第42話 新宿区 悪魔掃討作戦 その4
旧新宿駅ダンジョンに飛び込む別働隊。
二人の兵士が武器を銃から短刀に持ち替え、身を低くして先頭を走る。
楠木ともう一人は変わらず銃を構えてそのあとを行く。
飛び込んでくるモンスターの攻撃を先頭の二名が機敏な動きで避け、短刀で鋭い一撃を食らわす。
ダメージを受けて怯んだ敵を楠木ともう一人が銃で確実に仕留める。
ヤオは、そこまでしなくていいのにってくらいに強力なシールドを左手から展開して、先を行く四名を補助。
クランは最後尾で、背後から不意を打ってくる敵をゆったり炎で追い払う。
さらには、
「あっちに一匹、こちらに三匹、角のところに二匹待ち伏せ」
と、的確な指示で楠木たちをナビする。
なんだかんだ、この六名はバランスが取れていた。
こんなにスイスイ進んで大丈夫かしらと楠木が逆に不安になるくらいに、迷宮を駆け下りていく。
かつては人であふれていたという新宿駅の名残を横目で見ながら、着実に奥へ、そして地下へ。
しかしあとちょっとで最下層という段階でヤオと楠木の足が止まった。
二人の考えは共通している。
「地図と違ってきた……」
地図にない道ができていたり、あるはずの階段が土壁で埋まっていて通れなくなっていたり。
敵が対策をしていることは明白だろう。
そして極端に細長い通路に辿り着く。
二人が横並びで歩くことすら難しいくらいの狭さだ。
ここを通らないと、目的地に辿りつけない。
おまけに魔法を使って意図的に暗くしているようで、先がまるで見えない。
誰がどう考えたって、敵が待ち伏せている。
射程に入るやいなや集中放火を喰らうだろう。
楠木は苛立ちのあまり、ドンッと壁を殴った。
「敵が迷宮を改装していることなんて聞いてないぞ! 調査すらしてないじゃないか! ホントにそれで勝つ気でいたのか!」
それは総司令がカレンで、そこんところが雑で、だけど今まで上手いことやってきたから誰も疑問に感じてこなかっただけ。
ただカレンだけが悪いわけではないことも楠木はわかっているが、それでもやっぱり腹は立つ。
先に進むべきか、来た道を戻って別の道を探すか、そもそも迷っている時間はあるのか、考えあぐねる楠木に、ヤオがゆっくり近づいた。
「俺の出番ですよね。俺が盾になって進んでいけばいい」
楠木は情けない顔で頷いた。
「またしてもあなたに負担をかけることになるとは」
気にしないでと首を振るヤオに、クランがぴたりと身を寄せる。
「クランが敵の攻撃を見極めます。どうすれば打開できるか指示をすぐ出すから、それまでは耐えて」
「わかりました」
深呼吸を三回、両頬をひっぱたき、ゆっくりと前へ。
左腕に宿る聖剣百鬼の力をフル稼働して、強力なバリアを展開する。
敵の一撃が来た。
通路の奥で待ち構えていた二匹の悪魔が全力全開で仕掛けてきた。
炎、氷、石、電撃。
ありとあらゆる魔法がヤオを襲う。
百鬼の防壁は攻撃をすべて跳ね返す。
その度に壁が剥がれ、石が飛び散り、花火のような閃光がきらめく。
「うぐぐ……!」
攻撃を受け止める度に、ヤオの体が少しずつ後退していく。
クランの声が聞こえた。
「10数えたらヤオは地面に伏せてください。その瞬間が好機です」
五人の男たちは同時に叫んだ。
「了解……!」
カウントが始まる。
いち!
にい!
さん!
楠木が部下に怒鳴った。
「攻撃の出所をたどって、相手の立ち位置を見極めろ!」
よん!
ごお!
