第43話 真実(悪魔の過去)

 アクリル製の大きなカプセルの中に生ぬるい液体が満杯状態。

 彼はそこで生まれた。


 白衣を着た男たちが渋い顔で彼を見ている。

 ガッカリしたように首を振った。


 女神オリビアがどこからかやって来て、カプセルの中にいる彼を見つめる。


 ヤオにとって、新生の女神オリビアはいつも怒った顔をしている神経質な女性というイメージしかない。

 若い頃と今の写真を見比べても同一人物とは思えず、劣化の代名詞といえばオリビアというくらいだし、「どうしてこうなった」とネットの玩具にされるのもオリビアだった。


 しかし、目の前に立つオリビアは正真正銘、あの妖精のオリビアだった。

 女神の突然の来訪に慌てて頭を下げる白衣の男たちに、気にしないでと満面の笑みを見せる姿に、ヤオもぽーっとなってしまうほどだった。


 白衣の男は、オリビアにこう言った。


「残念ですが、五匹とも成功とは言えません」


 オリビアは首をかしげる。


「姿だけ見れば完璧に近いのに? 魔力のレベルも高いけど……」


「確かにその点で言えば申し分ないのですが、いかんせん、メンタルの面で目標値とは大きくかけ離れています」


「メンタル……」


 腕を組み、アヒル口になるオリビア。

 若い頃は金髪もふわふわと美しい。

 出産の痛みを無くすための魔法を自身にかけ続けているうちに、汚れたモップをカツラにしているようなヘアになってしまったのも有名な話だ。 


「説明してください。メンタルが足りないとはどういう意味ですか」


「破壊派の作る悪魔は、クビだけになっても相手を殺そうと牙をむく極限の闘争本能を備えています。しかし、今回仕上げた五匹ともに、戦いに適した要素は欠片もありません。例えるなら、あいつを殺せと命じても、なぜですかと尋ねてしまう。戦争を仕掛ける前にまず相手と交渉しようとするといった、兵器とするには必要のない理性が生まれているようなんです」


 オリビアは頷いた。


「限りなく人に近づこうとする悪癖から逃れられない?」


 白衣の男たちは残念そうに頷いた。


「破壊派の連中と我々のやり方にどれくらいの違いがあってこういう結果になるのか、それもわからない状態でして……」


 その瞬間、オリビアの表情が変わった。

 もうここにいる意味はないと、すべてを見限る氷のような眼差しになった。


「では、この企画はここで打ち切りましょう。タイタスの開発に即時切り替えてください」


 白衣の男たちは大いに慌てた。


「待ってください! ここまで作った以上、五匹をそのままにしておくのは危険です。彼らは成長しています!」


「どういうことです?」


「今後どうなるかわからないから、危険だということです!」


 もうひとりの科学者も訴える。


「その通りです。万全な処理をして消滅させなければ、破壊派を飛び越えて、人類全体にとって脅威となってしまう可能性も」


 しかしオリビアは言った。


「新宿のダンジョンの奥底にでも放り込んでおけばいい。あそこは激戦区です。これくらいの悪魔、放置しておけば誰かに殺されるでしょう」


「ですが……」


「何かあったら、破壊派の作ったモンスターが進化したとか、適当に言えばいい。今さら誰も私たちを疑ったりしません。戦争に勝っているものだけが許される特権です」


 その言葉で男たちを黙らせると、オリビアは疲れたように溜息を吐いた。


「とはいえ、どうしたって私はクランの魔力には勝てないのですね」


 どこかに去っていくオリビア。


 後に残った白衣の男たちは「ふうう」と一斉に脱力する。


「本当にあの人は怖いな。使えないと思った奴は速効で見限るんだから」

 

 まったくだと頷く男たち。


「仕方ない。姥捨て山に行くとしよう」


 一人の男が笑えない冗談を言いながらカプセルのスイッチを押す。

 

