第40話
キーンコーンカーンコーンとチャイムが響き、ペンが紙を引っ掻く音が止む。
「そこまでー。後ろから答案用紙回せー」
テストの答案用紙を回収して先生が教室から出れば、堰を切ったように喧騒が教室を満たした。
「終わったぁぁ!」
「それはどちらの意味じゃろうな?」
ぐでぇっと机に突っ伏した奏に、クスクスと笑いを零しながら瑠華が近付く。
「どっちもー…」
「ありゃ。かなっちは自信無い感じ?」
そこへ雫が合流し、うりうりと奏のつむじを弄る。
「うーん…瑠華ちゃんに扱かれたからある程度は…」
「おぉ。瑠華っち先生の特訓受けたのか」
「赤点など取ろうものなら配信禁止と言っておいたからの」
「うわぁ…」
今の奏にとっては最も効果的な脅迫である。
「瑠華ちゃんは満点?」
「分からんが…まぁ書いた内容が間違っていなければ、そうなるのう」
「それはもう満点しかないじゃん…でもこれで夏休み前の学校終わりだよね?」
「まだ少しあるが、終わったようなものじゃの」
「じゃあ配信していいよね?」
期待に満ちた眼差しで奏が瑠華を見上げる。
実は期末テストが終わるまで、奏は瑠華によって配信が禁止されていたのだ。
「構わんぞ」
「やったぁ!」
「おー、宣伝もよろしくねー」
「勿論! ねぇねぇ瑠華ちゃん、次何処行く?」
高揚を隠しきれないワクワクとした笑みを浮かべ、奏が溶けた状態から完全に復帰する。
東京第三ダンジョンは攻略済みである為、次の配信は別のダンジョンへ行きたいと奏は考えていた。それに関しては瑠華も同意見であった為、少しばかり情報収集を事前に行っていたりする。
「その事なのじゃが、渋谷ダンジョンはどうかのう?」
「えっと…十四階層からなるEランクダンジョンだっけ。大丈夫なの?」
「ランクとしては申し分無い。出現するモンスターも脅威度はそう高くないが…そろそろ武器だけでなく防具も揃えるべきではあろうな」
「防具かぁ…」
現代において防具と呼ばれるものはプレートアーマーの様な鎧ではなく、ドロップ品を用いた衣服の様なものである。質感は普通の布とほぼ同じで違和感が無い為、探索者の多くは普段着として使う事もあるほどだ。
「妾は必要ない故、奏のものを見繕わねばの」
そも瑠華は人間状態の肌であろうと鱗とほぼ同等の硬度がある為に、攻撃を殆ど受け付けない。なので防具などは身に付けても邪魔でしかないのだ。
「私のかぁ…」
「見繕ってあげようか?」
「うーん…しずちゃんが用意するの高そうだし…」
「それは否定しない。でも提供って形ならお金は取らないよ? 折角契約したんだし、それは有効に使わないと勿体無いよ?」
「あー…因みにどんなの用意するつもり?」
「……ちょい耳貸して」
「ん?」
首を傾げながらも素直に奏が雫へと耳を向ければ、チラリと瑠華を横目に見ながら口元を隠すように手を添えてその口を開いた。
「…瑠華っちとお揃いコーデ」
「………」
「私としては二人で着て欲しいんだけど…でもかなっちは自分で瑠華っちに買って贈りたいんだよね?」
「うん…」
「だから提供じゃなくて購入するって形はどうかな。足りなくても支払いはローン払いでもいいし。利子も付けないよ?」
「それは…」
正直これ以上無い有難い申し出だとは思う。この調子でダンジョンに潜ったとして、目標金額に辿り着くまでどれ程の時間を要するか分かったものではないのだから。
「見た目に関しては写真でスマホに送っとくから、それがもしかなっちが買いたいと思う装備と合致するなら、考えてくれると嬉しい」
「……分かった。ありがと」
「まだ感謝するには早いよ」
苦笑を浮かべながら雫が離れる。
「終わったかえ?」
「うん。ありがとね」
「礼には及ばん」
そこで瑠華は自身にかけていた弱体化の魔法を解除した。瑠華の聴力をもってすれば、目の前の小声など丸聞こえになってしまう。しかし瑠華自身好き好んで盗み聞きしたいとも思わない為、聴力を限定的に制限していたのだ。
「帰ろっか」
「うんっ。瑠華ちゃん行こっ」
奏がスッと差し出した手を、瑠華が戸惑い無く取る。それを間近で見せつけられられた雫はというと。
(……このバカップルどうしてくれようかね)
心底呆れていた。まぁ嫌な空気という訳では無いのだが。
「あそうだ。瑠華っちは普段着シンプルなワンピだよね。何か拘りあったりするの?」
「いや、特に無いぞ?」
「瑠華ちゃん楽だからそれ着てるだけだよ。お洒落も興味無いし」
「じゃあお洒落めな防具を装備する事に関しては忌避感無いんだね?」
「忌避感自体は無いが…自前で擬似的なものは用意出来てしまう故に、必要無いと言った方が正しかろうな」
擬似的なものというのは、勿論鱗の事である。龍時代の能力はそのまま持っているので、鱗だけではなく角や翼、尻尾までもを出せたりはするが…そこは今は置いておく。
「へぇ…まぁ瑠華っち魔法何でも使えるみたいだし、そういう事も難無く出来そう」
「……じゃあ、もしかして迷惑…?」
自分の気持ちが先行して瑠華の事を考えていなかった事に気付き、思わず声が震えてしまう。その様子に瑠華が優しく微笑みながら、ポンと手を頭の上に置いた。
「いや? 自ら必要とする事は無いが、その様な事は思わん。元より奏の意思を無下にするつもりは無い上、妾としても興味が無い訳でないからの」
「…うんっ」
(……相変わらず下げて上げるの上手いよね、瑠華っち)
落ち込んだ様子から一転。えへへと嬉しさを滲ませる笑みを浮かべて瑠華へと擦り寄る奏を見て、そんな事を思う雫であった。
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