第59話

 一先ず事情も把握したのでボロボロだった着物を脱がせ、新しく服を着せる事に。背丈がほぼ同じという事もあって、取り出した瑠華の服はピッタリだった。


「瑠華様のお召し物を…」


「大した物では無い。その辺りの買い物もせねばのぅ」


 今後の紫乃に必要な物を頭の中でメモしつつ、次にすべき事の為に紫乃と共に部屋を出て一階へと向かう。

 



「という訳で新しく【柊】に入る事になった紫乃じゃ」


「紫乃と申します。至らぬ所もあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 見た目としては人間にしか見えなくなった事もあり、瑠華は早々に【柊】の子達と顔合わせを行った。事情はまぁ適当に一人街を彷徨っていたところを瑠華が見付け、保護したという体にして。


「…うん待ってね瑠華ちゃん」


「なんじゃ?」


「新しい子が来るのはいいんだよ? でも流石に理由とか時間的に無理があると思うんだよね」


 瑠華は普段から何か事情がない限り【柊】から出る事はない。そして最近は休みの日は奏と共にダンジョンに出掛けていたのだから、余計に時間がない。それを知っているからこそ、出掛け先で保護したというのは些か無理があった。


「…奏は変なところで鋭いのぅ」


「変なところって何!?」


 甚だ心外だとばかりに目を見開くが、綺麗に瑠華にスルーされた。


「理由に関してはどうでも良かろう。兎も角紫乃はここにおり、保護せざるを得ない理由があった。それだけじゃよ」


「そうなんだけどさぁ……はぁ、まぁ管理者は瑠華ちゃんだしね。これ以上変に噛み付くのも無駄かなぁ……紫乃ちゃんだっけ? これからよろしくね!」


「は、はいっ! えと、奏様、ですね。……もしや瑠華様の御寵あ」


「紫乃。余計な事は喋るでない」


「ん? 何か言ったの?」


「気にする事は無いのじゃ」


 思わずと言った様子で紫乃が呟いた言葉は、奏の耳には届かなかったらしい。


「そう? ところで紫乃ちゃんは学校どうするの?」


「今から入学させるのも習熟度的に厳しいじゃろうし、見送りじゃな。基本紫乃には妾が居ない間の【柊】の管理を任せるつもりじゃ」


「管理、ですか?」


「うむ。妾とてこの身は一つしかない。【柊】に居らぬ時間は少なからずあるのでな。その時の管理を任せたいのじゃ。やってくれるかの?」


 自由に過ごせとは言ったが、現状紫乃はこの世界の事を知らない為に何か出来る事がある訳でもない。だからこそ瑠華から仕事を任せる事で、ある程度の指針を示す事にしたのだ。


「それが瑠華様の願いならば否はございません。しかしとなると瑠華様のお世話は…」


「え、この子瑠華ちゃん狙ってるの? 瑠華ちゃんは私のだよ?」


「妾は物では無いわ…」


 嫉妬心剥き出しで紫乃を睨みながら奏が瑠華に抱き着く。それに対して瑠華はただ溜息を一つ吐いた。


「この馬鹿の発言は気にせずとも良いぞ」


「馬鹿!?」


「あ、えと…瑠華様を狙ってなどはおりません。恐れ多すぎますし…私は瑠華様に救われた身。故に粉骨砕身の思いで瑠華様のお役に立ちたいだけなのです」


「……瑠華ちゃん一体何したの?」


 腕の中にいる瑠華に奏がジト目を向けると、瑠華はバツが悪そうに目線を逸らした。


「瑠華お姉ちゃんが誑したの?」


「人聞きの悪いことを言うでない。ただ少し手助けしただけじゃ」


「ふぅん……紫乃は歳幾つ?」


「歳ですか? 確か十五だったかと」


「じゃあ紫乃お姉ちゃんって呼ぶ」


「お姉ちゃん…ふふ、中々良いものですね」


 凪沙からのお姉ちゃん呼びに、紫乃が嬉しげな笑みを浮かべる。紫乃は一人っ子であったが為に、そう呼ばれるのは初めてだったのだ。


「凪沙。紫乃は恐らく文字も読めんし書けん。勉強を見てやってくれるかの?」


「ん、分かった。じゃあこっち来て」


「私も教えるー!」


 凪沙に手を引かれ、紫乃がテレビ前のソファーまで連れて行かれる。そこには【柊】の子達が時たま勉強に使っている大きめのローテーブルがあり、どうやらそこで勉強を教えるつもりのようだ。


