3「資料」

風呂から上がると、マグカップにお茶が入っていた。

お茶は、煎茶で、とても美味しそうな色をしている。


「どうぞ。」

「今日は、雨、凄いな。」


マグカップを取り、飲みながら、外を見る。


「そうね。警報出たけど。」

「ああ、今日は、警報出て午前中までの授業だったんだ。」

「そうなの。小学中学の頃は、警報出ると、親が迎えに行ったけど、高校生になると自分で帰ってこれるから、なんだか成長しているなって思うよ。」

「あー、そんなわけで時間があったから、夕ご飯用意出来たんだ。今日は特別だ。」

「特別かぁ。でも嬉しいな。」


桜身の顔を見ると、とても嬉しそうだ。

でも、隠し事をしていると思うと、その笑顔も真っ直ぐには見えない。

外はまだ雨が降り続いていて、それを見ながらだから、顔を見なくて済む。

雨に感謝をした。


「さて、宿題がまだ残っているから、部屋に行くよ。」

「そう。勉強も大切だけど、今日は、この雨だし、早目に寝なよ。」

「はいはい。あ、お茶、ごちそうさま。」


マグカップを水道に持って行って、洗い、食器乾燥機に入れると、部屋へと行った。

早速ベッドに横たわる。

枕の下から資料を出して、読み始めると、自分が知らない母が浮かび上がってきた。


本当に細かく書いてあるから、今までの付き合いで母を想像しながら、読み進める。

すると、母の難病が書いてあった。

視界が半分しか見えない。

理由は、極度のストレスと書いてあった。


ベッドから起き上がる。


「そんな風にはみえない。」


色々読み進めると、山倉が言った情報以上に書かれていた。

身体の大きさ数値、体調の数値、その他にも、つい先月五月の出来事が書いてあった。

その中に気になった情報は、五月三十日だ。


五月三十日、仕事は休みを取っている。

毎年、この日は仕事を休みにしてある。

午前中にケーキを作る材料を、近くのスーパーに寄って購入し、作る。

プレゼントがネットで注文してあり、すでに届いているから、ラッピングをする。

学校から帰ってくる息子を待っている間、アパートの部屋を掃除する。

息子が帰って来て、夕ご飯に作ったケーキを出して、息子が好きなカレーでお祝い。

息子が眠っている時に、枕元にプレゼントを置く。



つい、先月の事で、記憶にも残っている。


「こんな風に準備をしてくれていたのか。」


その文の中にあるのが「毎年」という文字。

思い返せば、この日、一輝の誕生日は毎年、家に帰ると母がいた。

自分の誕生日には、忙しくしているのに、この日だけは休みを貰っていた。


知らない間に、涙が出て来ていた。


声を出して泣いてはいないが、とても、胸に溜まるモノがある。


その時に貰ったのが、まだ、机の上にある。

そのプレゼントは、腕時計だ。

中身を確認しただけで、装着していなかったから、腕に通してみると。


「ぴったりだ。しかも、この吸い付く様に違和感がない。まるで、元から自分の腕にあったみたいな感じがする。」


メッセージカードも入っていた。

見ると、そこには。


「来年から社会に飛び立つ我が子、一輝へ。誕生日おめでとう。」


また、さらに、涙があふれて来た。

とてもじゃないが、こらえきれない。


枕の上に置かれたタオルに、顔をうずめた。




しばらくして、心が落ち着いて来た時、資料を読み進めた。

しかし、この基本情報は、プライバシーもあったものじゃない。

事細かに書かれていて、まるで、監視して、記載しているみたいだ。

あの山倉は、ストーカーなのかと言わんばかりである。


確か、桜身の一番近い補佐と言っていたが、まさか、こんな物理的、精神的な近さだったとはと、改めて、山倉が怖くなり、寒気がした。


その山倉とは、明日も合うし、そこでテストされる。

はっきり言って、山倉とは会いたくないが、行かないと何をされるか、わかったものじゃない。

