第10話
結果としては何も苦戦することなく、奏がリトルゴブリンの首を跳ね飛ばして戦闘は終了した。
「戸惑いが無いのは良い事ね」
「ありがとうございますっ!」
ただ、と梓沙が続ける。
「視野が狭いのは悪い点ね。リトルゴブリンは群れる事も多い。あれ一体だけとは限らないのよ?」
「あっ…」
「その点瑠華ちゃんは気付いていたみたいだけど」
「まぁ杞憂ではあったがの」
「杞憂で済めば御の字よ。二人は多分これから組んで潜るでしょうから、奏ちゃんの猪突猛進癖はカバー出来るかもだけれど……治さないと痛い目を見るわよ?」
「善処します…」
そう。杞憂で済めば御の字。命あっての物種だ。
ダンジョンという空間は人間に対して容赦無く牙を剥く存在であるという事を、忘れてはならない。
すっかり萎んでしまった奏の頭を撫でて元気付けつつ、瑠華が前に出る。
「少し下がっておれ」
「ふぇ…?」
薙刀を構えて前を見遣れば、複数の足音と共に現れるリトルゴブリンの群れ。先程の戦闘の音を聞き付けたのだろう。
「援護は要るかしら?」
「必要無い」
瑠華であれば例えナイフを心臓に突き立てられようが傷一つ付かないが、それは瑠華の望む“人”では無い。
であるならば、あくまで人の領域で戦う必要がある。
「ふっ!」
その事を念頭に置いた上で、瑠華が短く息を吐きリトルゴブリンへと突っ込む。
乱戦であれば刺突は厳禁。ならばと先頭にいたリトルゴブリンの首元を掻っ切る。
「ギュェ…」
「汚らしい声じゃの」
切り付けたリトルゴブリンの腹を蹴って後続の足止めをしつつ、飛び掛ってきた相手の腹を突き刺してそのまま前へと投げ付ける。
投げられたリトルゴブリンは後続に衝突した後、絶命した事でその姿が塵となった。
「残りは三かの」
内一体は瀕死で、もう一体はそれに動きを邪魔されている為にまだ動けない。
その隙に残った一体の首を跳ね飛ばし、残った二体の腹を纏めて穿いた。
「ふむ…もう居らんな」
少し耳を立てて音を拾っても、増援の様子は無い。その事を確認してから構えを解き、後ろを振り返った。
「終わったぞ」
「……すっご」
「本当に援護要らなかったわね…」
今の瑠華の動きは、梓沙から見ても一対多の模範的な動きであったと言わざるを得ないものだった。
……まぁあくまで模範であり、出来るかどうかは無視されるが。
ドロップアイテムを用意した鞄に仕舞い、奏達の元へと戻る。
「奏の場合はあの様に立ち回るのは少々厳しかろう。多に囲まれた場合は、一対一を何度も相手に押し付ける戦いを意識すると良いぞ」
「意識する事と実行出来るかは別問題だよ!?」
全くもって正論である。
「ま、まぁ取り敢えずこの階層でも手間取ることは無いと分かったわね。経験値的に考えると、奏ちゃんが基本前に居た方がいいかしら」
「分かりました…」
「瑠華ちゃんは周辺の警戒と万が一のサポートね。魔法は使えたりする?」
「出来ん事は無いのう」
実際のところ出来ない事を探す方が難しかったりするが…それは今は置いておく。
「瑠華ちゃんって火属性使えたよね」
「まぁ使えるが…ダンジョン内部で火というのは如何なものかのう?」
空気の流れはあるとはいえ、閉鎖空間である事は変わりない。であれば、無闇に火属性の魔法を使うのは憚られる。
「あぁそれなら問題無いわよ。ダンジョンその物が空気を循環させているから」
「……成程のう」
ダンジョンとは生き物である。であれば当然“呼吸”もするのだろう。
(…ならばモンスターは囮…いや、撒き餌かの?)
