第112話

 無事受付も終わり、予定していたテントやその他のキャンプ用品を借りて予約したテントサイトへ向かう。


「では手分けして組み立ててしまうかの」


「怪我しないようにね」


 その号令でそれぞれが思い思いのグループを作ってテントを組み立て始める。その間瑠華とサナは組み立て方が分からなかったり、怪我しそうな場合を除いて静観する事に努めた。


「瑠華お姉ちゃーん」


「どうしたのじゃ?」


「持ち上がんないの」


 骨組みを組み立てる事は出来たものの、大型テントのフライシートはそれなりに重量がある。流石に数人掛かりでも覆うのは難しかったようで、そこは瑠華が手伝う事に。


「よっ…と。これで良いな」


「おぉ! テントだー!」


 瑠華が軽々とシートを持ち上げてテントを完成させると、初めてテントの実物を見た子達がキラキラと目を輝かせる。しかしそれとは対照的に、サナは呆れた様子で頭を抱えていた。


「普通は瑠華ちゃんが軽々持ち上げた事に驚くでしょ…」


「瑠華ちゃんなので」


「もうそれで片付けた方が楽なのかしらねぇ……」


 兎も角サナも瑠華と同じ様にテントの組み立てを手伝い、昼前に全てのテントが完成した。後は昼食を作る準備を残すのみだ。材料に関しては瑠華とサナが来る途中で購入済みである。


「サイト全てに竈があるのは便利ね」


「そうじゃな。しかし火の扱いは流石に妾達が行った方が良かろう」


「ええ。じゃあ皆はカレーの材料を切ってくれるかしら。奏ちゃんと紫乃ちゃんはちゃんと見ていてね」


「はいっ!」


 小さい子達の世話は二人に任せ、瑠華達は火を起こす役目を担う。


「瑠華ちゃん火出せる?」


「構わんぞ」


 薪に火を付けるにはそれなりに時間が掛かるが、瑠華の火属性魔法を使えばそれも短縮可能だ。


(流石に溶けはしないじゃろ…うむ)


 しかし最近の事を考えると強い不安が残るので、細心の注意を払って薪へ火を放つ。その後ジワジワと様子を見ながら火力を調節し、竈へのダメージを最小限に抑えつつ何とか無事に火を付ける事が出来た。


(……若干溶けてしもうたな。まぁバレんじゃろ)


「……力を持つのも大変なのね」


「……それなりに、な」


 一先ず火の準備は終了したので、借りてきた鍋を網の上に乗せて切れた材料を入れて炒める。


「瑠華ちゃん。これどうやって使うの?」


 奏がそう言って持ち上げたのは、飯盒だ。普段生活する中では見ることの無い物なので、使い方が分からなくても無理は無かった。


「蓋で米の量を計るのじゃよ。今回は外蓋で良かろう」


 飯盒には中蓋と外蓋があり、それぞれすり切りで二合と三合になっている。それを使って米の量を計り、水を入れて研ぐ。


「この後は?」


「研ぎ終われば、中の目印を目安に水を注いで蓋をして火にかけるのじゃ。本来は三十分程水に浸す方が良いのじゃが…まぁ今回は良かろう」


「瑠華ちゃんならそれ短縮出来ないの?」


「……出来るが今回は無しじゃ」


 魔法の加減がイマイチ怪しいので、出来る限りダンジョンの外で魔法を使いたくはなかった。


 準備を終えた飯盒を火にかけて、カレー作りを再開する。と言ってもある程度炒めたら後は煮込むだけだ。ここにはあまり危険もないので、瑠華が見守る中で【柊】の子達に手伝わせる事にした。


「暑い…」


「熱中症にならんよう気を付けるのじゃぞ」


 夏の暑さと火の熱さが襲い来る竈付近は、数分入れば滝のような汗が流れる程だ。子供達が熱中症にならないよう定期的に水分を取って日陰で涼むよう促しつつ、瑠華は火の番を続ける。


「瑠華ちゃんって暑さに強いよね…」


「この程度ならば問題ない」


「でも対照的に寒いの駄目っていう」


「……どうしても身体が鈍くなってしまうのじゃ」


 気温の変化にはある程度耐性を持ってはいるが、元が龍であるが故に寒さは苦手な瑠華である。……今は鱗の無い人間の姿だからというのも、理由の一つではあるが。


 飯盒からチリチリという音が聞こえた段階で火から下ろし、蒸らしの工程に入る。そしてカレー作りは煮込んだ具材にルーを追加する最終工程に。


「お腹空いたぁ…」


「もう少しの辛抱じゃよ」


 次第にいい匂いが漂い、それに反応して周りからグゥグゥと音が静かに響く。

 あまりの合唱具合に瑠華が苦笑しつつ、先にご飯を装っておくように告げる。


「よし。出来たのじゃ」


「ちゃんと全員分あるんだから、焦らず並んでね」


 待ってましたと言わんばかりに子供達が殺到して、瑠華とサナが給仕を担当する。普段ならば瑠華を待つ子供達だが、流石に耐えかねたのだろう。それぞれが席に座るなり直ぐにカレーを口に運んで食事を始めた。


「美味しい!」


「いつもと違う…?」


「使っておるルーは違うものじゃな」


 そもそも瑠華が【柊】でカレーを作る時には市販のルーを使わないので、子供達がすぐに味の違いに気付いたのは当然と言える。


「こうして皆で外で食べるって新鮮だね」


「キャンプの醍醐味じゃな」


「それに全員女の子っていうのも結構凄い光景よね…」


 瑠華達からすればそれが当たり前だったので気にした事は無かったが、用意したテーブルで食事をする子供達が全員女の子というのも、実際中々に見ない光景だ。


「将来この子達は何をするのかしらねぇ」


「自由に伸び伸びと生きてくれれば、それで良い」


「そうね……私としては、皆大人になってもそのまま【柊】に住んでそうな気がするのが心配だけど」


「………」


 それを否定する言葉を、瑠華は持ち得ていなかった。





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