そう、この基本情報は桜身のだが、桜身と関わりのある人の情報も得ていると言っていたから、自分もその対象だ。

もっとも、今日聞かされた自分の情報を思い出すと、手遅れな気がする。


今から出来るのは、山倉から出される問題を、全て完璧にこなし、驚かせてやる事。

もう、これしかないし、歴史の年号や化学式など、覚えるのは得意な一輝だからこそ、この問題は得意だ。






次の日


朝、目が覚めると、すっかり雨が上がっていて、太陽がやわらかく部屋を照らしていた。

居間に行くと、桜身は起きており、弁当が出来上がっていた。

朝食も、もうすぐ出来る状態だ。


「おはよう、一輝。後、パンが焼ければ、朝食出来るからね。」


桜身を見ると、何故か、神聖な人に見える。

今まで見えてこなかった母の姿。


「一輝?」


桜身が、一輝に近づき見る。

一輝は、桜身の顔が近くにあるのが、とても、気分が良くなかった。


「寝不足?それとも、何か悲しい事があった?」

「え?」

「目が腫れているよ。悲しい夢でも見たの?」

「えー、はい。夢、そう、夢を見たかも。」


すると、桜身は冷凍庫から保冷剤を出して、ティッシュに包み、一輝に出す。

一輝は、それを受け取り、目に当てる。


「朝ごはん食べ終わったら、目薬さしてね。」


救急箱の中から、目薬を出して、食卓の上に置いた。

保冷剤で冷やしながら、朝ごはんを食べる。

食べ終わると、桜身が片付けをしている間に、目薬をする。


「目の腫れが目立たなくなったわね。」


片付けが終わり、一輝の顔を覗く。

一輝は、何故か、桜身を抱きしめていた。

桜身は、目を見開き驚いていた。


次に、一輝は桜身の顔を見て、桜身の頬に手を当てる。


「一輝?」


桜身の声に我に返った一輝は、手をどけて、居間に干してあった制服を取って。


「なんでもない。」


部屋へと行った。

扉を締めると、床に沈んだ。


「な、何をしようとした?」


桜身の頬を触っていた手を見て、握りしめる。

しばらく、そのままにしていると、扉の前から声が聞こえた。


「一輝?もう、私、仕事に出かけるからね。お弁当、持って行ってよ。」


桜身の声が聞こえて。


「分かっている。」


その一言を出すのが、精一杯だった。

仕事に出かける桜身、いや、母の音を聞いて、ようやく、動き始める。

制服に着替え、必要な教科をカバンに仕舞い、母の基本情報を印刷した紙も入れて、弁当も持って、アパートの扉に鍵を掛け、学校へ向かった。


今日は、夏休み二日前であり、明日は、午前中で終わるのは知っていたが、今日も午前中で終わった。

理由は、昨日の大雨で、グラウンドが使えず、業者を呼んで大がかりに整備をする。

大雨だけではなく、風も強かったから、色々なゴミが散乱していて、危なくないように調査し整備に入る。

学生がいると、きちんと出来ないからだった。


「はー、行くのが怖い。」


一輝は、自転車に乗り、屋敷へと出向く。

裏口に来ると、門番が一輝の顔を見て、微笑み、自転車を預かってくれた。

そして、どこかへと連絡をすると、屋敷の裏口にある扉が開かれた。


「待っていたよ。清水一輝。」

「山倉祠。」


山倉は、屋敷の中へ一輝を入れる。

廊下も赤いジュータンが敷かれていて、あの部屋と同じような高級感があった。

母が仕事となるが、この屋敷が母の仕事場のなのだろう。

きっと、屋敷のどこかの部屋に母はいる。


今、ここで母の名前を呼べば、聞こえるだろうか。


一輝はそう思うが。


「桜身様は、今は、この屋敷にはいらっしゃいませんよ。」


の一言で、一輝は片眉を反応させる。


「何も聞いていないが?」

「いえ、今、桜身様の名前を叫びそうな顔をなさっていたので。」

「あんた、前向いていただろう。見える訳ない。」

「そうでしょうか。」


昨日の部屋へと招かれ、入る。

そこには、見慣れているものがあった。


「なんで、ここに学校で使っている机と椅子があるんだ?」

