第80話

 どんちゃん騒ぎした次の日。朝早くから瑠華の姿は最寄り駅前の広場にあった。その理由は昨日茜が獲得した一日独占権によって、今日一日を茜にあげる事になったからである。


 本来同じところに住んでいるのだから、態々待ち合わせを外で行う必要は無い。しかし今回は茜の強い希望によって、外で待ち合わせを行う事になった。所謂憧れのシチュエーションというやつだ。

 ……まぁ瑠華は一々非効率だなくらいにしか思っていないのだが。


「るー姉お待たせっ」


「む…いや、そこまで待っておらんよ」


 なので茜がお約束の言葉を言ったとしても、微妙に違う返答になってしまう。その事に対して少し不満はあれど、予想していなかった訳では無いのですぐに気持ちを切替える。


「るー姉なんかいつもの服装じゃないね?」


「偶にはこの様な装いも良いかと思うてな」


 瑠華は普段楽だからと一着で済むワンピースを着ることが多いが、何も他の服を持っていないという事では無い。といってもそこまで凝ったものでは無く、白地に淡い青で華の刺繍が施されたTシャツにシンプルなデニムパンツといった具合だが。


(るー姉かっこいい…)


 そんな普段とは異なる瑠華の風貌に、茜は思わず頬を赤くした。可愛いというより綺麗という印象が元から強い瑠華は、スタイリッシュな装いが良く似合っていた。


「さて。こうして望む通り待ち合わせた訳じゃが、何処か行きたい所があるのかえ?」


「…あっ、うん!」


 見惚れていた為に少し返答が遅れてしまったが、瑠華がそれを指摘する事は無かった。


「えっとね、ここなんだけど…」


 茜がスマホを取り出して目的の画面を表示すると、それを瑠華の方へと向ける。その画面に映っていたのは、とあるカフェのホームページだ。


「ここから二駅離れたところのカフェじゃな。成程、それで駅前で待ち合わせをしたのか」


「そうなの。折角だし普段行かない所が良いかなって」


 瑠華と二人っきりというこの貴重な機会を、ただ普段通り過ごすのは流石に勿体なさすぎる。それならば少し金銭は掛かるが、遠出して遊びに行くのがベストだろう。

 そして元々瑠華と出掛ける事を常日頃から思い描いていたので、幸いにも候補は直ぐに出た。


「そうじゃのぅ…であれば今日の出費は妾が出そうかの」


「えっ、そんなの悪いよ!」


「茜よりも妾の方が懐には余裕があるのじゃ。それに下の者に身銭を切らせるのは流石にのぅ?」


「うぅ…」


 本当は全て茜が払いたかったが、瑠華の言うことも頷ける。それにここでその提案を受け入れた場合、金銭的に諦めていた場所にも足を運ぶ事が出来そうだ。

 少しの自問自答を繰り返し、結局茜は瑠華の提案を受け入れる事にした。


「……るー姉が払ってくれるなら、追加で行きたい所があるの」


「ふむ。別にそれに関しては構わんが、そろそろ最初の目的地に向かうとするかの。時間は有限なのじゃし、詳しい話はその道中かカフェで聞かせてくれんかえ?」


「分かった!」


 瑠華が自然と差し出した手を満面の笑みで取りつつ、目的の電車に乗る為に駅構内へと入って行く。その際目立つ容姿をしている瑠華が、あまり人の注目を集めていない事に茜が疑問を持った。


「るー姉いつもと違ってあんまり目立って無いね?」


「ん? あぁ…今回ばかりは邪魔が入らぬよう〖認識阻害〗を強めておるからの。今日一日人の目を引く事はあるまい」


「…成程」


 瑠華本人は誰かに好奇の眼差しを向けられる事に関しては慣れているので気にもしないが、共に居る茜は違う。なので今日は茜の負担にならぬよう、〖認識阻害〗を普段よりも強めて注目を集めないようにしていたのだ。


 仲良く切符を買って改札を通り、電車に乗って揺られること暫く。目的地付近の駅で降りた後は歩いてカフェへと向かうと、お昼前に到着することが出来た。


「ここじゃな?」


「う、うん」


 お目当てのカフェに着いたというのに、茜は何処か緊張した様子だ。


「どうしたのじゃ?」


「その…予想よりも結構お洒落で気後れしちゃって」


 辿り着いたカフェはアンティーク調の所謂レトロカフェと呼ばれるもので、確かに初めての来店は緊張するかもしれない。

 ――――しかしそう思っていたのは茜だけで。


「二人なのじゃが空いておるかの?」


「るー姉!?」


 瑠華が一切戸惑うこと無く扉を開くと、チリンという音と共にスラスラと人数を告げて空きを尋ねる。その勢いの良さに茜はただ困惑するしかなかった。


「はい。窓際の席で宜しいでしょうか?」


「頼む」


「ではこちらへ」


 茜が困惑する間にも店員とのやり取りはトントン拍子に進み、二人はそのまま窓際の席へと案内された。


「お決まりになりましたらお呼びください」


 一礼して店員が下がると、茜がやっと呼吸を思い出したかのように深く息を吸い込む。


「茜、どれにするのじゃ?」


「……るー姉の凄さ知った気がする」


「?」


 しみじみとそう呟いた茜に、瑠華は小首を傾げるしかなかった。


「昼前じゃがここで食べるのもありじゃな」


 テーブル上に置かれたメニューに目を通すと、珈琲等の飲み物の他に軽食も充実していた。まだ昼には早いが、時間的には食べても問題は無いだろうと思う。


「んーとね、ここはたまごサンドが名物らしくて…」


「これじゃな。しかしどうせならば色々と食べてみたいのぅ」


「同感。私たまごサンド頼むから、るー姉が別の頼んでシェアしよ」


「それが良いか。ふむ…ならこのミックスサンドにしようかの。飲み物はどうするのじゃ?」


「えーっと…オレンジジュースかな。るー姉は?」


「珈琲じゃな」


 瑠華が普段飲むのは紅茶や水だが、珈琲も偶に飲む事がある。それを真似して奏なども飲もうとしたが、口をつけた瞬間顔を顰めたので【柊】では瑠華くらいしか飲まない。


 店員に注文を済ませて少し待てば、大きめのサンドイッチが飲み物と共に運ばれて来た。


「ごゆっくりどうぞ」


 運んできた店員が去ってから、改めてテーブル上に置かれたサンドイッチを見る。


「中々ボリュームがあるのう」


「そ、そうだね」


 想像よりもかなり大きかったサンドイッチに、茜は食べ切れるかと不安げな表情を浮かべた。


「安心せい。食べれなければ妾が食べてやるでの」


「うん…」


 先ずは自分が頼んだ方のサンドイッチを口に運ぶ。


(ふむ…マヨネーズは自家製じゃな。たまごサンドが有名というだけあって味わい深い…これを再現するのは難しそうじゃのう)


 もきゅもきゅと小さく頬張りながらそう分析する。…この龍能力の無駄遣いしかしてないな。


 瑠華がサンドイッチの分析をしている間、茜は大きく口を開けてたまごサンドと格闘していた。その微笑ましい様子に口元を緩めつつ、ナプキンを手にして茜の口の端についたパン屑を拭き取る。


「あ、ありがと…」


「美味いかえ?」


「うんっ」


 元気にそう答えながらも、茜の頭は大混乱していた。


(今のカップルっぽくない!?)


 さり気なく瑠華に口元を拭かれるという行為は、茜が憧れていたカップルそのもので。

 たまごサンドを頬張りながら、動揺を悟られないよう必死になる茜なのであった。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る