第60話
蝉の音が鳴り響くある日の事。【柊】は少しの騒がしさに包まれていた。
「忘れ物はない?」
「まぁ最悪あちらで買えば良かろう」
並んだスーツケースとボストンバッグを見て、何処か皆ソワソワと落ち着きが無い。
そう、遂に明日は以前より予定されていた旅行の出発日だった。
日程は一泊二日。今日荷物を纏めて旅館へと事前に送り、明日は【柊】から直接遊園地へ向かう予定だ。
「私も良かったのでしょうか…」
「紫乃ちゃんだけ置いていくなんて出来るわけないじゃん」
「そうじゃな。大分
元々ギリギリの旅行費だったものの、配信の収益化や寄付、サナによって買い取って貰ったドロップ品の影響もありそれなりに余裕は生まれていた。それこそ一人増えたところで問題は無い程に。
「瑠華お姉ちゃん、班分けどうするの?」
「む…適当で良くないかの?」
「そうなると瑠華お姉ちゃんが取り合いになる」
「あー…確かにそれはあるかも。瑠華ちゃんの隣りは譲らないけど」
「年長者なら譲るべき」
「歳下こそ譲るべきでしょ」
バチバチと火花を散らす二人を横目に、ちゃっかりと瑠華と手を繋いだのは茜だった。
「……目敏いのぅ」
「えへへ」
奏は茜が凪沙から入れ知恵をされていると思っているが、実際は違う事を瑠華は知っていた。この中で最も瑠華を虎視眈々と狙っているのは茜なのだ。
「全員で十一人…いや、今は十二人か。どう分けるべきかのぅ…」
紫乃が加わった事で偶数になった【柊】だが、綺麗に分けるにしてもそのやり方に悩む。
「無難にくじ作る?」
「それが良いか…三人組が動きやすかろうな」
今から作るのも面倒なので、スキルでちゃちゃっと済ませてしまう事にした。
茜と手を解いてパンッ! と手を叩くと瑠華の周りにトランプサイズの紙が十二枚現れ、それぞれ三枚ずつ同じ模様が刻まれる。それらを裏返して中に浮かべ、適当に引いてもらう形で班決めを行う事に。無論瑠華は最後だ。
「〖呪符術〗をこんな精度で…」
「おや? やはり紫乃は見た事があったか」
瑠華が使ったスキルは〖呪符術〗と呼ばれる“
〖呪符術〗はその名の通り呪符を扱うスキルであり、効果は魔力で生み出した紙に意味のある模様や文字を魔力で焼き付けるというものだ。そして生み出した呪符は保管が可能で、一回使い切りだが魔力を流す事で刻まれた効果をいつでも発揮出来る。
「瑠華ちゃん、呪符って何?」
「ん? まぁ簡単に言えば使い捨ての魔法触媒じゃな。魔力を込める事で刻まれた効果を即座に発動出来る故、咄嗟に使うには便利なものじゃ」
「ふぅん…じゃあこれも魔力を込めれば何か起きるの?」
「危険な呪符を作るわけなかろう。これはただの落書きじゃ」
そうして決まった班分けで瑠華と同じ班になったのは、凪沙と紫乃だった。
「そんな…」
まるでこの世の終わりとばかりの表情を浮かべてorzの形で落ち込む奏。その脇腹を面白そうに茜がツンツンと
「瑠華ちゃん! 班分け午後で変えよ!」
「……と言っておるが、皆はどうかの?」
「私は別に良いよ?」
「わたしもー!」
どうやら反対意見は無いようなので、奏の提案は無事通る事になった。
「まぁそれもくじで決める故、妾と同じ班になれるかは不明じゃかの」
「大丈夫。意地でも引くから」
その眼差しは真剣そのもので、瑠華は悪戯するのはやめておいた方が良いかと思った。……そう、奏が瑠華の班から離れたのは、偶然ではなく必然だったのだ。用意したのは瑠華なのだから、くじ操作などお手の物である。
その後は無事運送業者に荷物を預け、各々が明日へ思いを馳せる。【柊】全体での旅行はこれが初めてである事を考えると、浮き足立つのも無理はなかった。
「遊園地、ですか。本では読みましたがこちらには未知が沢山ですね…」
「まぁ場所が変われば常識も変わるでの。大変じゃろうがその様子ならば問題なかろう」
「はい。【柊】の方々が優しく教えて下さいますので」
こちらの世界に紫乃が来てからまだ二週間程ではあるが、元来の頭の優秀さもあってこの世界の事は大半理解する事が出来ていた。ただ、スマホの使い方だけはあまり上手くならなかったが。
「あの板だけはどうしても…」
「…分からんでもないがの」
実際瑠華も電化製品の使い方には苦労した。特にスマホはタッチパネルが反応せず、今は触れているように見せて実は直接内部に干渉して動かしていたりする。
因みにタッチパネルが反応しなかった理由は、瑠華の指が静電気を通さないからである。
「瑠華ちゃん瑠華ちゃん」
「なんじゃ?」
「暇っ!」
「……何かで遊べば良かろう」
「だって【柊】娯楽少ないし…」
小説や漫画、ボードゲームといった娯楽は存在しているが、それでも種類は少ない。瑠華も少し考えてはいるが、ゲーム機といった物は取り合いになる可能性があるので迂闊に用意は出来なかった。
「…でしたら奏様。少しご相談が」
「え、何なに?」
「私と、一つ模擬戦をして頂けないでしょうか?」
「……ほぇ?」
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