第47話 新妻を拾う

 桐島クランは、旧新宿駅迷宮に捨て置かれていた地下鉄を魔法で一時的に復旧させると、風間ヤオとヨナ、そして森田とニセ風間(立花詩織)を乗せて、安全な場所まで逃げた。


 聖戦の被害を受け放置されたままの都営六本木駅から、地上に戻る。


 聖戦以降、六本木の復旧ぶりは目覚ましいものがあり、ひまわりのような勢いでビルがニョキニョキ生えている。

 街を行き交う人たちの足取りも軽い。

 

 賑やかな繁栄を目の当たりにすると、今までのことは夢だったのかと、奇妙な感覚に陥るヤオたちであるが、こういうときすぐに現実に戻るのが、森田という、極めて楽天的な男である。


「じゃあ、俺は行くぜ。面白かったよ」


 彼が背負うリュックには、幻の素材ホクサイがびっちり詰まっている。


 旧新宿駅の最下層にあった破壊派の倉庫には、ホクサイ地金がたんまりと置いてあった。

 ヤオたちはきっちりそれを四等分に山分けした。

(地金とは素材を貯蔵しやすい形に固めたもので、金の延べ棒の紺色バージョンだと思ってください)


「しっかし、ビックリするほど軽いな……」


 わざとらしくピョンピョンと跳びはねる森田をクランは呆れたように見る。


「くれぐれも扱いには気をつけて。希少すぎるのでマーケットに出すと悪目立ちして新政府のターゲットになります。売るにしろ使うにしろ、慎重に……」


 森田は笑う。


「わーってるって! 俺だってバカじゃない。うまく使って、本業に戻るよ」


「成功を祈っております」


 適当に健闘を祈るクラン。

 あの男なら大丈夫だという信頼感はあるにはあるが、こいつ、どっかでやらかすかもしれないという危なっかしさもあった。

 カレンほどではないが、ボロを出さないように少し仕込んでおくべきでしょうか、なんておっかないことも考える。

 けれどヤオが絶対許さないだろう。


「なあ兄ちゃん、ひとつ聞いていいか」


 森田は笑顔を消して、珍しく真面目な顔でヤオを見た。


「なんでしょうか」


「あんたが本上なのか、風間なのか、まあ、それはどうでもいい。だけどこれだけは聞かせてくれ。いったい、あんた何がしたいんだ?」


 ヤオはすぐ言った。


「人をたくさん殺したのに上手いことそれを隠して、あり得ないくらい高い地位に就いてる嘘つき野郎を引きずり下ろしたいんです」


「仇討ちと来たか。決行はいつだ?」


 ヤオは首を振る。


「決めてません。仕事柄、こつこつ行きたいんです。まずは嘘つき野郎がいる場所と同じ地位に登ること。それから叫びます。あいつは人殺しだって」


「そのためのホクサイか。どうやら順調のようだが、差し支えなければ、その人殺しの名前を聞いていいか?」


 ヤオはクランをチラリと見た。クランは頷く。ヨナも頷く。

 そしてニセ風間さんにもチラリと視線を送ったが、ニセ風間さんは何も言わない。

 

