第9話

 奏を先頭にしていよいよダンジョンの中へと足を踏み入れる。

 外から見たダンジョンはただの洞窟の様であったが、入った瞬間空気が変わったのを自覚した。


(ただの洞穴かと思うたが…ここは一つの別世界と捉えても間違いではないじゃろうな)


 瑠華がそう評価を下したところで、梓沙が口を開いた。


「さてこの東京第三ダンジョンは貴方たちも知っての通り、Fランクのダンジョンよ。出現するモンスターは把握しているかしら?」


 これは所謂抜き打ちテストのようなものだろうと瑠華は思う。であれば開口一番は奏に譲るべきだろう。


「えっと…スライムとリトルゴブリン…ですっ!」


「と最下層はウルフじゃな」


 抜けていた情報を補足すれば、梓沙が満足気に頷いた。


「ちゃんと勉強しているようね。このダンジョンは全五階層からなっていて、二階層毎に出現するモンスターは変わるわ」


 今瑠華達がいる階層はスライムが出現する。スライムは最弱のモンスターとして有名であり、戦闘訓練相手として重宝されている。


「話をすれば来たわね」


 ダンジョン内部は壁自体が淡く発光している為に、完全な暗闇という訳では無い。その構造自体は幅広の迷路となっており、その曲がり角から反透明の球体が現れた。


「行きますっ!」


 刀を鞘に収めた状態で奏が駆け出し、十分スライムに近付いたところで抜刀。

 刀自体は低級の物だが、スライムを綺麗に両断した。


「やりました!」


 スゥ…っと地面に溶けるようにしてスライムの姿が消えると、そこに残されたのは小さな光る石。ドロップアイテムの代表格である、“魔核”と呼ばれる物だ。


「昨日聞いた限りで刀の扱いは全然だと思っていたけれど…問題なさそうね?」


配信・・を見ました!」


「あぁ…成程。現代っ子ね」


 奏が言った配信というのは、ダンジョン攻略配信と呼ばれるものだ。


 ダンジョンが日常に組み込まれた現代において、ダンジョン攻略というのは一種の注目イベントとなった。特にダンジョン適性が無く、潜れない層からの人気が厚い。


 配信者によっては武器の使い方を動画として上げている者も居るので、奏はそれらを参考にしたのだろう。


「あそうだ、配信で思い出したわ。えぇっと…」


 梓沙がふとそう零すと、腰に着けたポーチから掌程の球体を取り出した。


「それは?」


「浮遊カメラ。ダンジョンに潜る場合、配信するしないに関わらず動画を撮っておく方が何かと役に立つのよ」


「…成程。犯罪防止という訳じゃな」


「ご名答」


 ダンジョン内部は言ってしまえば無法地帯。同族から背中を狙われても、真実が闇に葬られてしまう。それを抑止するのが、この浮遊カメラである。


 梓沙がスイッチを入れればふわりと独りでに浮き上がり、梓沙の後ろで静止した。


「まぁどこかに動画を上げる事も無いから気にしないでね。これは実地試験の義務でもあるから」


「その義務を忘れていたと」


「あ、はは…バレなきゃ犯罪じゃないのよ」


 それを職員が口にしていいのかは甚だ疑問ではあるものの、藪蛇になっては御免なので瑠華は口を噤んだ。


「次は瑠華ちゃんだよ!」


「うむ…」


 奏と先頭を入れ替わり瑠華が薙刀を二三度握り直す。


「ここは不変型のダンジョンだから、下層へと続く階段までの道程は決まっているわ。じゃあ問題ね。この先の分岐路はどちらに進む?」


 ダンジョンには不変型と変化型と呼ばれる種類が存在し、前者の場合はダンジョンが生成されてから今日に至るまで一切変化が起こっていない。対して変化型は、数日に一度ダンジョンの構造が変化する。

 出現するモンスターの種類は変化しないものの、下層へと続く道程が都度変わる為に難易度が高く、それに伴いランクも高く設定されている。


「この道は左で合っとるかえ?」


「ええ正解よ」


「私分かんない…」


「覚えられない内は地図を用意しておくのが無難ね。ダンジョン協会の公式サイトからダウンロード出来るはずよ」


 何ともハイテクな世の中である。そしてその言葉に威勢よく頷いた奏ではあるが、多分見ないだろうなと瑠華は直感していた。


 暫く進むと二体のスライムと遭遇したが、瑠華が薙刀のリーチを活かして難無く撃破。そこからは交互に先頭を交代しながら二階層へと下り、そこも危なげなく踏破すると、いよいよ三階層に辿り着いた。


「ここからはリトルゴブリンが出現するわ。先程のスライムとは違って人型のモンスターだから、油断すると大怪我するわよ」


 リトルゴブリンは梓沙の言った通り人型のモンスターであり、知能はそこまでではあるものの、動きはスライムよりも断然速い。


 そして何よりの鬼門なのが、その人型という要素だ。モンスターとはいえ、人の形をした生物を殺す事に戸惑いを覚える初心者は少なくない。


「辛いならば妾が前に出るが?」


「ううん。これも経験っ!」


 瑠華からすれば今更といった感覚だが、ただの現代っ子である奏からすれば辛いだろう。そう思って助け舟を出したが、奏の考えも分かるのでそれ以上は口を挟まない事に決めた。


「ギャギャッ!!」


「っ!? 来たっ!」


 耳障りな声を響かせながら、遂にリトルゴブリンがその姿を現す。

 背丈としては瑠華の腰下程だが、それでも人間の子供と同じだけの力を持つ為油断は禁物だ。


「先手必勝っ!」


 奏がリトルゴブリンへと駆け出すと共に瑠華が薙刀の切っ先を地面へと向けて構え、何時でも動けるように視野を広く保つ。


「…及第点ね」


 ボソリと梓沙が呟くのを、瑠華の耳が捉えていた。






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