第98話
スパンッと小気味好い音がコートに響き、一つ遅れて審判からのゲームセットのコールが告げられる。それとほぼ同時に、汗だくになった可歩がコートに倒れ込んだ。
「勝ったあ!」
「お疲れ様じゃの」
その様子に苦笑しながら瑠華が近付いて、手にしたタオルで可歩を労う。最初に行われていたトーナメント戦は、決勝戦にてデュースを繰り返すという白熱したものになっていた。可歩が汗だくになるのも無理は無い。
「ありがとー…」
「これは中々お疲れのようじゃな?」
「もう足パンパンだよぉ…」
だが今日の試合はこれで終わりにはならないので、疲れていたとしても帰ることは出来ない。
「しかし昼前に終わるとは思わんかったのじゃ」
「あー、まぁ全員参加のトーナメント戦じゃないからねぇ…」
今回の大会は全体の順位を決める事よりも試合の数を熟す事を重視しているので、別コートにて別のトーナメント戦が行われている。なのでこれまでの試合数自体は四回程度だ。
倒れた可歩を引き起こして身体に付いた砂を払い、対戦相手と握手大会の
それを聞いて可歩が思わず顔を赤らめると、瑠華がクスクスと笑った。
「そろそろ昼餉を食べるかの?」
「……うん」
今回大会が行われている運動公園には食事を摂る為のテーブルも屋外に設置されているので、そちらで用意してきたお弁当を広げる事に。
「おぉ…豪華…」
「折角じゃし、他の者も共に食べるかと思うてな」
「あ、じゃあ呼んでくるね」
瑠華が用意してきたお弁当はいつも通りの重箱スタイルであり、その量は元々他の部活のメンバーも共につつくだろうと予想して用意した物だ。
流石にお弁当を持って来ていない人は居ないので遠慮無くとはいかないだろうが、例え余ったとしても瑠華が食べるので問題は無い。
「瑠華先輩のお弁当食べていいんですか!?」
「構わんよ。その為に用意したようなものじゃからの」
――――まぁ瑠華が作ったお弁当を食べられるという貴重な機会を逃すような人は居らず、余る事は無さそうだが。
「美味いかえ?」
「うん、美味しい。いつもありがと」
「好きでやっている事じゃからの。気にするでない」
心底美味しそうに卵焼きを頬張る可歩を眺め、瑠華が顔を綻ばせる。自分が作ったものを嬉しそうに食べる人の様子を見るのは、やはり良いものだ。
「ん゛ッ…」
「……何やら苦しげな声が聞こえたが、大丈夫かの?」
「大丈夫です! ちょっと限界化しただけなので!」
因みにソフトテニス部のメンバーの殆どが瑠華のファンである。なので至近距離で推しの緩い笑顔を直視した結果、何人かが口と鼻を押さえて下を向いていた。人生満喫しているようで何よりである。
「……まぁ何事も無いのであれば良いが。ところで可歩よ、妾はこの後どうすれば良いのじゃ?」
「えっと、この後は……」
「勝ち残り戦じゃない?」
「あぁそれそれ。それで瑠華お姉ちゃんに相談なんだけど…シングルでも出来る?」
「出来るか出来ないかで言えば出来るが…シングルは無いはずじゃろう?」
「一般的に部活で行うのはダブルスになるけど、一応ルールとしてシングルが無い訳じゃないからね」
「成程のぅ…それで勝ち残りというのはつまり、勝った方が残り続けるというあれじゃな?」
「うん。次の試合開始までのお遊びって感じだから、気楽にやっていいよ」
「相分かった」
元々気負う事も無い瑠華ではあるが、取り敢えず頷いておく。
「瑠華先輩に誰も勝てる気がしないんだけど」
「無論手加減はするぞ?」
「それが前提意識としてあるのがそもそもおかしいと思いますぅ…」
ご最もである。まぁ当の本人は首を傾げているし、それを見て周りは限界化しているのでその話は結局有耶無耶になったのだが。
瑠華が用意したお弁当は綺麗に皆のお腹に収まり、数分の休憩を挟んでから次の試合―――勝ち残り戦が始まった。
「瑠華お姉ちゃん。くれぐれも程々でよろしくね?」
「わざと負けなければ良いのじゃろう?」
「……うん、それでいいよもう」
可歩は諦めた。仕様が無いね、瑠華ちゃんだもの。
試合は一ゲームだけ。サーバーは挑戦者側というルールでいよいよ勝ち残り戦が始まった。参加者は他の試合にエントリーしていない暇な人達である。
「リベンジ!」
「おや、其方は…」
そんな暇潰し兼用のゲームの最初の挑戦者は、瑠華達と初戦で当たった子であった。瑠華としても可歩と親しげに話していた事で、印象に残っている。
ファーストサーブが瑠華側のコートに鋭く打ち込まれ、それを難無く相手の逆サイドへと送り返す。
「相変わらず嫌な位置!」
「と言いつつしっかり打ち返すのじゃな」
これは雫と同類かもしれないなと思考の片隅で予想しつつ、ラケットとボール、そしてコートに損傷を与えない程度に加減してラリーを繰り返す。
因みに元々大雑把な手加減しかした事が無かった瑠華にとって、ここまで繊細に何度も手加減をするのは初めての試みだったりする。
――――――なので。
「あっ…」
バチンッという大きな音が鳴り響き、瑠華のラケットのガットが切れた事を虚しく告げた。
柔らかいボールを使うソフトテニスにおいて試合中にガットが切れる事は凄く珍しいので、それだけ瑠華の膂力が桁違いである事を物語る。
「やってしもうたのぅ…」
「瑠華お姉ちゃん。これ使って」
そこへ透かさず可歩が予備のラケットを差し出した。瑠華としては有難いが、それでは可歩の分が無くなってしまうのでは無いかと首を傾げる。
「良いのか?」
「元々こうなる気がしてたから、大丈夫。あと一応三本あるよ」
「……すまんのぅ」
頼りになる妹だと思いながらラケットを受け取り、試合を再開する。
(手加減を学ぶ良い機会じゃと思うたが…中々難しいものじゃの)
そんなことを考えながら、瑠華は容赦無くコート端にボールを叩き込むのだった。……もう何も言うまい。
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