第46話 総合評価
カレンは十六人の冒険者に死刑宣告をしたあと、仕事は終わったとばかりにノートパソコンを閉じ、近くのコンビニで買ったミルクロールパンをちょびちょびと食べていた。
例によって五人のボディーガードがカレンの周りにいるが、そいつらを押しのけて、二人の役人がカレンに近づいた。
おびえと不安と少しの苛立ちが、二人の表情から垣間見えた。
「あの、カレンさま。さっきの話は本当なんでしょうか……」
腫れ物に触れるように尋ねる役人。
カレンの手によって大勢の冒険者と掃除屋が死んだとき、なんだかんだで人件費が浮いたと失言して、森田をイラッとさせた男である。
「さっきの話とはなんですか」
役人を見ないまま、買ったパンの成分表をぼんやり眺めるカレンである。
「いやその、ダンジョンにいる連中に、あなた達は死ぬって……」
「その通りの意味です」
その言葉にもう一人の役人が、青ざめた顔で詰め寄る。
「いくらなんでもそれはひどすぎます! もしこれが表に出たら、大変なことに……」
このやり取りが二人の最後の言葉になった。
屈強なボディーガードに羽交い締めにされ、口を強引に開かれ、ヤバい薬を放り投げられて、ぶるぶると小刻みに震えた後、口から泡を吹きながら死んだ。
カレンはそれを見て、ぼんやりと言った。
「何も言わなければ良かったのに」
ボディガードはカレンの許可を得て、死んだ役人二人を抱えて、要塞の地下に潜っていく。公にしたくない死体を処理するのにダンジョンほど便利な施設はない。
一人になったカレンは、スマホを取り出し、SNSのアプリを立ち上げようとした。
その時、着信が入った。
画面に表示された、オリビア・Sという文字を見て、カレンは真っ青になった。
意味もなく立ち上がり、意味もなく髪を整え、意味もなく服の乱れを直し、意味もなく部屋の隅に移動して、意味もなく姿勢を真っ直ぐにして、
「お久しぶりです、お母さま!」
と無茶苦茶元気に叫んだ。
しかし、声の主は全くの別人だった。
あの忌々しい掃除屋の女だった。
「母親と話すだけでそんなに緊張するんですね。思った通り、あなたはお母さんが怖くて仕方ないんでしょう。いつ捨てられるかビクビクしながら毎日を生きている。見限られたくないから、つまらない仕事をする。確かにオリビアは使えないと思った人間は身内ですら切り捨てます。とはいえ、そんな動機で仕事をするから、大事なところでミスをする。つまりは雑です」
いつものように知ったような顔をして生意気なことを抜かしてくる掃除屋の女であるが、カレンはイラッとはしなかった。
むしろ怖くなっていた。
足が震え、おしっこを漏らしてしまいそうなくらい緊張していた。
「……どうして」
カレンの予定通りなら、この女はとっくに死んでいるはずだ。
あんなにたくさんのタイタスを放り込んだのだから、生きているはずがない。
「どうしてよ!」
取り乱すカレンに対し、桐島クランはあくまでも冷静だ。
「指揮官というものは、その作戦において何が起こりうるかすべて思案し、そのすべてに対策をしておくことが役目です。あなたはそれができていない。追い込まれた冒険者が死に物狂いでタイタスと戦えばわずかでも勝つ可能性がある。それを予想していましたか?」
「……」
「それともうひとつ。あなたの素晴らしい力でとても立派な要塞ができましたね。そのせいで、ゴーストタウンだった新宿の広範囲に魔力が流れていって、死んでいた都市機能がいくつか復旧したことを予想していましたか?」
「え……」
「してませんか。ではもうひとつ。蜘蛛の巣のように張り巡らされた東京の地下鉄の路線図をすべて把握していましたか? してないでしょうね。ですがあなたが無残に殺した掃除屋の皆様はきっちり地図にまとめてくださってましたよ。あの大戦以降、捨て置かれたままになっていた地下鉄の車両が、どこに放置されているか。あれだけ大勢の掃除屋を雇ったなら、彼らから情報を仕入れておくべきでしたね」
「……!」
カレンは思い出したように、テーブルの上に置いてあった起爆装置のスイッチを押した。
遠くでズーンと音がした。
旧新宿駅迷宮がある場所から大量の土煙が上がっている。
さっきまでそこにあの馬鹿女がいたはずだが、
「無駄です。誰もそこにはいません。あなたが新宿に大きな魔力を通してくれたおかげで、放置されていた地下鉄を簡単に復旧させることができました」
