


確かに、今住んでいるアパートは、二人暮らし用だ。

離婚したからと言っても、再婚する場合もある。

そこに、桜身は、一輝と一緒に暮らしているとなると、亡くなったというのが正しい認識だろう。


小さい頃の記憶だが、アパートの大家と玄関先で話しをしている桜身がいたのを思い出した。

あれは、きっと、父が亡くなって、その後の暮らしについての話だったんだろう。


そんな事を思い出しながら、一輝は、山倉の顔を見ると、とても悲しそうにしていた。

今にも泣きだし、乱れそうな顔。

だから、深くは聞かずに。


「だったら、この夏休みの間に、全て覚えやる。だから、えーと、もう、山倉さんでいいか。山倉さん、もっとその基本情報とやらを寄越せ!!」

「一輝。」

「それとな。加速して覚えてやるから、俺の心にある母への感情は、母には内緒にな。」


山倉は、一瞬間を開けると、次第に不安定な顔が笑顔になった。


「ははははは……、わかりました。内緒にします。今、言った事、実行出来るね。」

「出来るねじゃない、やる!」

「だったら、明日から、覚悟してな。」

「望む所。」


山倉は、一輝を裏口から見送ると、すっかりオレンジ色に染まった道や町を見て。


「希望か。」


とつぶやいた。



家に帰った一輝は、カバンを自分の部屋に置くと、風呂を掃除して湯を張った。

いつもは夕ご飯を用意してくれる桜身がいるが、今日も自分が用意する。

冷蔵庫の中を見ると、豆腐があった。

賞味期限も今日まででだった。


他に見ると、ネギと昨日のコマ切れ肉が、まだある。

糸こんにゃくが無いか見るとあり、今日は牛丼にした。

材料を切り、牛丼の上に乗せる部分が出来上がった。

豆腐は、ネギと一緒に味噌汁にした。


時間をスマートフォンで確認すると、五時になろうとしている。

もう少しで桜身が帰ってくると思った時、帰ってきた。


「ただいま。一輝。」

「おかえり、母さん。」


「母さん」と言えたから、一先ず、安心した。

桜身は、一輝の顔を見ると、微笑んだ。


「な、なんだよ。」

「別に、なんか、いい顔になったなって思って。」

「は?」

「吹っ切れたみたいな顔。私、その顔、好きよ。」

「はいはい。今日も、お風呂入れるし、夕飯作ってあるから、どうぞ。」

「あら、嬉しいわ。」


昨日と同じく、桜身はお風呂に入る。

お風呂から出て来ると、夕食にした。

一輝も一緒に食べた。

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