第8話

 次の日。待ちきれないといった様子で奏が隣で寝る瑠華を揺すり起こした。


「瑠華ちゃん瑠華ちゃん。起きて!」


「……起きておるわ」


 実際のところ、瑠華に睡眠は必要ない。なのでいつ起こされても問題は無いのだが…流石に午前五時はやり過ぎである。


「ダンジョンの予約は五時からなんだって!」


「…普段もこの時間に起きてくれれば有難いのじゃがの」


 奏は朝に弱く、何時もは瑠華が奏を起こしている。それでも中々起きないので、毎日苦労しているのだ。


「じゃが奏。予約したとしても準備が出来とらんじゃろう」


 ダンジョンとは着の身着のまま挑める程優しい場所では無い。……瑠華という存在は除くが。


「武器も無い上、実地試験もあるじゃろう。先ずはそれらが先では無いかの?」


「……確かに」


 恐らくは楽しみ過ぎて頭から抜け落ちていたのだろう。瑠華が呆れた眼差しを向けるのも無理は無い。


「仕方が無いのう…」


 瑠華が枕元に置いていた自身のスマホを操作して、近くの店舗を検索する。その姿はすっかり現代っ子である。


「ふむ…近くにダンジョン関連の店舗があるが、開くまでは少し時間があるのう」


「えー! もう目が冴えちゃったよぅ…」


「ほんに仕方が無いのう…ほれ」


 スマホの電源を落とした瑠華が、隣で横になる奏の頭を抱き締める。そしてそのまま優しく頭を撫でれば、奏の瞳がトロンと溶ける。


「時間が来れば起こしてやるでの」



「うん……」



 ◆ ◆ ◆



 少ししてぐっすりと眠った奏を起こし、二人は街へと繰り出した。


「今更だけどお金足りるかな…?」


「ほんに今更じゃの…何処まで考え無しじゃったとは…」


 思わず瑠華が額に手を当てる。元々奏が楽観主義である事は理解していたが、まさかここまで考え無しだったとは夢にも思わない。


「場合によってはローンを組めば良かろう。初心者向けにその様な制度があった筈じゃ」


「マジ!?」


「奏から貰った冊子に書いてあったぞ」


「……さぁ行こう!」


「誤魔化し方が雑じゃろうて…」


 まぁこれ以上責め立てても意味が無いので奏の言葉に従い、店舗へと歩みを進めた。



 ダンジョンという物が出現してから、装備品を扱う店は増え続けている。瑠華達がやってきたのは、それらの店が集められた大型ショッピングモールだ。


 ダンジョン装備品は今では日常的に使うものだからこそ、機能とは別に見た目も拘る店も数多い。瑠華たちが足を止めたのも、その類の店であった。


「うわぁ…! 可愛い!」


 奏が目を付けたのは一着の着物。丈も袖も短いが、それは動きやすさを追及したが故だろう。


 言うなればその装備に一目惚れした奏であったが、それに付けられた値札を見て驚愕する。


「ご、五百万…」


 そのお値段、何と五百万円。ダンジョンで獲得された素材を用いて作られているので防御力は折り紙付きだが、当然それ相応の値段となっている。


「初期であればそう被弾しても問題なかろう。今は武器が優先じゃの」


「分かった~…」


 名残惜しくも店を後にして、主にダンジョンの武器を扱う店へと入る。


「うわぁ…低いランクでも結構する…」


「まぁ買えん事はないのう。どの道直ぐに買い換えることになるじゃろうから、これでいいじゃろ」


 瑠華は適当に目に付いた薙刀を持ち上げる。鉄の棒に刃が付いただけの、装飾など無いシンプルなものだ。


「そういう所思い切りがいいよねぇ」


「悩んでも仕方なかろう」


「まぁそうだけど…よしっ、私も決めた!」


 奏が手に取ったのは刀身が少し短めの刀。これもまた、装飾など無いシンプルなものだ。


「これで五万円…」


「足りるかえ?」


「ギリギリ足りる!」


 色々と普段から散財してばかりの奏は、かなり苦しげな表情だ。対して瑠華は普段お金を使わないので、あまり懐には響かない。


 お互いに会計を終えれば、奏が早く使いたいとばかりにウズウズし始める。


「早く行こ!」


「鞄も用意せねばなかろう。……妾が出すからそのような顔をするでない」


 刀を買った事で素寒貧になってしまった奏が、まだ買うものがあると知ってテンションが一気に急降下してしまい、思わず瑠華がそう慰める。


「じゃから散財は程々にせよと何度も…」


「だって美味しいもの食べたいもん!」


 奏が主にお金を使っていたのは買い食いである。それでいて体型は常に一定なのだから、瑠華からしても不思議で仕方が無かったりする。


 お金足りない問題は瑠華が代わりに出す事で解決し、遂に二人はダンジョンへと赴いた。


「実地試験の会場がここなの?」


「そうじゃよ。受付で予約番号を告げれば良い」


 予約は予め奏が寝ている間に瑠華が行っていた。


「実地試験の申し込みですね。担当員を呼んで参りますので、近くでお待ちください」


「分かりました!」


 担当の職員が来るまでの間、瑠華は目の前のダンジョンへと目線を向けていた。


(…マナではなく魔力の流れが強いのう。不思議なものじゃ)


 マナと魔力は近しい物だが厳密には異なる物質だ。


 以前の瑠華──レギノルカの身体を構成していた要素がマナであり、マナとは世界を構成する要素である。対して魔力は生命を構成する要素であり、世界に生きる全ての生き物が持つものだ。


 マナを扱う術を持つ存在は、以前の世界を含めても瑠華以外には存在しない。何せその力を行使するという事は、世界に干渉するという事と同義だからだ。


 世界を構成する要素であるのだから、ダンジョンからはマナが溢れる筈。しかし実際は魔力の方が強い。それが意味する事は───


「───生きておるな」


 ダンジョンが生き物であるという事だ。


「どうしたの?」


「いや、何でもない」


 だがそれが分かったところで何か変わる訳でもない。であれば気にする必要も無いだろう。


「奏さん、瑠華さん。いらっしゃいますか?」


「あ、呼ばれてる! 行こっ!」


「そう急くでないわ」


 奏に手を引かれて受付へと戻れば、一人の職員がその近くに立っていた。


「あら」


「あっ、昨日ぶりです!」


 そこに立っていたのは、昨日筆記試験を担当していた梓沙あずさだった。


「一応改めて自己紹介をするわね。ダンジョン協会職員の梓沙よ」


「奏です! こっちは私の親友の瑠華ちゃん!」


「瑠華じゃよ」


「奏ちゃんは…刀で、瑠華ちゃんは薙刀と。二人とも前衛ね」


「梓沙さんは何を使うんですか?」


「私は魔法職よ。だから後衛ね」


(ほう…)


 魔法と聞いて瑠華が目を凝らす。


(そこそこ魔力は高いのう。まぁそれでも広範囲魔法一回分程度じゃが)


 ダンジョンという閉鎖空間で広範囲魔法などを使う方が稀であるという意見は……まぁ今は必要無いだろう。


「じゃあ行きましょう。難易度は低いから先ずは思い思い動いて、そこから色々と調整しましょう」


「はいっ!」














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