第42話
「おぉ……」
二人分の身体情報を送った次の日には送られてきた装備を早速とばかりに瑠華へと着せると、思わずといった様子で奏が感嘆の声を零した。
「……似合い過ぎて辛い」
「それは喜んで良いのか…?」
ただ単に限界化しているだけなので問題は無い。
「それに奏も似合っておるぞ?」
「あ、ありがと…えへ」
顔をほのかに赤らめながら奏がはにかむ。瑠華に似合っていると言われたからというのもあるが、一番の理由はそこではない。
(瑠華ちゃんとお揃いコーデ…!)
今回雫が用意したのは、宣言通り瑠華とお揃いの装備。それも色が対となった巫女服だった。
瑠華のものは
そして何よりの特徴は、その白衣に施された細やかな刺繍。
瑠華のものには銀糸で、奏のものには金糸で荘厳な龍の刺繍が施されていた。
「綺麗だねぇ……絶対高い」
うっとりとした眼差しで刺繍を眺めたと思えば、その要求される値段を想像して顔色が青くなる。実は、まだ明細を確認していないのだ。
「無理に払う必要はないぞ?」
「私が瑠華ちゃんに贈りたいのっ!」
「……そう言うのであれば止めはせんが、大変じゃぞ?」
「ダンジョンの稼ぎはランクが上がるからちょっと潤うでしょ? それにやっと配信の収益化も通ったし大丈夫っ!」
テスト期間の間に配信の収益化の条件を達成しており、やっと配信で収益を得られる状態になっていた。これならば時間はかかろうとも何とかなるだろうと奏は思う。
「……奏」
「何?」
「元々の目的を忘れてはおらんか?」
「元々の目的? ……あっ」
ダンジョンで金銭を得る事にした元々の目的。それは【柊】の皆で旅行に行く為の資金を得るためだ。それが成されない事には、他の事に収益を割く余裕はほぼ無い。
「ち、ちなみにあとどれ位…?」
「まぁそれなりに貯まっておるよ。…半分程度じゃが」
「半分…そんだけ…?」
魔核を含むFランクダンジョンでドロップするものの値段など、高が知れている。それに瑠華達は普段の学業もあるので、潜れるのは基本週末。その環境で一ヶ月掛けてやっと十万程の稼ぎではあるが、それでもまだ未成年でここまで稼げているのは十分賞賛に値する結果だ。
「…旅行いつだっけ」
「予定では二週間後じゃな」
「よしダンジョン行こ! 今すぐ!」
思ったよりも時間が無かった事を知り、慌てて準備を始める。元々今日は昼頃に渋谷ダンジョンに行く予定だったが、それを早める事にした。
「瑠華ちゃん今からお弁当作れる!?」
「……まぁ出来なくは無いがの」
以前の様な重箱を用意するには時間が無いが、おにぎり程度ならば作れるだろう。
邪魔にならないよう袂を手早く襷掛けで縛り、冷凍庫から小分けにして冷凍しておいたご飯を幾つか取り出して電子レンジへ。解凍している間におにぎりの具を準備していく。
「奏。希望はあるかえ?」
「おにぎり? 瑠華ちゃんが作るのなら何でも!」
「……何でもが最も困るのじゃがな」
そんなこんなで慌ただしく準備を整え、ホワイトボードに出掛ける旨と帰宅予定時間を書いておく。最後に荷物がポーチに全て入っている事を確認してから、玄関の扉を開いた。
「電車あるよね?」
「暫し待て。今調べる」
瑠華がスマホを取り出して、渋谷まで向かう電車の時刻表を検索する。するとあと十分で最寄り駅に電車が到着する事が判明した。
ここから最寄り駅までは歩いて十五分掛かる。つまり――――
「―――走るよっ!」
「次を待てば良いじゃろうに…」
そう言いつつも走り出した奏の後を素直に追い掛ける。ダンジョン外ではスキルの効果が半減するのだが、それでも[身体強化]をすればそれなりの速度が出る。
「間に合ったぁー!」
「思ったよりも余裕じゃったの」
電車へと慌てて駆け込むも、三分ほど出発よりも早く到着出来たことに安堵する。
電車は休日ということもあり人が多く、その中でお揃いの巫女服を纏う少女達というのは、はっきり言ってかなり目立っていた。
「ねぇあの子可愛くない?」
「探索者かな。白い子もすっごく綺麗…」
「配信してる子かな」
「探してみよ」
何処かから聞こえるひそひそとした声が二人の耳に入り、若干奏が頬を染める。
「これ目立つね…」
「む? 嫌ならば阻害も出来るが…」
普段から瑠華は自らの容姿を隠す事をしていない。それは瑠華自身自らの“色”を好いているからだ。しかし奏が今の姿を見られたくないと言うのであれば、〖認識阻害〗を使う事も吝かでは無かった。
「んー…いや、寧ろ見せつけたいかも」
「見せつける?」
「お揃いコーデで瑠華ちゃんと私の仲良しを見せつけるの!」
ふふんと奏が胸を張る。この関係を自慢したいという気持ちだけだと奏自身は思っていたが、瑠華が非常に魅力的な人であると認めているからこそ、そこに入り込む余地は無いと見せつける事で隣立つ自分に自信を持ちたいという思惑も無意識ながらあった。
「……そうか。であれば―――」
――――そして、そんなことを瑠華に話せばどうなるか。
「瑠華ちゃんっ!?」
「仲良しを見せつけたいのじゃろ?」
するりと瑠華が奏の腕に抱き着いて、悪戯心を滲ませる笑みを浮かべる。瑠華がその様な笑みを浮かべられる事に驚きつつも、奏はそれ以外の事に脳が爆発しそうになっていた。
(柔らか…っ?!)
自らの腕を挟み込む、柔らかな感触。それが何かなど、考えなくとも分かる。
自らが持ち得ないソレの感触に、一気に顔に熱が籠るのを感じた。
(瑠華ちゃん絶対日本人以外の血入ってるよね…っ)
「奏?」
「…ごめん瑠華ちゃん。今ちょっと無理」
いつも見ているはずの、見慣れているはずの顔が、見れない。
「……ふふ」
「瑠華、ちゃん?」
「悪戯が過ぎたのう。すまぬ」
「え、ぁ…」
温かさが腕から遠のく。それに対して何か言わんとするが、意味も無く口をパクパクしただけで終わってしまう。
気持ちを切り替えようとスマホを見るが、その待ち受けとしている瑠華とのツーショットを見て結局自爆してしまう奏なのであった。
「……ねぇねぇ」
「うん」
「……あれを尊いって言うんだね」
「それな」
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