そしておびき寄せるのは人間。実際はどうであれ、瑠華にはその構図が浮かび上がった。
「ダンジョンに
「え? えぇっと…一応亡くなった探索者の遺体がダンジョンに吸収されたという報告はあるわね」
その言葉が本当なのだとすれば、少なくとも生きている状態の人間を飲み込む事は無いのだろうと一先ず安堵する。
「瑠華ちゃんそんな事聞いてどうしたの?」
「いや少し気になっただけじゃよ。そろそろ進もうかの」
「うんっ!」
もう梓沙との会話が抜け落ちたのかタッタッタと軽快に走り出した奏の後を、苦笑を浮かべながら追い掛ける。それでも頭で考え続けるのはダンジョンの事だ。
ダンジョンとは未だ解明されていない事が多い。だがそれを解き明かす必要も今は無いと瑠華は思う。
(今は奏さえ笑顔ならばそれで良い)
昔から人は好きであったが、ここまで個人に入れ込むなど瑠華自身も予想していなかった。
それが悪い変化なのか問われればそうでは無く、瑠華はその感情に戸惑いながらも毎日を何だかんだで楽しんでいた。
「瑠華ちゃん助けてぇぇ!!」
「……今行く」
溜息を吐きつつ奏の元へと駆け出せば、そこには数体のリトルゴブリンに加え、一体のウルフ相手に逃げ回る奏の姿があった。
「《穿て》」
短い詠唱が聞こえた瞬間、瑠華の後ろから水の槍が数本飛び出し、二体のリトルゴブリンの額を撃ち抜いた。
「残りは三…でもウルフがここに居るなんて…」
「考えるの後じゃろう」
「そうね。奏ちゃん! こっちに!」
「はいっ!」
こちらへと駆け込んできた奏とスイッチするように瑠華が前へと出て、薙刀の刃に指を這わせた。
「確か…エンチャント、じゃったかの」
その言葉と共に刃が焔に包まれる。エンチャントとは、武器に属性を纏わせる魔法である。
熱せられた刃が、向かってくるリトルゴブリンの腹を容易く貫く。しかしそれだけであれば、エンチャントする意味は無い。
「喰らえ」
エンチャントの最大の特徴。それは、至近距離からの魔法の即時行使である。なのでエンチャントとは、アイドリング状態の魔法とほぼ同じものだと言える。
焔が揺らめいてリトルゴブリンの腹を貫通すると、後続を全て巻き込んで燃え上がった。
「ガウッ!!」
だがリトルゴブリンよりも素早さがあるウルフは、その焔から逃れてしまう。
「はぁぁっ!」
「ガウッ!?」
だが逃げた先には、既に奏が待ち構えていた。
大きく前へと踏み込みながら全力を持って振り抜かれた刀は、見事にウルフの首を捉える。
刃が食い込み、僅かに毛皮によって抵抗される。その手から伝わる感覚に、焦りが浮かぶ。
このままでは決めきれない。
もっと速く。もっと鋭く。もっともっともっと…っ!
「いっ…けぇぇっ!!」
その時。カチリと奏の中で何かがハマった感覚がした。
食い込んだ刃に、ギラついた魔力の光が灯る。
刃が、通る。
「っ、はぁっ…やっ、た…!」
ベシャリと首を無くしたウルフが地面へと横たわる。それを確認して、いつの間にやら張り詰めていた力が抜けるのが分かった。
「あっ…」
「おっと。大丈夫かえ?」
カクンと膝から崩れ落ちた奏の身体を、飛び込んできた瑠華が抱き留めた。
「えへへ…どうだった?」
「うむ。見事であったぞ」
「ふふん。私だって、やれば……」
そこで奏の意識が途絶え、瑠華の腕に倒れ込む。
「…“スキル”の発現による反動ね。それも多分固有。体調に影響は無いはずよ」
ダンジョンが現れた事で現れた一つの特殊な力。それがスキルである。
スキルには種類によって強弱があり、これもまたランクによって分けられている。スキルには今ところ様々なものが確認されているが、その中でも“固有スキル”と呼ばれる物は、発現した本人にしか使えない類のスキルだ。
「固有スキルは強力な武器になるから、瑠華ちゃんが導いてあげて」
「そうじゃの」
どれだけ強力で優れている力であったとしても、扱い切れない力はただ無駄にしかならない。適切に使ってこそ意義がある。
「帰りましょうか。奏ちゃんは…」
「妾が運ぼう。荷物を頼めるかえ?」
「ええ、勿論」
最後にちょっとした大きな戦闘はあったものの、こうして無事に実地試験を終了する事が出来た事に人知れず安堵する。
(これから忙しくなりそうじゃのう…)
内心でそんな事を思いながらも、瑠華の表情は明るかった。
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