第44話 カレンの本音
新宿の悪魔掃討作戦は、結果だけ見れば、カレン側の大勝利といって良いほどの結果を得ようとしている。
主犯であった五匹の悪魔はすべて戦死。
五匹がいたことで統制が取れていた集団なので、主がいなくなった時点で総崩れ。
別働隊が辿り着いた最下層にも大勢の敵がいたが、目隠しをしたまま戦っているような迷走ぶりだったため、楠木たちの相手ではなかった。
ヤオとクランに至ってはもうすることもなかった。
さらに倉田率いる援軍がダンジョンに突入。
カレンが今さら更新した新しい地図を用いて、別働隊のルートより効果的な動きで、ダンジョンに潜んでいたモンスターを確実に仕留め、内部を制圧していく。
倉田率いる援軍十名が最下層に辿り着いたときには、別働隊は既にモンスターの殲滅に成功していた。
倉田は自分たちの上げた戦果に興奮を抑えられない。
「五匹の悪魔相手に死者ゼロ、重傷者なし! 伝説だぞこれは!」
楠木は苦笑しながら、クランとヤオを見た。
「あの二人がいたおかげだ。いなけりゃ今も地上でチマチマ戦ってたはず」
「まあ、それもあるが、運も実力のうちってな」
そして倉田と楠木は最下層の中央にある、迷宮の心柱に近づいていく。
学校の体育館のようなだだっ広い空間に、2メートルを超える巨大な日本刀がふわふわ浮いている。
刃の色が血のように赤い。
見るだけで怖くなるおぞましい刀。
これが旧新宿駅迷宮の心柱だった。
ヤオとクランは離れた場所から、楠木が爆弾を仕掛けているのを見ている。
「あのエグい刀は誰が作ったんでしょう……」
「おそらくはオリビア。もしくはその弟子、あるいは新生派に属していた優れた魔術師、といったところでしょうか」
楠木は爆弾を慎重に心柱に近づける。
ピンポン球サイズの小型爆弾は、まるで衛星のように心柱のまわりをくるくるとひとりで回り出す。
ここまではカレンの指示通り。
楠木はカレンに支給されたスマホを使用して、小型爆弾の最終セットアップを行う。これもまたカレンの言うとおりに操作していた。
やがて満足げに頷き、待機していた皆に呼びかけた。
「爆弾を起動した。起爆は設定通り、一時間後だ」
倉田はおいおいと笑った。
「それなら歩いて帰れるじゃねえか。楽勝だな」
しかし、笑っていられたのはその時だけ。
最下層フロアに、カレンの声が響き出す。
「皆さん、ご苦労様でした。あとの処理はわたしがすべて行います。皆さんの仕事はこれで終わりです」
その言葉に、どういうことだとざわつく冒険者たち。
「この迷宮も、その剣も、私の母が作った素晴らしい工芸品です。壊すことなんてできるはずがない。だけど、その事実を知られてもいけない。ずっと秘密にしておかなければならないことです。母もそう言っています」
楠木は天井をにらみながらカレンに呼びかける。
「総司令。もっと詳細な説明をお願いします」
「なら言います。皆さんはここで死にます。知らなくて良いことを知ってしまったからです」
絶句する冒険者たち。
カレンの話は続く。
「皆さんはここで死にますが、その名は永久に歴史に刻まれるでしょう。破壊派が作った悪魔相手に勇敢に戦い、命と引き替えに新宿を救った十六人の英雄として。もちろん、残されたご家族が苦労しないよう賠償もちゃんとしますので」
倉田がべたっと地面に尻餅をつく。
やられた……と、小声で呟き、頭をかきむしる。
「言っておきますけど、逃げられませんよ。楠木さんが心柱と私の魔力を繋げてくれたおかげで、このダンジョンは私の思い通りに動くから」
楠木が仕掛けた爆弾には、爆弾以外の装置も仕込まれていたらしい。
騙されたと気づいた楠木もその場に倒れ込む。
指揮官二人が戦意を失ったのを見て、残りの冒険者たちもことの重大さを理解し始めてくる。
あと少しで自分たちはカレンに消されるのだと。
「タイタスって知ってますよね。私の母が作った、機械なのに魔法が使える小さなドローンです。いま、タイタスがそちらに十六機向かっています」
タイタスと聞いた倉田が悔しそうに地面を蹴った。