「一輝は、集中しやすいと思って。」

「お気遣いどうも。」


高級感がある部屋に、場違いの家具。

今一度見るが、本当に違和感がありまくりだ。


「さて、覚えてこられたかな?」

「さあな。」


山倉は、昨日のチェストから、紙を出して、一輝の目の前に出した。

一輝は、自分のカバンから筆箱を出して、シャープペンと消しゴムを用意する。


「制限時間はないよ。出来るだけ埋めてごらん。」

「ないのかよ。」

「ないよ。だけど、あるとすれば、一輝が学校から帰ってくる時間まで位かな。」

「学校の下校時間、四時か。だったら、テストの前に弁当食べていいか?」

「いいですよ。飲み物はありますか?」

「ないな。」

「では、用意する。その弁当だと、ほうじ茶が合いそうですね。」


弁当の箱を開ける前に、山倉は弁当の中身を知っていた。

一輝は、試す。


「弁当の中身、なんだと思う?」

「今日は、白飯の上にたまごのふりかけがあり、おかずはレタス一枚の上にウインナー、その横に甘い卵焼き、それと甘く煮た花柄に型抜かれたニンジンが一つと、ミニトマトが一個、それに、焼き鮭が半分、って所かな?」


一輝は、弁当のふたを開けると、本当にそうだった。


「あんた、怖いな。」

「そんな基本情報、怖くないですよ。」

「これ、基本情報か?」

「基本情報です。」


ほうじ茶を湯呑に入れて一輝が使っている机に置くと、一度、テスト用紙は机から退けた。

すると、山倉も弁当を出した。


「ん、あんたも食べるのか?」

「もちろんですよ。一緒に食べましょう。」


弁当を見ると、気持ち悪かった。


「あんたと、俺の弁当、同じにみえるんだけど。」

「ええ、同じに作ってありますよ。」

「こんな事言いたくないんだけど、気持ち悪いな。」

「誉め言葉として受け取っておきます。」


山倉は、同じく弁当を食べ始めた。

けど、表情が少しだけ変わった。


「やはり、桜身様の様にはいかないですね。」

「え?」

「卵焼き、甘くないな。おかしいな。同じ分量で作っているのに。」


一輝は、少し考え。


「おい。卵焼き、一切れ交換だ。」

「え?」

「ほら。」


弁当箱を差し出すと、一輝の言う通りにした。

桜身の作った卵焼きを食べる山倉は、とても満足していた。


「これ、この味です。この味が出せない。」


一輝が、山倉が作ったと思われる卵焼きを食べると、少しだけ考え。


「山倉さん、卵焼き、どうやって作っている?」

「え?まず、卵を割って、かき混ぜて、桜身様と同じ分量を砂糖と白だしを入れているよ。」

「砂糖だけど、お湯に溶かしてから入れているか?」

「入れていない。」

「砂糖は、お湯に少し溶かしてから入れると、少し甘味が増す。」

「え?」

「母が、そういっていたから、多分、間違っていないと思うが、その時に言ったのが。『お湯って、水よりも少し甘い気がするのよね。だから、砂糖を解かす時はお湯がいいよ。』だったかな。気がするっていっていたから、心理学的な表現かもしれない。」


本来は、そんな事ないのだが、子供を説得させるには十分な言葉使いであった。

それに、親が子供に対して愛情を込めた弁当は、甘いだろう。


山倉は、一輝を見て、目を輝かせていた。

少しだけ、その目が怖かった。


「流石、息子さんだね。いいなぁ、ある意味一番近くで桜身様を感じて。」

「待て、その言い方は。」

「やっぱり、親子の絆って強いなって思ってね。うらやましいよ。」

「は?」

「まあ、この意味は、テストに合格して、色々と基本情報を学んだ後に分かると思うけれどね。」

「全く分からないな。」


弁当を食べつつ、山倉は一言。


「もしかしたら、一輝は、私よりも適任かも。」


その言葉は、一輝は聞いていたが、何がとは言えずに、弁当を食べ終わった。

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