 以上の結果、ヤオは言った。


「上野竜也です」


「そうか。俺もそうだと思ってたよ」


 すぐさま森田は名刺を差し出した。


「何かあったら連絡しろ。最優先で何とかしてやる。金も取らん」


「ありがとうございます」


 こうして森田は自分の居場所へ帰っていった。

 その姿が見えなくなるまで見送ったあと、満を持してニセ風間さんがヤオとクランに頭を下げた。


「それでは私はこれで」


 コンビニで買ったエコ袋にホクサイを詰め込んで去って行こうとする中年の姿をした掃除屋の詩織に向かって、ヤオはあっさり言った。


「立花詩織さんですよね」


 ズバリ言い当てられ、詩織は観念したように目を閉じた。


「……さすがです。その心の目ですべてを見極めておられたのですね」 


「ああ、いや。あなたが全力で剣を振る度に変身が一瞬、解除されてたから……」


「……」


 やっべ、まじか、という顔をする詩織。


「冒険者の人たちが別れ際にまさかあの人って囁いてたんですけど、楠木さんがいちいち騒ぐなって言ってくれたんで、大丈夫だと信じて良いと思います」


「さようですか」


 詩織はピッと変身を解いた。

 あの凜々しかった少女は、三年の時を経てすっかり大人の女性になっている。


「ご迷惑をおかけしました……」


 頬を少し赤くして、うつむく詩織。


「何言ってんですか。むしろ助かりました。来てくれなかったら、今頃どうなってたか。それに……」


 ヤオは詩織を見て心から言った。


「良かった……。本当に良かったです。無事に生きていて」


 その言葉に詩織はううっと泣きそうになったが、こらえた。

 武士は人前で泣くもんじゃないと祖父に言われていたのだ。


「風間さまも、ご無事で何よりです……。行方不明という扱いではありましたが、私は正直、諦めてしまって、その時点で、私も死んでいたのです……。だからこの三年は……」


 それ以上何も言えなくなる。


 ぷるぷる肩を震わせる詩織を見て、ヤオは元から言おうと思っていたことを、口に出した。


「行く当てがないなら、一緒に行きませんか?」


 しかし詩織はそれを拒否する。


「私は戸籍上、死んだ人間です。私が望んでそうしたのです。それが私の祖父や部下を守るためだと思ったからです。私は表を歩くことができません。もし生きていることが知れたら、きっとあの男は、散り散りになっている私の部下を次々と殺していくでしょう」


 ヤオは痛みを覚えた。

 やはり部下を人質に取られたから上野の嫁なんてことになったのか。

 それが嫌だから、何らかの手段を使って詩織は自らの死を偽装し、上野はあのお涙頂戴のエピソードをこしらえたのだ。あのカレンのように。


 詩織の話を聞いていたクランはふっと溜息を吐いた。


「死んだ人間のせいにするのが一番楽で効果的。つくづくヤオの言葉の正しさを思いしります。けれども詩織さん。ここにいる皆全員があなたと同じです。表を出歩けない、死人みたいなもの。今さら一人増えたところでどうということもない。むしろお掃除をするなら大勢いた方がいい。最近学んだことです」


 そうよそうよとヨナも吠える。


「遠慮するのは止めて、一緒に来なさい。それがあなたのため、ヤオのため、ヨナのため、そしてクランのためです。」


「クラン……」


 詩織は初めて、桐島さんの名前を耳にした。

 それだけで気づき、そして面食らった。


「桐島クラン……?! どうしてそんな……。まさか……、ほんとに」


 クランはそれ以上何も言わない。

 いつものごとく、ふふふと笑うだけだが、まるで詩織に見せびらかすように、ヤオの腕に手を絡めて、


「さあ、行きましょう」


 と歩いていく。


 通りを行く人たちが、クランの美しさにビビり出す。

 その笑顔。スタイル。歩く度に凜と揺れるボブカットの髪。


 とんでもない美人が歩いていると、スマホをかざす女性もいるくらい。


 そして隣にいる男を見て、


「あのおっさん、いくら払ったのかな」


 としょうもないことを口にする奴もいた。


 けれどもクランは機嫌が良かった。


 詩織はそれ見て、なぜだか急に不安になった。


「あっ……」


 歩いて行ってしまう二人を見て、置いてけぼりを喰らった気持ちになった。


 ヤオが戸惑いながら、先を行っちゃ駄目でしょとクランに文句を言う姿を見ていたら、なんだか、くすくすと、おかしくなってきた。


 行かないの? と心配そうに見てくるヨナに、


「大丈夫、行きましょう」


 と笑顔で答えて、自らも歩き出した。

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