「タイタスが皆さんの前に現れるまで、十分間の猶予をあげます。知ってますか。割と十分って長いんですよ。その間に大切な人に遺言でも書いてください。ただし中身は精査しますので、ホントのことをもれなく書いたら、こちらで修正しますのであしからず。それでは」
そしてカレンは明らかにクランに向けて言った。
「だから言ったでしょ。どうせいつか人は死ぬって」
カレンの声が聞こえなくなった後、楠木は言った。
「すまない。巻き込んでしまった……」
すぐに倉田は言った。
「言うなよ。誰のせいでもない。カレンがオリビアの娘だってことを忘れていただけだ。いかにもあいつらがやりそうなことだが、いったい俺たちは何を見たせいで、死ななきゃならんのだ」
「あれを見てみろ。今頃気づいても遅いけど」
楠木は心柱を浮かせている台座に彫られた紋章を指さした。
「新生派の逆三角形じゃねえか……!」
全員が台座に近づき、紋章を見つめる。
誰もが同じことを口々に呟いた。
「ここは破壊派が作った迷宮のはずだ!」
しかしヤオがスマホに撮影していた写真を冒険者に公開したことで、彼らは真実を知る。五匹の悪魔を作ったのが破壊派ではなく新生派だったという事実だ。
倉田は思いもよらぬ真相を知って、驚きと怒りを通り越し、笑うしかなかった。
「あの悪魔を作ったのが自分たちだと知られたくないから、口封じで殺すか。いつの時代も変わんねえな……」
楠木はだっと立ち上がり、ヤオとクランの前に進み、深々と頭を下げた。
「私があなた達と一緒に戦いたいと言ったからこんなことに。なんとお詫びをしたら良いか。本当に申し訳ない!」
しかしクランはあり得ないことを言った。
「これを見てください。三十年前の新宿駅にあったパンフレットです。道中で拾いました。特急あずさがもっと快適になるそうですよ」
「は、はあ……?」
「今までは河口湖に行こうとすると、大月で降りてから富士急行線に乗り換えしないといけなかったのが、新宿から河口湖までの直通が一日に五本も追加されるそうです。こんなことして富士急行は怒ったりしなかったのでしょうか」
「あ、あの……」
戸惑う楠木に、クランは手で口を塞ぎながら笑った。
「冗談です」
拾ったパンフレットを大事そうに折りたたんで胸にしまうと、クランは言った。
「前にも似たようなことがありました。今日と同じように戦意を失って座り込む仲間に向かってこう言ったのを覚えています。今までありがとう。もう戦わなくて良い。ご苦労様でした。感謝しますって」
「……」
皆がクランを見つめる。
「今思えば、間違っていました。こう言うべきだったんです。まだまだ。まだまだいける。まだまだ頑張れるって」
クランはパンッと両手を叩いた。
最下層にあったシャッターがガラガラと開いて、中から二人の人物が歩いてくる。コツコツという足音だけが響いた。
実を言うと、二人の他にもう一匹いた。
「ヨナ……」
クランの指示で、新宿のコンビニにいる老婆を守れと言われていたはずだったヨナの登場にヤオは目を丸くする。
それだけではない。
ヨナの後ろを付いてくるのは、森田と、仕事のできない風間さんではないか。
「待たせたな!」
森田はかんらかんらと笑っている。
掃除屋かよ……、とうなだれる冒険者たち。
ここで掃除屋と犬が増えたところで何になる。
そう思っているようだが、ヤオは彼らを見て笑顔になった。
「どうやってここに……?」
森田はニヤリと笑って答えない。
何よりも、あの風間さんである。
今までと雰囲気がまるで違っていた。
いつも猫背で、いつも人の目を気にしながらおどおど歩いて、いつも調子の悪そうな顔色で、いつも汚れが落ちませんと困っていたあの風間さんが……。
冒険者に向かって怒鳴るのだ。
「ここにいるのは死人だけか?! ゾンビにもなれない低レベルが大勢いるようだな! お前らいったい何しにここに来たんだ! 有象無象どもがよ!」
「か、風間さん……?」
信じられなくて思わずクランを見る。
クランは頷くだけだ。
「勝ちましたね。ひとまずは」
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