第113話

 カレーを食べ終えるとその片付けを子供達が買って出たので、素直に任せて瑠華は釣りの準備を始めた。


「手際良いわねぇ…」


「やり方さえ分かれば簡単じゃろう?」


「普通は無理よ、それ」


 レンタルした釣り竿にリールを付けて道糸を竿に通し、その先に仕掛けを結んでいく。今回の釣り場は海岸なので、投げ釣りをする予定だ。


「とはいえ難易度が高いじゃろうし、小さい子らには難しいと思うたからの。その子らにはサビキ釣りをしてもらうつもりじゃ」


「ちゃんと考えてるのね」


 サビキ釣りは海岸から伸びる船着場で行えると説明されたので、釣る場所は別れる事になる。


「どちらかをサナに見守って貰いたいのじゃが…」


「了解。じゃあ船着場を見ておくわね」


「頼むのう」


 流石に子供達だけで釣りをさせるのは危険なので、サナにも協力してもらう。瑠華ならば全てを対処こそ出来るが、それは起こってしまった後のことなので、事前に防止出来るのならばそれに超した事はないのである。


 餌に関してはキャンプ場で販売されていたので、そちらを使う。瑠華としては虫でも問題無かったが、奏が拒否したので仕方無くオキアミを購入した。




「釣るぞー!」


「おー!」


「元気じゃのぅ…」


 奏の掛け声で、それぞれが釣り竿を振る。投げ方は瑠華がレクチャーしていたので、全員危なげなく投げ終えた。


「あれ? 瑠華ちゃんしないの?」


「妾がすると何やら起こりそうでな……」


「あー……」


 その言葉に心当たりがありすぎる奏が、微妙な表情を浮かべた。その分かりやすい反応に、瑠華が苦笑を零す。


「そう心配せずとも楽しめば良い。妾が捌き切れない程釣り上げるのを期待しておるぞ」


「まっかせて!」


「ん。頑張る」


 元気に楽しそうに釣りを楽しむ面々を眺め、瑠華が笑みを零す。しかし、実際のところあまり成果は期待していなかったりする。


(それなりに難易度が高いものじゃからの…)


「掛かった!」


「………」


 ―――そういえば、奏はかなりのラッキガールだったなぁと遠い目をする瑠華であった。


「ちょっ、重っ!?」


 合わせるのも上手くいったようでしっかりとした手応えを感じるが、竿から伝わる予想外の重さに驚く。


「手伝うか?」


「助けてぇっ!」


 必死に竿を持っていかれないように踏ん張る奏の背後に回って、そこから手を伸ばして共に竿を支える。その際ビクッと奏の身体が不自然に跳ねたのに疑問を覚えるも、目の前の対処を優先すべくそれを頭の端に追いやった。


(かなりの力じゃな…無理にやると折れそうじゃ)


 耐えることは容易いが、無理に力を掛けると竿が持たない。一先ず奏に対する負担を軽減するように肩代わりして、相手が疲れていくのを待つ事に。


「瑠華ちゃ、ちょ…」


「ん? 疲れたか? 代わっても良いぞ?」


「全然っ!?」


 食い気味に返答され、余程これを釣り上げたいのだなと瑠華は思った。であれば少しばかり本気で補助をするのも吝かでは無い。


 より奏に身体を近付けて力を掛けやすいように体勢を調節し、魔力を流して竿と釣り糸を強化する。

 それまで釣り糸から聞こえていたキリキリとした悲鳴が小さくなり、精神的に安心感と余裕が生まれる。


「もう少しの辛抱じゃぞ」


「ぅ、うん…」


 奏の腕がプルプルと震えるのを見て限界が近いのだと思い、優しく声を掛けて元気付ける。すると更に震えが増したので思わず首を傾げてしまった。


「……瑠華お姉ちゃん、それ逆効果だよ…」


 その様子を見守っていた凪沙が、思わず呆れた声で呟く。しかしそれが集中する瑠華の耳に届く事は無かった。


 数十分に渡る格闘の末、遂に相手に疲れが見え始める。


「奏。少しずつリールを回せるか?」


「う、うん」


 瑠華が竿を支え、カチカチと奏が少しずつリールを巻いていく。次第に獲物が近付いてくるのを感じつつ、汗が滲んだ奏の額を片手で拭いて世話を焼く。


「もう少しじゃ」


「うんっ」


 グイッと竿を持ち上げて下ろすを繰り返しながら着実に釣り糸を巻き取り、最後は瑠華の膂力をフル活用して一気に引き上げた。

 その瞬間大きな水音を立てて獲物が海面から飛び出し、奏達の足元に落下する。

 陸に打ち上がっても未だにビチビチと激しく動くそれに驚きつつ、言いようのない達成感が奏に押し寄せた。


「やったぁぁ!」


「……これ鮪じゃよな? 何故釣れたんじゃ…?」


 対照的に瑠華は打ち上がったその姿から種類を判別し、何故この仕掛けでこんなものが釣れたのかただ疑問符を浮かべるしか無かった。

 しかし奏が喜んでいるのならばそれでいいかと思考を放棄して、一先ず未だに生きの良い鮪を〆ておく。


「よく頑張ったな、奏」


「えへへ…」


 しっかり手を洗ってからポンポンと奏の頭を撫でて労いつつ、どう調理するかを思案する。


「元より今日はバーベキューの予定だったのじゃがな…」


 そのサブにでもなればいいなという考えだったので、メインになる程の大物が釣れた事でその予定が狂ってしまった。

 保存はできるので今日だけで使い切る必要はないのだが、やはりせっかく釣ったのならば今日のうちに堪能したいだろう。


「……寿司でも握るか?」


「あっ、良いね! それこそ手巻き寿司でもいいんじゃない?」


「鮪だけの手巻き寿司というのも中々だと思うのじゃが…まぁそちらの方が楽しかろうな」




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