第79話
何時の間にかさながら白熱した大会の様になっていたスゴロクであったが、三時間近くにも及ぶ勝負を制したのは……凪沙だった。
「勝った…除外だけど…」
折角一番にゴールしたものの、自分から除外を受け入れたので残念ながら景品は無しとなってしまった。
「ふむ…であれば今日の夕餉は凪沙の好きな物にしようかの」
そこで瑠華が透かさず代案を提示する。普段栄養バランスを考えて献立を作っている為に希望を反映する事は無いが、一日程度ならば問題無いだろうという判断である。
一日独占権と比べれば些かインパクト的に弱いが、それでも魅力的なものである事には変わりがない。
現にそう言われた凪沙の瞳は、明らかにキラキラと輝いていた。
「えっ、どうしよ…迷う」
「何でも良いぞ?」
どうせならば普段作ってくれない物をとは思うが、瑠華が作る料理は幅広い為そうそう思い付きそうにない。
凪沙が悩む間にもスゴロクは進み、無事二位の枠に収まったのは茜だった。
「勝てた…っ!」
正に感無量といった様子で手を固く握り締めながら、身体を震わせて喜びを露わにする。その様子に苦笑しながらも、よく頑張ったと労うようにポンポンと瑠華が頭を撫でた。
「えへへ……」
グリグリと自分から瑠華の掌に頭を擦り付ける。瑠華が頭を撫でる事は間々あるが、大抵の年少組はこうして擦り付ける事が多かった。対して奏の場合は、素直に動かず撫でられる事が多い。
「じゃあ早速明日るー姉の時間頂戴!」
「構わんぞ。紫乃、その間の【柊】は任せても良いか?」
「問題ございません」
もし紫乃が居なかった場合、出掛けたとしても一日中とはいかなかっただろう。
最近ではかなり【柊】の管理も任せられるようになったので、紫乃にも何かしらの褒美を考えた方が良いかもしれないと瑠華は思う。
「んー……じゃあ晩御飯はオムライスで」
「それで良いのか?」
「うん。最近食べてないし」
瑠華の得意料理ではあるものの、栄養バランス的にそう頻繁に出せる料理では無いので実際の出番は少ないのだ。
頷く凪沙に取り敢えずその要望を受け入れつつ、頭の中で材料を確認していく。
(ふむ…足りそうじゃな)
結果として現在冷蔵庫にあるもので事足りそうだと判明したので、今から買い物に行く必要は無さそうだと安堵の息を零した。
「うむ。材料もあるようじゃし、何なら今からでも構わぬが?」
時計を見れば既にお昼時である。材料があるのならば、わざわざ夕食に回す必要も無い。
「その場合晩御飯は?」
「そうじゃな…それも凪沙に考えて貰っても良いが、他の皆はどうじゃ?」
贔屓し過ぎと言われる可能性を考慮して尋ねるも、反対意見は出なかった。
「良いのか?」
「だって瑠華お姉ちゃんのオムライス食べられるから!」
瑠華が作るオムライスは【柊】の皆全員が好物である。それを提案してくれたのだからという事で、凪沙を羨んだり妬んだりという感情にはならなかったのだ。
「……じゃあ、唐揚げ」
「鶏尽くしじゃの…」
瑠華のオムライスはチキンライスを使うので、昼夕と鶏を使う事になる。流石にそこまでの量は今無い。
「でしたら昼食後に私が買ってきましょうか?」
「その手があったのぅ…ならば頼めるかえ?」
「かしこまりました」
憂いが無くなった事で瑠華が立ち上がり、凪沙ご要望のオムライス作りに取り掛かる事にした。
「手伝います」
「助かるのじゃ」
瑠華がオムライスを普段あまり作らない理由のもう一つとして、やはり手間が掛かるというのがある。何せ紫乃が居なかった時でも十一人分の量を作るのだ。手間が掛かって当然である。
紫乃に鶏肉を切るのを任せ、瑠華は他の準備をしていく。
「…瑠華様がお料理をなさるのが、未だ信じられませんね」
その最中に小さく紫乃が呟いたのを聞いて、瑠華は思わず苦笑した。
「まぁ気持ちは分からんでもない。じゃが妾は昔から何かを
「……言葉の意味がちょっと違うように感じるのですが」
紫乃の言葉は華麗にスルーされた。
オムライスを作る上でメインと呼べるチキンライスは、大型のフライパン四枚をフル稼働して作っていく。因みに【柊】のキッチンは、ガス火のコンロが六口ある。
「何度か担当しましたが、これを一人でやるのは中々ですね……」
「まぁこれも慣れじゃな。それにいつも一人という訳でもないぞ?」
茜や凪沙、奏などに始まる瑠華が火に近づくことを許している面々は、時たま瑠華の手伝いを買って出る事がある。なので一人だけで作る事は思いの外少ないのである。
チキンライスを作り終えて紫乃が皿に分けている間に、瑠華は上の卵を用意していく。
「ふむ…久しぶりに腕が鳴るのぅ」
瑠華が三枚のフライパンを取り出して熱し始める。数が数なので、並行作業で同時に作るのだ。
龍としての演算能力と身体能力をフルに活用して、ポイポイポイと出来上がったオムレツ状の卵が宙を舞う。それらが寸分違わず並べられたチキンライスの上に乗ると、周りから歓声が上がった。……瑠華のオムライスが人気なのは、これが要因の一つだったりする。
「能力の無駄遣い……」
「楽しければそれも良かろう?」
「……まぁそうですね」
紫乃の目に写るは、キラキラとした眩しい笑顔を浮かべて瑠華を見る子達の姿。その様子を見る為ならば、瑠華の言う事も一理あると頷いた。
程なくして全員分のオムライスが完成し、固まる前にナイフで切れ目を入れて卵を被せる。
「出来たのじゃ」
「気を付けて運んで下さいね」
「「「はーい!」」」
それぞれが好きな皿を選びテーブルへと運んで行く。だが早々に席に着いても、オムライスに手をつける事は無い。皆が集まって食べる時は、必ず瑠華を待つのだ。
瑠華としては温かいうちに食べた方が良いと常々思うが、皆の気持ちも理解出来るのでそれ以上は何も言わなかった。
「では頂こうかの」
瑠華の言葉で一斉に皆が食べ始める。嬉しそうに大口で頬張っていくその姿を見れば、自然と笑みが零れた。
(やはり笑顔とは良いものじゃな)
これまで様々な感情や表情を見てきたが、改めてそう思う瑠華なのであった。
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ホットケーキも宙を舞う。
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