 記憶はここで途切れた。



――――――――――――――――――――



 真っ暗闇の中、ヤオは、生き残った最後の悪魔と見つめ合っている。


「君はオリビアによって作られたんだね。破壊派じゃなかった」


 頷く悪魔。


「ここから出て行けなんてわざわざメッセージまで送るなんて、本当にあの男たちの言うとおりになったわけだ」


 うつむいたままの悪魔。

 その腰から大量の血が流れている。


「もうすぐ君は死ぬ。それはわかるね」


 小さく頷く悪魔。

 

 ヤオはふうっと息を吐き、覚悟を決めて言った。


「君の力をくれないかな」


 悪魔はその顔を上げてヤオを見る。


 とうとう彼は口を開いた。


「俺に何を望む。この、出来損ないの死に損ないに」


 低い声だ。聞いているだけで腹を殴られたような重さを感じる。


 全身毛むくじゃらだから、その瞳は見えないけれど、彼に試されていると感じたヤオは、正直に胸の内を話した。


「復讐をしたい」


 すると悪魔は言った。


「お前に一番あわない言葉だ。我々にすら同情を覚える弱いお前に復讐などできるはずがない。つまらん正義感で復讐は果たせぬ。途中で飽きるからな。きさまには憎悪が足りないのだ。絶対に殺すという圧倒的な憎悪が」


「わかってる。だから君に助けて欲しい」


 悪魔はすぐに答えた。

 その声は愉悦に満ちていた。


「良かろう。いずれ俺がお前の中でお前を食い潰しても文句は言うなよ」


 そう言い終えた後、ヤオは意識を失った。



――――――――――――――――――――



 一方、楠木は瀕死の悪魔にトドメを刺そうと、短剣を手に取り、悪魔の首を切り裂こうとしていた。


 しかし、すぐにその手を止めた。


 穴が開いていた悪魔の腹部が自然に治っていくのである。


「なんだこれは……!」


 傷が塞がり、自力で起き上がれるまでに回復する悪魔を見て、楠木はすぐに後退し、銃を構える。


 しかし、戦いは起きなかった。


 悪魔の体が塵になっていく。

 大量の塵が宙を舞い、楠木の後ろにいたヤオの左手に吸い込まれた。


 その一部始終を見た楠木は、何が何だかわからず、あまりにも意味不明だから、ついに笑ってしまった。


「何という人だ、あなたは」


 静かに首を振るヤオ。

 楠木は力強く部下に言った。


「最下層に行こう。終わらせるんだ!」

 

 おおというかけ声と共に兵士たちは先を進む。


 残されたヤオは、塵になった悪魔が残していった遺品を回収した。


 指輪だ。


 ヤオの指輪と同じく逆三角形のシンボルがしっかり刻まれていた。

 そう、新生派の紋章だ。


「やっぱりか……」


 破壊派の作ったモンスターが主が処刑されたことで置き去りにされ、成長し、悪魔になったと聞いていた。

 しかしそれは嘘だったのだ。


 破壊派の指導者であったクランは得意げに言う。


「クランたちが作ったモンスターが悪魔になるなんて、絶対にないのです」


「そうですね。クランはずっとそう言ってましたね」


「あなたがクランに言ったことを覚えていますか? クランは一生忘れることはありません。死人のせいにするのが一番楽だと」


「確かに言ったかもしれない」


「オリビアは自分たちが作った悪魔の存在を隠したくて、嘘をついていますね」


 だからこそ、ヤオは怖くなっている。

 白衣の男たちの言うとおりだ。

 オリビアという人は容赦なく人や悪魔を見限る。


「クラン、これからどうなるのか……」


 それでもクランは笑う。


「安心なさい。クランは言ったでしょう? 決してあなたを傷つけないと」


「わかってます。だけど……」


 クランはその細い指をヤオの口に当てた。


「何も心配しないで。手は打ってありますから」


 そしてクランはヤオの手を取って楠木のあとを追いかけた。

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