第111話

 瑠華による奏缶詰事件の翌日。まだ陽も昇らぬ早朝から【柊】では出掛ける準備が進んでいた。

 準備と言っても用意するものは着替えや日用品といった、一般的な旅行とあまり変わりないが。


「釣りして、それを晩御飯にするの?」


「その予定じゃよ。昼餉は何処かで買うことも考えてはおるが…どうせならばキャンプらしいものが良いのぅ」


「あっ、だったらカレーはどう? 焚き火を使ってご飯を炊くのやってみたい!」


「ふむ…まぁそれもありじゃの」


 必要な調理器具などはレンタル出来る事は確認済みなので、後は材料さえ用意すればそれも何とかなりそうではある。


「ところで荷物は今回どうするの? 前は送って貰ったけど…」


 ふと思い出したように奏が首を傾げる。前回の旅行の際は事前に荷物を郵送してもらう事で楽をしたが、今回は立地の関係もありそのような対応をする事は難しいと事前に瑠華から聞いていた。


「妾達には便利な物があるじゃろ?」


「便利な物…」


 その言葉だけでは思い至らなかった事が分かった瑠華が、ポンポンと自らの腰を叩く。その動作を奏が視線で追い、そしてポンと手を叩いた。


「ウエストポーチ! でもあれそんなに容量あるの?」


「妾が調べた限りでは、そこそこ大きなものじゃったからの。問題ない」


 雫―――【八車重工業】からの提供品の一つである、次元収納機能が付いたウエストポーチ。それは無限では無いものの、見た目を遥かに超える容量を持つものだ。


(この世界のトラック程度の容量があるようじゃしの。有難いものを提供してもらったのじゃ)


 自前でそれを遥かに上回る…というか本当の意味で無限の収納を扱える瑠華ではあるものの、それを気軽に使うのは流石に自重すべきだと思っている。だからこそ、こうした人間の常識に落とし込まれた道具は有難いのだ。


 全員分の荷物を確認しながら、お互いのウエストポーチへと収納していく。片方だけでも容量的には問題無いが、奏曰く何となく分担した方が“それっぽい”らしい。


 無事に全員分の荷物を確認し、【柊】の戸締りも確認すると、いよいよキャンプ場へと向かう。普段ならば何処かに出掛ける時は電車とバスを使うが、今回はキャンプ場という事もあり交通の便はそこまで良くない。なので今回はとある助っ人を頼んでいた。


「―――付き合ってもらってすまんのぅ、サナ」


「いいのよ。私キャンプ好きだし、流石に子供達だけっていうのは無視出来なかったし」


 初めてコラボをしてからというもの、ちょくちょくサナとは交流を深めていた。その際キャンプに行く事を話すと、自分が送り迎えをしようかと名乗り出てくれたのだ。


「取れるものは取っておこうと思っていて正解だったわね」


 今回のキャンプ行きに際して、かなりの定員数を持つ大型車両をレンタルする必要があった。その為には中型か大型免許が必要なのだが……サナは取れるものは取る主義なので両方持っていたのだ。それも送迎を買って出た要因の一つである。


「荷物は…あぁ、ポーチの中ね。それじゃ、皆乗って頂戴。ちゃんとシートベルトも締めてね」


「はーい!」


 今では気前のいいお姉さんとして【柊】の子達からは親しまれているので、サナの言う事もちゃんと聞いてくれる。

 全員が用意した車に乗り込み、紫乃がシートベルトを確認してから、サナが車のアクセルを踏んだ。


「では頼むのう」


「任せて。ちゃんと安全運転するからね」


 後ろには多くの子供達が乗っている。万が一にもその子達を怪我させるような事になってはならない。


「まぁもし事故を起こしたとしても、大破せぬようには出来るがな」


「それ相手の車が居た時悲惨になるやつでは……?」



 ◆ ◆ ◆



 瑠華が今回予約したのは、車で二時間程離れた場所にあるキャンプ場だ。シャワールームやトイレといった設備も新しく、特に防犯カメラ等もしっかりと設置されているのが決め手だった。


「着いたー!」


 漸くお目当てのキャンプ場に到着し、ググッと奏が身体を伸ばす。

 到着するまでそれなりの時間を要したが、朝早く出掛けた事もあって子供達は道中寝ていたので体感としてはあっという間だっただろう。


「奏、紫乃。妾は受付をしてくるでな。皆を連れて予約した場所まで向かっておいてくれんか?」


「分かった。確か…八番と九番だっけ?」


「それで合っておるよ」


 かなりの大人数という事もあり、隣り合うサイトを二つ予約していた。長期休暇の終わり際であると言う事もあって、比較的空いていたのは僥倖だった。


「サナは共に来て貰えるかの?」


「形だけの保護者って事ね。大丈夫よ」


「察してもらえるとは有難いのじゃ」


 予約自体はWebなので瑠華でも問題無いのだが、流石に対面しての受付は難しいものがある。なので保護者役としてサナが来てくれると楽だったのだ。……因みにサナが居なかった場合は〖認識阻害〗で誤魔化す予定だった。


「……そうして誤魔化すの、多用してたら絶対後で問題になるわよ」


「……肝に銘じておこう」


 サナの言葉は瑠華としても心当たりがある。なので一概に無視出来るものでは無かった。


(そこまで重大な問題にはならんじゃろうが…まぁ心配しておくに越したことはないしのぅ)








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