第99話

 無事に見事なまでの瑠華の圧勝で終わった次の日。瑠華と奏は朝から【柊】の門である人物を待っていた。


「んー? あれかな?」


「どれ…うむ。そうじゃろうな」


 奏が指差した先に居たのは、スマホ片手にウロウロと彷徨う人影が。

 恐らくは瑠華が送っておいた住所だけを頼りに進んでいるのだろう。キョロキョロと視線を彷徨わせながら進むその姿は、見る人が見れば不審者にしか見えない。


「――――サナさーん!」


 そんな人影に向かって、奏が大きく手を振る。それで漸く〖認識阻害〗の範疇から逃れた彼女―――サナが笑顔を浮かべて駆け寄って来た。


「久しぶりね。中々見つからなくてちょっと焦っちゃった」


「久しぶりです! 見付からなかったのは瑠華ちゃんのせいなので…」


「事細かに設定するには直接会わねばならんかったからの。すまぬ」


 瑠華が【柊】に施している〖認識阻害〗は、基本的に瑠華が設定した存在以外に無条件で影響を与えるものだ。そしてその設定は遠隔では行えない為、最初は住所を送って自力で来てもらう必要があった。


「相変わらず狡いスキルよねそれ…」


「まぁ否定はせぬ。兎も角中へ案内するのじゃ」


 瑠華達の先導でサナが【柊】の中へと足を踏み入れる。まず最初に目に付いたのは、庭に設置された巨大な遊具。


「これがあの時の遊具ね」


「そうですよ。今後視聴者さんを招いての大会なんかを計画はしてるんですけど…」


「難しい問題ね。奏ちゃん達のチャンネルは見たところ民度は良いけれど、全員がそうとは必ずしも言えないし」


「ですよねぇ…」


「まぁ厳しく書類選考するか、メンバーシップを活用するかが一般的な対応かしらね」


 その言葉を聞いて、奏が手早くメモを取る。今回サナを【柊】に呼んだのは、配信者の先輩として色々と教えて貰う為でもあった。


「景品は瑠華ちゃんの料理って言ってたっけ?」


「そうですね。食べてみたいって人が多かったので」


「うーん、そっかぁ…」


 少し頭を悩ませるような仕草をするサナに、奏が不安げな表情を浮かべた。


「駄目ですか…?」


「いや発想自体は凄くいいものなのよ? ただ食品類は結構扱いが難しいっていうか…」


「あー…食中毒とか?」


「ええそうね。もし提供した料理で何かあった時、責任を取るのが大変っていうのはあるわね」


「うーん…でも本当に何かあってとしても、ねぇ…?」


 ふと奏がそこで言葉を切ってある場所へと目線を向ける。その視線をサナが追い掛けると、そこにはキョトンとした表情を浮かべる瑠華の姿が。


「……そうね。心配するだけ無駄かしら」


「でも予めそういう事がある事も知っておくのは重要ですから。ありがとうございます」


「……何やら妾だけ蚊帳の外な気がするのじゃが?」


「瑠華ちゃん配信に関わる事殆ど無いから…」


 それはそうだと分かってはいるが、やはり少し寂しく思ってしまう。


(しかしのぅ…配信は奏に任せた方が良い気がするのじゃよなぁ…)


 こういった瑠華の予感は外れた事が無いので、恐らくそれは正しいのだろう。

 まぁ兎に角奏が楽しいのであればそれで良いかと思考を切り替え、何時までも外にいる訳にもいかないので中へと案内する。


「紫乃。茶を用意してくれるかの?」


「かしこまりました。三つでよろしいですか?」


「うむ、頼むのぅ」


 紫乃に準備を任せ、サナをダイニングテーブルへと誘う。サナとしてはこういった施設に来たのは初めての事なので、興味深そうにキョロキョロと辺りを見回していた。


「なんというか…普通の大きい家みたいね?」


「元々そういうコンセプトで作られたらしいですから。あとは瑠華ちゃんが色々弄りました」


「弄ったといっても、少しばかり使い勝手を良くしただけじゃがな」


「それで壁ぶち抜くのは少しなのかなぁ…」


「……え?」


 実は【柊】の一階には応接室や居間、台所といった具合にそれぞれ部屋が存在していたのだが、瑠華はその全ての壁を取っ払ってしまっていた。なので一階は奥の洗面所などを除くと、完全なワンフロアとなっている。


「それ構造大丈夫なの…?」


「妾がその程度のミスを犯すと思うか?」


「ア、ハイ」


 ―――まぁ実際は一回それで天井を落っことしているのだが……完全に修復して強化しているので言わなきゃバレないバレない。


「お待たせしました。よろしければこちらもお召し上がりください」


 紫乃がコトリと三人の前に茶と茶請けを並べ、一礼して後ろへ下がる。その動きは淀みなく、大分こちらに慣れてきたようである。


「あの子が紫乃ちゃん…日本人っぽくは無いわね?」


「でも顔立ちは日本人に近いですよ」


「色々と血が混ざっているのかしら…いけない、これ以上詮索するのは失礼ね」


 コホンと咳払いを一つして、話の流れを切り替える。


「じゃあ今回私を呼んだ理由である、視聴者参加型企画とコラボ企画の話を詰めましょうか」


「ですね。といってもさっき話した事が大体な気はしますけど…」


 その言葉を否定する事も出来ず苦笑を零したところで、パタパタと階段を降りてくる音が。そのままひょっこりと瑠華達の元へ顔を見せたのは、凪沙だった。


「ん。お客さん?」


「そうじゃよ。昨日の夜話したと思うのじゃが…」


「聞いてなかった」


 昨日の夜瑠華は皆に明日客が来るので、呼ぶまで部屋で勉強しておくように言っていた。しかし、どうやら凪沙は良く聞いていなかったようだ。


「……まぁ良い。凪沙も無関係では無い故、こちらに来るのじゃ」


「ん」


 瑠華からの許可を貰い、少し表情を綻ばせながら凪沙が瑠華の隣の席へと腰掛ける。


「じゃあ改めて自己紹介しましょうか。私はサナ。ダンジョン配信者として活動しているわ」


「サナさん…前瑠華お姉ちゃんの配信出てた?」


「ええそうよ。…あぁそうだ。その事で思い出したわ」


 ふとサナがそう言って自身の手荷物からある物を取り出し、瑠華の前へと差し出した。


「これは妾が修理した魔銃じゃな? 何か問題があったかの?」


 それは以前、瑠華がダンジョン内で修理した魔銃だった。もしや何かその後問題が起きたのかと首を傾げる。


「問題は無い…のが問題というか…私この銃の整備は、普段知り合いに頼んでいるの。でもその知り合いから『これは無理!』って匙を投げられちゃって…」


「……瑠華ちゃん?」


「そう難解な事はしておらん筈じゃが…分かった。元に戻せば良いのじゃな?」


「お願い。改良してくれた事は嬉しいんだけど、整備出来なかったら本末転倒だから…」


 その言葉を聞いて、施しを与えすぎるのも考えものだとしみじみ思う瑠華なのだった。













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