第82話

 カフェにてゆっくり食事を楽しんだ後、二人は駅前の繁華街の方面へと向かっていた。


「この方向であっておるのか?」


「うんっ。前々から来たかったんだ〜」


 何処か他に行きたい所があるとは聞いているが、その詳しい内容は聞いていない。とはいえ茜が妙な所に行きたがるとも思えないので、手を引かれるままに大人しくついて行く。


 そうして人混みを歩き続ける事数分。茜がある店舗の前で足を止めた。


「ここか?」


「そうだよっ」


 到着したと告げられ、瑠華が目の前の店に掲げられた看板に目線を向ける。


「…【猫カフェ】とな?」


「猫と遊びながらカフェを楽しめるお店だよ! 前から来てみたかったの!」


 今でこそ【柊】には美影や弥生達が居るが、それまでは動物と触れ合う機会などは無かった。それ故にこうした動物と触れ合える場所に、茜は少なからず憧れを抱いていたのだ。


 先程とは逆に茜が先導する形で店内へと足を踏み入れる。すると直ぐにスタッフが駆け付け、消毒をしながら店の説明を始めた。


「当店は滞在時間で料金が変動する形式をとっております。こちらの諸注意をよくお読みになってから、靴を脱いでお入りください」


 ラミネート加工された諸注意が書かれた紙を手渡され、それらによく目を通す。


「るー姉…」


「ん? どうしたのじゃ?」


「……追加料金は、あり?」


「追加料金?」


 茜が渡された紙の一点を指差す。するとそこにはこの店の料金表があり、滞在時間当たりの料金、ドリンク料金、そして最後に猫用品料金と書かれていた。


「これの事かえ?」


 瑠華が最後の料金を指差せば、茜が頷いて返す。


「所謂猫のオヤツなんだけど…」


「ふむ…別に構わんぞ。常識的な範囲内ならばじゃが」


 その言葉を聞いて、茜が瞳をキラキラと輝かせた。折角来たのだから、最大限楽しみたかったのだ。


 諸注意の紙をスタッフに返して、遂に中へと案内される。店内には既に五人ほどの人が猫と戯れており、その憧れの光景に茜は興奮しっぱなしだ。


「可愛い……!」


 入ってきた瞬間足元に擦り寄ってきた人懐っこい猫に、茜が思わず破顔する。その光景に瑠華が微笑みを零すと、その猫に目線を向けた。その、瞬間。


『……何故ここにおる』


 猫を睨み付けながら、明らかな怒気を孕んだを発した。

 言葉では無いそれは茜や他の人間には聞き取る事の出来ないもの。それは勿論動物である猫も例外では無い。しかし当の睨まれた猫は、その音に反応するかの如く身を縮まらせた。それだけで、目の前の存在がただの猫では無い事が判明する。


「るー姉…?」


 雰囲気の変わった瑠華に、茜が不安げな声を出す。


「…すまん茜。この猫を借りても良いか?」


「え、うん…」


 茜から了承を得てから、猫の首根っこを掴んで持ち上げる。その遠慮無い行為に茜が驚愕するも、確か猫の持ち方の一つとしてそういうものがあったのを思い出して何とか出そうになった声を抑えた。


「えと、るー姉…?」


「危害を加えるつもりは無い。少し話をするだけじゃ。その間好きに他の猫と遊んでおいてくれんかの」


「う、ん。分かった……」


 動物の声が聞こえるようになったからこそ、今瑠華に掴まれている猫が嫌がっていない事が分かるのでそれ以上は何も言わずに他の猫の元へと向かった。

 その姿を確認してから〖認識阻害〗を最大展開して他の誰にも意識されない状態にする。


『…さて。これで邪魔は入るまい』


『……やばぁ……』


 瑠華が何をしたのかを正確に理解していた猫は、ただそれだけを発した。


『それで何故お主がここにおる? 仕事はどうしたのじゃ?』


 猫を目線の高さまで持ち上げると、ニッコリと微笑みながらそう尋ねる。しかし、その目は全く笑っていない。


『お、怒んないでよルカ姉…ちゃんと仕事してきたから。サボってないから……』


 それを見て慌てた様子で猫が弁明する。瑠華に対して嘘は決して通用しないことを、猫はちゃんと知っていた。故にその言葉に嘘偽りは無い。


『……まぁ良かろう。それでここにおる理由は?』


『え、ルカ姉に会いたかったから』


 何を当たり前の事をとでも言うように真顔でそう言う猫に、瑠華は今ここで送り返してやろうかという考えが過ぎった。


『…それで、母君に迷惑を掛けたのかえ?』


『迷惑は掛けてないもん! ちゃんと手順踏んでおかーさんにも許可取ってから来たもん!』


『…母君が許したのか。何故じゃ……』


 思わず片手で顔を覆う。瑠華は母に対して信頼と親愛、そして憧れを持ってはいるが、こうした時たまの暴挙とも言える行動に対しては理解が出来なかった。


『そんな事考える前に私を褒めてよ!』


『…褒める?』


『ルカ姉なら私がここに来る大変さ分かるでしょ! 私すっごく頑張ったんだから!』


 そう言われ、瑠華は目の前の猫が本来この世界に渡ってくるだけの力を持っていなかった事に漸く思い至った。


『……そうじゃな。すまんかった』


 てっきりサボりで逃げてきたのかと思いつい怒ってしまったが、その感情が間違いであった事を理解して眉を下げて謝罪を口にする。

 そして近くの椅子に座って、その太腿の上に猫を優しく乗せた。


『えへへ〜…人間姿のルカ姉の膝枕〜…』


『そんなに良いものかのぅ…』


 太腿の上で気持ち良さげに溶けるその様子に苦笑を零し、顎下を指先で擽る。


『どれ程努力して渡ってきたのかは計り知れんが…よく頑張ったのぅ』


『んふふ…』


『していつ帰るのじゃ?』


『え……』


 その言葉で猫が幸せそうな顔から一転して、絶望したような表情を浮かべた。


『ん? 何か変な事を言ったかの?』


『……ルカ姉って昔からそうだもんね。うん、そうだよね……』


『?』


 何か訳知り顔で頷く猫に、瑠華はただ首を傾げて疑問符を浮かべていた。


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