「……」
過呼吸になってくるカレン。
まずい、まずいぞと、頭が真っ白になっているらしい。
「とはいえ電力なしの魔法仕掛けですから完全な修復とは言えません。走る速さも亀のよう。それでも旧新宿駅にとても強い掃除屋の女性を送り込むことはできるし、タイタスを倒した後で、同じ地下鉄に乗ってみんなで帰ることもできる」
「……ああもうっ!」
完全に出し抜かれたことを知って、カレンは膝を突いた。
クランの話は終わらない。
「命がけで戦った十四人の戦士が戻ってきます。彼らにおめでとうと言ってあげなさい。予想以上の戦果だったから報酬を十倍にするとでも言えば、皆、満足して家に帰るでしょう。それ以上は何も求めないはず」
「……ちょ、ちょっとまって、十四人って今」
あの迷宮にいたのは十六人だったはず。
その数の違いが何を意味するのか、カレンにとって最悪な展開が待っている。
「ワタクシたちは十四人とは別の道を進んでいます。全部終わった後であなたがこっそり拾いに行こうと考えていたものを先に取りに行くつもりです。きっと、オリビアが心の底から欲していたものでしょうね。確か、ホクサイという……」
「待って! それだけは持っていかないで!」
カレンは衝撃のあまり自分の髪の毛を強く引っ張っていた。
「この街はお母さまが戦争で勝って手に入れたもの! あんたたちが手に入れて良いものじゃない! お母さまのものなのよ! 泥棒はやめて!」
泥棒。自ら口に出した言葉にカレンはハッとした。
「そう泥棒よ! 冒険者でないやつがダンジョンの素材を拾うのは法律で禁じられているでしょ! ホクサイを持って逃げたりなんかしたら、あんたたちはみんな重罪人になる! それでもいいの?! どこにいようと追われるわよ!」
ここで電話の主が変わった。
「残念ながら、泥棒じゃねえんだよ、お嬢さん」
森田である。
彼は元弁護士であるが、仕事がなくなっただけで資格を失ったわけではない。
「あいにく俺たちは掃除屋でね。掃除屋が関わってるダンジョンに関しては、何を拾っても掃除屋の所有物として認められる。知ってるかい。あんたのお母さんが惨めな俺たちを思って特別に作ってくれた救済措置だよ。(第一話参照)」
「……ええ?」
「それでもホクサイを寄こせというなら、森田法律事務所に電話しろ。法廷で話しあおうじゃないか。知られたくないこと全部さらけ出しても良いならな」
「……そんな」
そして電話の主がクランに戻った。
「それでは失礼します。また会えるでしょうね、きっと」
短い間でカレンは汗びっしょりになっていた。
「あんた……、いったい、私達に何の恨みがあるのよ」
「ありません」
「じゃあ、なにがしたいってのよ! こんなめちゃくちゃして!」
クランは少しの間、考えた。
「何がしたいと聞かれたら、それを探しているといったところでしょうか」
そして電話は切れた。
カレンは脱力したまま、動けない。
「……なんなのよ……」
そんなことを呟いていると、役人の死体を始末してきたボディーガードが戻ってきたが、カレンの様子がおかしいことに動揺する。
「カレンさま、体の具合が……?」
見当違いの気配りにカレンは口をゆがめて立ち上がった。
「冒険者はもう要塞に戻っていますね」
「ええ、全員」
「では行きましょう」
それからカレンは広間に集まっていた冒険者の拍手喝采を受けた。
悪魔はすべて死んだ。
旧新宿駅迷宮も崩落し、主人と帰る家を失ったモンスターは壊滅状態。
こんな激しい戦いを一日で終わらせ、死者もなければ怪我を負ったものもいない。
大勝利である。
何もかもがあなたの言うとおりになった。
さすがオリビアの娘だと、カレンの功績を称える大勢の冒険者たち。
しかしその中で、拍手をせず冷たい眼差しでカレンをじいっと見る十四人の冒険者が紛れ込んでいた。
カレンを試すように見つめる倉田と楠木の姿を確認したカレンはマイクを手に取り、冒険者に言った。
「ありがとうございます。皆さんのおかげで十分な成果を得ることができました。私が予想していた勝利をはるかに越える結果になりました。それで、これは私の独断ですけれど、本来取り決めていた皆様への勝利報酬を大幅に上乗せして……」
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