「うがががが!」
手が震える。
足が痺れる。
歯を食いしばり過ぎて、口から血が出てきた。
弾けた壁の一部がヤオの頬を切る。
滝のように血が流れてもヤオは耐えた。
ろく!
なな!
「きっつい……!」
とうとう弱音をこぼすヤオ。
攻撃の圧で跳ね飛ばされないよう、楠木たちがヤオを支える。
「大丈夫だ!」
「もう少しです!」
「相手も疲れてきてる!」
「いけます!」
四人の励ましがヤオの燃料になる。
はち!
きゅう!
楠木が叫ぶ。
「一撃で決めるぞ!」
「10!」
地面にバタリと倒れるヤオ。
悪魔もスタミナが切れて、攻撃が止まる。
一瞬の静寂を、四発の銃弾が切り裂いた。
悪魔に対し最も有効とされるゴーレム弾が二匹の頭と腰に撃ち込まれる。
その銃弾は敵の体内で弾けるので、一匹は頭が弾け、胴体だけの死体になる。
もう一匹は腰を砕かれ、うずくまって動けなくなった。
「やったぞ!」
歓声を上げる楠木たち。
「やりましたよ!」
倒れたままのヤオの背中をトントン叩いてその健闘を称えると、集中力を高ぶらせて、ゆっくり前進する。
「一匹は完全に仕留めた。もう一匹は瀕死状態だ。ゆっくり近づいてトドメを刺す。反撃に備えとけよ」
銃を構えながら慎重に歩を進める四人の兵士。
後に残ったクランはヘロヘロになって動けないヤオを抱き起こした。
「ごめんなさい。こんな時に動けないなんて……」
「謝る必要などありません。本当によくやってくれました」
いつもの魔法でヤオを風船のように浮かせてしまえば良いのに、それをせずに自力でクランはヤオを背負った。
もしこの場にクランをよく知る女神オリビアやレメディオスがいたら、その目を疑ったことだろう。
ヤオの重みを感じることが、この戦いにおけるクランの糧だった。
「ヤオ。クランはわかっています。死にゆく者を見てあなたは辛い思いをしている。悪魔と呼ばれるケダモノにすら、あなたは心を痛めている」
ズバリ言い当てられて、ヤオは力なく笑った。
爆発に飲み込まれる寸前の、クランの魔法によって地面に押しつけられていた三匹の悪魔のもがき。
目の前で頭を砕かれ、胴体だけになった悪魔。
腹に穴を開けられて、その中身を床に垂れ流しながら、ぶるぶると震え続けて、ただ死を待つだけの悪魔。
「どうしても可哀相だと思っちゃうんですよ。甘ちゃんどころの話じゃない、本当に情けないとは思うんです。あいつらに殺された人たちもいるし、今も必死に戦ってる冒険者だって必死なのに」
しかしクランは言った。
「あなたに宿る聖剣の名は百鬼。その名の通り、百の鬼を斬ることができる剣であると同時に、百の鬼を従わせるための器でもあります」
その言葉にヤオは反応した。
「うつわ……」
その言葉に異常に惹かれる。
「敵を倒すのではなく受け入れる器。ありとあらゆる違いを飲み込む器。人もモンスターも悪魔もみんな仲良くできるというのがレメの口癖でした。だからオリーはその剣を百鬼と名付け、クランがそれを形にしました」
クランは言っていた。
立川にあった心柱の剣は、三人の女神の力がこもっている世界でただひとつの武器だと。
それが今、ヤオの手にあって、その名は百鬼という。
「クランには壊す力、冒険者には守る力がある。だけど世界でただ一人、あなたにしかない力があるのです。やってみなさい。どうすればいいか。あなたはもうわかっているはず」
「……」
ヤオは静かに目をつむった。
眠るのではない。
意思を溶かす。
かつてヨナに触れて、その過去を見たようなことが、きっとまたできるはずだと。
腹に穴を開けられて、今その命を終えようとしている一匹の悪魔に向けて、ヤオは百鬼の力を解放した。
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