第97話 閑話 レギノルカ③

 ブックマーク1500件突破記念の閑話です( *ノ_ _)ノノ╮*_ _)╮アリガタヤー


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 レギノルカの仕事は世界を調整し、その行く末を見守る事である。しかし、それは常に静観しているという訳でも無い。


『……嫌な進みをしているのぅ』


 人間の文明が発展する事は、レギノルカとしても望む事。しかし、その発展する方向が好ましくない方へ傾き出したとすれば、それは少し釘を刺さねばならない。


『……妾を呪い殺すか。誠人間の考える事は思いもよらぬものばかりじゃな』


 レギノルカが観測した国。そこで行われていた研究は、この世界にとって害にしかならないと判断した。なればレギノルカがする事はただ一つ。



『さて人の子らよ。試練の時じゃ』


 地響きを立てて、レギノルカが大地に降り立つ。その眼下に聳えるは、レギノルカからしても巨大な街。

 普段街から離れた所で過ごすレギノルカがここまで近付くのは極めて珍しい事であり、上から下まで大騒ぎとなる。


『妾を退かせてみせよ』


 そう一方的に告げると、街からレギノルカにとっての目と鼻の先に座り込む。山そのものがいきなりその場に現れた事で、街は大きな影に覆われた。


 退かせる。その言葉を成さねば何が起こるのか。自らの行いの業を理解しているからこそ、その結果はいとも簡単に予想出来る。


 知恵ある者は国を離れ、勇気ある者は国の名の元に集う。非常事態であるが故に反撃体勢が整うまでは実に数日を要したが、その間レギノルカは一切の行動を起こしていない。


『どれだけ抗う事が出来るかの?』


 そして反撃の準備が整った事を確認した瞬間。巨大な山が動き出す。

 小手調べとばかりに翼一対だけを動かし、軽く風を巻き起こす。しかしそれはレギノルカにとっての軽くであり、人間にとっては何もかもを吹き飛ばす程の暴風である。

 防衛陣地はそれだけで壊滅し、王都の建物の殆どが倒壊した。


 圧倒的な迄の力の差。それをむざむざと見せ付けられ、集った者たちの戦意が急速に消滅する。


 ――――――――しかし。


『逃がす訳がなかろう』


 敵前逃亡を図ろうとした者達が、途端にその動きを止める。拘束された訳では無い。足を止めざるを得なかったのだ。


「何だよこれ…」


 手を伸ばせば触れられる、不可視の壁。その正体は、レギノルカがこの国全体を覆うように展開した結界だ。レギノルカが沙汰を下す必要が有ると判断した人間だけが、この結界に囚われていた。


『死ぬまで抗え。其方等の償いを果たせ』


 普段の温厚な様子とは異なる、明らかな怒気と敵意を滲ませレギノルカが唸る。この世界を愛する者として、預かる者として、愚行は赦す事など出来はしない。


 覚悟を決めたのか、それとも諦めたのか。人間が漸くレギノルカに対して直接的な攻撃を開始する。

 魔法で、弓で、剣で、兵器で、レギノルカに対抗する。その中には、レギノルカを殺す為に造られた兵器の姿もあった。


 数多の生物を贄として、その怨嗟を取り込んだ槍型の呪物。触れるだけで死に至る程のそれを撃ち出す投射機が、レギノルカの正面に設置される。魔法による攻撃は全て、これを準備する為の目眩しに過ぎなかった。


「撃てッ!!」


 号令と共に槍が轟音を立てて射出される。一抹の望みを掛けて放たれた槍は、寸分の狂い無くレギノルカの胸元へと飛翔し――――バキンという音を虚しく響かせて砕け散った。


『この程度で妾を害せると思うておったとは…呆れて物も言えん』


 目的であった呪物の効力調査は完了した。それが取るに足らないものであったとしても、これを後世に残しておく訳にはいかない。


『……潮時じゃ』


 あらゆる攻撃は、レギノルカの鱗に傷一つ付ける事すら叶わない。これ以上、“遊び”を続ける理由は無いと。

 三日間不動であったレギノルカが、遂にその巨体を起こす。その際レギノルカの足元で攻撃を繰り返していた集団は、呆気なく纏めて踏み潰された。


『のう其方等。最後に良い物を見せてやろうぞ』


 このまま身体を前に進めても国を壊滅させる事が出来るが、それでは死ぬ側も浮かばれぬ。そう思ったレギノルカが、その巨体に相応しい長大な二対の翼を広げる。

 残った者達はまた暴風が来るのかと身構えたが、広がった翼はそのまま動く様子がない。


『…裁定をここに』


 言葉が紡がれ、翼に金色こんじきの光が宿る。


『…誠、嫌な役目じゃ』


 静かに翼が動き、その光を纏った風がそよ風のように人々の間をすり抜ける。

 過ぎ去った風は全てを包み、全てを“無”へと帰する。


 静かに、痛みを感じる間もなく。その国はある日突然、何の痕跡すら残さず消滅し、歴史の中に消えた。


『………』


 〈お疲れ様、ルカ〉


『……母君。見ておったのか』


 〈我が子の活躍はちゃんと見ないとね〉


『活躍、か…これは活躍と呼べるものかの』


 レギノルカが、何も無くなった大地を見て自嘲する。全てをねじ伏せ、壊滅させる事の何が活躍か。


『それが妾の役目である事は理解しておる。それに不満も無い。じゃが……やはり、愛しい子らを自ら手に掛けるのは…苦しいものじゃの』


 人を掌で潰した感覚は、なおもこびり付いている。鈍感では無いからこそ、繊細に理解出来てしまう。


 〈……代わってもらう?〉


『いや、それはただ役目を押し付けるだけでしかない。“姉”として、それは許せぬ』


 最も最初の子供であるレギノルカは、その立場に誇りと責任を持っている。妹達に役目を押し付け自分だけ逃げるなど、許されていいはずが無い。


『案ずるな母君。ここまで気持ちを吐露しておいて何じゃが、妾は大丈夫じゃ』


 〈……そう。でも何かあれば言いなさい? 貴方の母として、出来る限りの事はするからね?〉


『うむ。分かったのじゃ』


 そこで母との繋がりが切れたのを確認し、レギノルカが地に伏せる。


『……メルに会いたいのぅ』


 始祖龍である自分に、何の戸惑いもなく近付き寄り添ってくれた存在に想いを馳せる。それに対して、自分はここまで心が弱かったのかと思わず内心苦笑してしまった。


『……さて、行くかの。仕事はまだまだ山積みじゃ』


 地上への被害を考え、翼ではなく魔法で身体を浮かせて空へと登る。立ち止まっていられるほど、暇では無いのだ。










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