「……で、瑠華ちゃん。あの子結局誰?」


「……はぁ。部屋で話そうかの。手を解いてくれ」


 奏が抱き締めたままであった瑠華を解放すると、二人で二階へと上がり瑠華の部屋に入る。そこで互いに向かい合わせで椅子に座ると、何処から話そうか、何処まで話そうかと瑠華が思考を巡らせた。


「…まぁ奏にならばある程度は話しても構わんか」


「そんなに秘匿する事なの?」


「そうじゃな…他言無用で頼むぞ」


 今までになく真剣な様子の瑠華に、ゴクリと喉を鳴らしながら奏が神妙に頷く。


「紫乃はダンジョンで保護したのじゃ」


「……え、ダンジョンの中?」


「うむ。そこで……保護したのじゃ」


「すっごい頑張って結局省いたのが伝わってくる」


「仕方なかろう。知らないという事は罪を逃れるという事でもある」


「でも無知は時に罪でもあるよ?」


 奏にしてはキレの良い返しに、瑠華が言葉に詰まった。


「…瑠華ちゃんに色々秘密があるのは、何となく分かる。それを話さないのが私達の為って事も理解してる。でもね、知らなきゃ助ける事も出来ないの」


「………」


「紫乃ちゃんはそういう助けが必要な子でしょ? 文字の読み書きが出来ないって事は」


「……そうじゃな」


「隠す事を責めるつもりは無いの。でも教えられる事は全部教えて欲しい。瑠華ちゃんは何でも出来るけど、ずっと紫乃ちゃんに付く訳にもいかないでしょ?」


 今までに無い程真剣な奏に、瑠華は自身の認識が間違っていた事を知る。


(…そうか、妾は護り過ぎたのかも知れんのぅ)


 瑠華にとって奏は同い歳の幼馴染では無く、護るべき子供だった。だからこそ負担にならぬよう余計な事は教えず、それが最善だと思っていた。しかしそれを最優先とした為に、既に十分成長していた事に気付く事が出来なかった。


「…奏。本当に聞く覚悟はあるか?」


「勿論」


 間髪入れず答え、迷い無い眼差しで瑠華を見詰めるその姿に息を一つ吐いた。


「…紫乃は、この世界においては敵とされるべき存在じゃ」


「えっ、それって…」


「紫乃は人間では無い。鬼人と呼ばれる魔物…モンスターじゃよ」


「……それが分かっていながら、瑠華ちゃんが保護した理由は?」


「見ての通り、鬼人とは高い知能を持っておる存在じゃ。それこそ人間と同じ様にの。…そして紫乃はある別の世界からこちらに迷い込んだ存在じゃ。人間を敵視している様子も無く、戦う事自体に慣れておらん」


「…だから、保護したの?」


「そうじゃの。まぁ殆ど成り行きじゃが…弥生達もその時に契約したモンスターじゃよ」


「え、あっ、そういう…じゃあ何時ダンジョンに?」


「昨日の夜じゃな。奏にセロリを食べさせられた事で少し気分転換したくなってのぅ」


「うわぁ…気分転換がダンジョンって…いやまぁ瑠華ちゃんなら危険なんてないんだろうけどさ…」


 少し引いた様子の奏に瑠華がクスクスと笑う。


「まぁ説明するならばそんなところじゃ。紫乃は妾が作った木札の効果で人間に偽装しておる。万が一にもバレる事が無いよう、協力してやってくれるかの?」


「……ここまで聞いて拒否は無いよ。はぁ…思ったより爆弾だった」


「じゃから覚悟はあるのかと聞いたのじゃよ」


「いやまぁあるけども。…【柊】の子達には?」


「話さぬ方が良かろうな。どこから情報が漏れるか分かったものでは無い」


「だね。あー…凪沙は?」


「む…凪沙ならば良いか」


「じゃあ紫乃ちゃん交えて私から話しちゃってもいい?」


「構わぬぞ。ただし周りには気を配るようにの」


「それは勿論。じゃ私は下に降りとくね。瑠華ちゃんは書類仕事あるでしょ?」


「そうじゃな。紫乃の事は任せる」


「りょーかい」


 奏が立ち上がり、瑠華も紫乃に関する書類を用意するため机に向かった、その時。


「…いつか、瑠華ちゃんの事も教えてね」


「………」


 去り際に告げられたその言葉は、瑠華の耳に響き続けた。




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