第41話

 ダンジョンというものは基本的に洞窟の様な見た目をした入口を持っているが、全てがそうなっている訳では無い。

 瑠華が調べていた渋谷ダンジョンはそうしたものにあたり、何の変哲もないビルの勝手口の先がダンジョンとなっている。

 これは新たに入口が出現するのではなく、元からある“入口”というものにダンジョンの入口が接続される事で出来上がると言われている。


「そんな出来方もあるんだね」


「問題視はされておるようじゃがな」


 言ってしまえば、ある日突然自宅の扉の先がダンジョンとなってしまう可能性があるのだ。恐怖しないという方がおかしい。


「【柊】もそうなる可能性があるってこと?」


「世間一般的に言えばその可能性はあるじゃろうが、まぁ妾が守護している以上異物が紛れる事は無いじゃろ」


「ほぇぇ…でも他の人はそうもいかない訳でしょ? 対策は無いの?」


「今の所対応は後手しかないのう。一応ダンジョンが現れる時は周囲の魔力が高まるという前兆は確認されておるが、それを止める手立ては無いようじゃ」


 事前察知が出来るようになった為、最近は突然ダンジョンに放り出されてしまい亡くなったという人は少なくなってきている。だがそれでもゼロとはいかないのが難しいところだ。


(……妾が変に干渉した場合、この世界に何が起きるか分からんからのぅ)


 瑠華であればダンジョンの出現を止める事だけでなく、出現してしまったダンジョンそのものを消滅させる事も出来なくは無い。だがもしそれを行った場合、世界にどれだけの“負荷”が掛かるか分からないのだ。故に人を時に手助けしてきたレギノルカであっても、迂闊に手を出せない現状にある。


「……まぁ、何とかするじゃろ」


 レギノルカは人を見守り、時に助けてきたが、そうして関わってきたからこそ決して人を侮りはしない。

 人というもののしぶとさと柔軟性の高さは、レギノルカが遙か昔から認めているものだ。


「しかし奏よ」


「なぁに?」


「……何故妾は今身体を事細かに測られておるのじゃ?」


 瑠華は現在肌着姿となっており、その手足を奏がメジャーで測っているところだった。ダンジョン云々の話をいきなり始めたのも、手持ち無沙汰になったが故の雑談の延長からだ。


「瑠華ちゃん用の装備の為だよ」


「そうは言っても妾達は成長期がまだ終わっておらんぞ? ピッタリというのは無駄になりかねない気がするのじゃが」


「……そうだねー」


 奏の目線がある一点に集中したのは、言うまでもない。


「一応その装備にサイズ調整のスキルが付与されてるらしくて、成長してもある程度は自由に大きさ変えられるんだって…瑠華ちゃんならそんなスキルがある事も勿論知ってたり?」


「知っておるし使えるのう」


「だよねぇ〜…まぁ調整出来るっていってもそれは全体の大きさだし、戦闘用だから袖とか裾の長さが結構重要っぽくてさ。事前に測っておいてって言われたんだよね」


「成程」


「……よしっ。これで完璧!」


「奏は測らなくても良いのかえ?」


「私は事前に測ってるよ〜。こうして測ってみると私の方が瑠華ちゃんより色々大きいね。でもなんか変…?」


「身長は奏の方が若干高いじゃろうな。しかしそれは前から知っていた事であろう?」


「高いって言っても一センチくらいだよ。うーん……なんというか…瑠華ちゃんの身体が気がしてさ」


「…ほぅ?」


「背の高さから手脚の長さに至るまで、バランスが良いというか…」


「………」


「それに幼い頃から思えば、瑠華ちゃん私と身長差開いた事ないよね」


「…そうだったかの」


「そうだよ。というか身長差も綺麗にピッタリ一センチだし……」


「………」


「……瑠華ちゃん? どういう事?」


「………身近な存在に、似ただけではないかの?」


「血も繋がってない瑠華ちゃんと?」


「そのような事もあろう。幼き頃から同じ場所で同じ環境で育っておるのじゃから」


「…ふぅん」


 少しばかりの違和感を抱えつつも、瑠華の言う事だからと納得して頷いた。そもそも問い詰めたところで答えの出る疑問でも無いだろうなと思ったからというのもある。


(……迂闊じゃったの)


 そして実の所、奏の疑問は正しい。龍時代の能力をそのまま持っている瑠華はその性質―――不老不死も受け継いでしまっている。つまり瑠華が何か自分で手を加えない限り、歳を取らず姿が変わらないのだ。

 だからこそ瑠華は身近な存在…奏の成長を基準として、自身の姿を成長させていた。その結果により、奏を一センチ丁度縮めた姿が今の瑠華の姿になっている。

 といっても参考としているのはその成長速度であり、その他は一切弄っていない。瑠華が順調に成長した場合、この様な姿になると“世界が”定義したままにしている。


(どうにも世界は妾を“完璧”と定義したいようじゃからのぅ…)


 それ故に、奏のバランスが良いという評価も正しいのだ。




『認定します。定義します。裁定―――』


(やめよ。妾は望まん)




「瑠華ちゃん?」


「む? どうした?」


「なんか怖い顔してた気がして…」


「…その様な顔をしていたか。すまぬ」


「ううん、謝る必要なんて無いけど…測るの嫌だった?」


「いや、気に掛かったのは別の事じゃよ。案ずるで無い」


 安心させるべく瑠華が手を伸ばし、奏の頭を撫でる。そして奏が嬉しげに頬を緩める様子を見て、瑠華も穏やかな笑みを零した。




(今の妾は守護者ではない。それをたがえるな)


『………………承認』











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