第81話 奏視点

 朝起きればベッドには私だけ。まぁ昨日は、というか最近は瑠華ちゃんと寝てないから当たり前ではあるんだけど……


「はぁぁ……」


 柄にも無く深い溜息が出る。いや茜を妬むとか恨むとかそういう感情は無いし、姉としてそんな事を思うのは絶対に駄目だと思っている。けどそれでもやっぱり溜息くらいは出てしまう。


「瑠華ちゃん…」


 思わず居ない人を呼ぶ声が出る。それはまるで恋焦がれる乙女みたいな感じで…うん、間違ってないな。

 ……分かってる。瑠華ちゃんは十分過ぎる程に魅力的な人だし、狙う人は思いの外多いって事は。

 でもそれでも茜は違うと思っていた。だってかなり歳が離れてるし、実際茜と歳の近い子達は瑠華ちゃんを姉として慕っているからね。

 だけど昨日瑠華ちゃんに今日一日が欲しいと言った時の熱の篭った眼差しは……明らかに恋慕の眼差しだった。


「うぅ……じゃあ今までの私に対するあれこれも凪沙の入れ知恵じゃなかったのかぁ……」


 茜って普段から結構私に嫉妬心剥き出しだったし、それ自体は姉を取られた事に対するものだと思ってたけど、まさかの違ったかぁ……。


「思わぬ所でライバル出現だよぉ…」


 ボフンと枕に顔を埋めて呟く。ただでさえ最近になって凪沙も瑠華ちゃんにアピールを始めたのに、これ以上増えるのは流石に困る。

 瑠華ちゃんが鈍感なのだけが今は救い…救いかなぁ? というか瑠華ちゃんって鈍感なの?


「どうなんだろ…」


 スマホに保存した瑠華ちゃんとのツーショットを見ながら考える。ほんと顔良いな……って違う違う。


「瑠華ちゃん頭良いし察する力も高いから…っていうかそもそも思考読めるんだっけ?」


 なにそれチートじゃんとか思うけど、その感情も今更ではある。昔から何でも出来たしねぇ。


「……昔、か」


 思い出すのは、この施設に来た時の話。


 私の両親は探索者として生計を立てていたそうだけれど、どうやらトレインに巻き込まれて無くなったらしい。

 それで他に親族も居なくて天涯孤独になった私がここに預けられたのは、ある意味必然だった。


「ここに来るのは、瑠華ちゃんの方が早かったんだよね」


 瑠華ちゃんは赤子であった時にここに預けられたそうで、結構可愛がられていたのを覚えている。まぁでも昔から落ち着いていて大人びてた子だったから、寧ろ周りに世話を焼いている事の方が多かった印象があるね。


 最初瑠華ちゃんに会った時は、不思議な子だなって思った。なんというか……作り物じみている感じがして。お人形さんみたいだったと言った方が分かりやすいかな。

 表情が変わらない訳じゃないんだけど、そこに感情の色は無かった。まるで子供を“演じている”様な感じで……正直気持ち悪いと思った。


 それでも昔の私も強くて、繰り返し瑠華ちゃんに話し掛けて仲良くなろうとした。その結果気が付けば、瑠華ちゃんの表情には感情が見え隠れし始めた。

 ……今思えば、それも演技だったのかもしれない。あの瑠華ちゃんが、ただの子供のままごとを楽しいだなんて絶対思わないだろうし。


「……今は、そうじゃないって確実に言えるけど」


 今の瑠華ちゃんは昔に比べてよく笑うようになったし、表情もコロコロ変わるようになった。

 子供っていうのは人の表情をよく見るから、そんな子供達が懐いている瑠華ちゃんの表情は確かに本物だろう。


「私が瑠華ちゃんに惹かれるようになったのは、どの段階なんだろ……」


 改めて考える。昔から確かに瑠華ちゃんの事は好きだったけど、それは親愛とかの類いだ。明らかに恋愛的な好きになったのは……多分小学校で瑠華ちゃんがラブレターを貰った時かな。


 瑠華ちゃんは口調が独特だけれど、容姿のせいか昔からすっごくモテてはいた。でもそれはやっぱり男の子からで……正直瑠華ちゃんも辟易していたように見えた。

 瑠華ちゃんの靴箱には毎日のようにラブレターが入っていて、それを全部読んでわざわざ断っていた瑠華ちゃんはほんとに凄いと思う。

 そしてそんなラブレターは基本シンプルな封筒ばかりだったのだけれど、ある時入っていたのは花が散りばめられた何時もとは違う可愛い封筒で。

 ……つまりは、女の子からのラブレターだった。


「あの時、なんか分かんないけど苦しくなったんだよね」


 男の子からいくら言い寄られても大変そうだなぁくらいにしか感じなくて…でも女の子に言い寄られる瑠華ちゃんを想像したら凄く苦しくて。

 結果として瑠華ちゃんはそのお誘いも断ったけれど、それがきっかけとなったのか瑠華ちゃんには虐めも増えた。


「でも尽く失敗してたのはちょっと笑っちゃったな」


 在り来りな教科書を隠すとかはまず瑠華ちゃんに対して意味無いし、机を汚してもぱっぱと綺麗にしちゃうし。

 ……まぁそれが原因で“化け物”とか言われるようになったんだけど。

 あの時の子供達からすれば虐めを意に介さない瑠華ちゃんは未知の存在でしかなくて、それは最終的に恐怖と結び付いたんだよね。


「あの時、自分の感情を自覚したんだよね……」


 瑠華ちゃんの悪口を聞く度にイライラして、喧嘩になった事もあった。そしてそんな騒ぎを起こしたのは私だけではなくて……今では瑠華ちゃんファンクラブに所属している人達が事を起こしていたんだ。

 そのファンクラブの人と話をして、自分は瑠華ちゃんが恋愛的に好きなんだと自覚した。


「そっからは、大変だったなぁ…」


 自覚した瞬間瑠華ちゃんに自分が今まで何をしていたのかを思い出して、結構悶絶したのを覚えてる。遠慮無く抱き着いたり間接キスしたりしてたからね……お風呂に一緒に入らなくなったのもこの頃からだ。……添い寝だけは、欲に抗えなかったけど。


「添い寝…そういえば最近瑠華ちゃん誰とも寝てないな」


 添い寝がローテーションになってから暫く経つけど、最近は瑠華ちゃんが一人で寝る事が多くなった。


「何かあったのかな…」


 普通は気分が乗らないからとか考えられるけど、瑠華ちゃんが【柊】の子達が喜ぶ事を突然しなくなるのは、流石に違和感がある。


「んー……帰って来たら、聞いてみようかな」


 話しにくい事かも知れないし、私の部屋に呼んで話せばいいかな。私に対してなら話してくれる…よね? あれ、心配になってきた……話してくれたら嬉しいな……。



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