第21話 交渉の果てに
ヤオの前に突如姿を見せた三人。
覚えている限り、二人は死んだはずだ。
老人はあの日、心臓発作で倒れて死んだはず。
もう一人の学生は悪魔化した犬の攻撃により、木っ端微塵になった。
飛び散った血肉を浴びた学生らの絶叫は今も頭に残っている。
なのに、いる。
学生はヤオを見て小さく会釈する。
恐ろしいくらい爽やかな笑みだ。
老人は疲れたように地面にへたり込み、真下を見つめながら土をこねて何かこしらえている。こちらを見ることは無い。
おかしい。
二人が死んでいるのをこの目で見た。
なのに、これはどういうわけか。
戸惑うヤオにクランが小声で話しかけてくる。
「ヤオ、死霊がダンジョンをさまようのは珍しいことではありません。私も異なる迷宮で百人の死者を兵隊に仕立て上げたことがあります」
「な、なるほど」
気になるのは三人目だ。
あの日、ダンジョンが崩落を始めたとき、彼は真っ先に逃げたはずだ。
ダンジョンにあった小太刀に最も関心を寄せていた子。
「君も……、やられちゃったのか?」
ヤオの戸惑いを見て、二人の学生は顔を見合わせ苦笑する。
「やられました。上野にガツンと後ろから」
「あいつに……?」
「それからどうなったのかは知りません。死んじゃったんでね」
「あ、ああそう」
人生で生まれて初めて、死者と話している。
「あなたのことは覚えてますよ。あんなことになってまさか生きてるなんて。いったいどうやったんですか?」
ヤオは肩をすくめた。
「……なんと答えていいやら」
チラリとクランを見る。
クランは変わらず心柱の修正を続けていて、貼りついていたゴミが見えないピンセットでひとつひとつ丁寧に剥がされている状態。
「まいったな。それ、やめてもらえませんか。せっかく作ったのに」
抗議する学生にクランは言った。
「心柱にいびつな装飾を施したのはあなたたちですね」
「その通りです。ゴンさんがうまくやってくれました」
ゴンさん。
それがあの老人の愛称か。
「お行儀が悪いことをしますね」
クランは死者を見ず、修正を続けながら淡々と呟く。
「このままだと大勢が死にますよ」
その言葉にゴンさんが反応した。
彼もまたクランを見ること無く、独り言のように話すのだった。
「わしの作ったもんの良さがわからない奴には、なにを話しても無駄だよ」
いきなり会話が破綻して、しんと静まる。
こっぱみじんになって死んだはずの学生が口を開いた。
「ここから出てってくれ。あんたに恨みは無い。危害を加える気もない。俺たちはただはっきりさせたいだけだ」
「はっきりって、なにを?」
「俺の体はメチャクチャになったから仕方ないとして、ゴンさんも小林も、ずっとそのままなんだよ。一年間放置された。それで俺たちは行動に出たんだ。こうして戦いを初めて三年経った今も、放置は変わってない」
「……」
三年という言葉にヤオはがく然としたが、表情には出さないようにした。
とにかく学生の話を聞こうとしっかり見つめた。
幽霊なのに足はあるんだと思ったりしたけど、それも声に出さないで頑張った。
「誰もここにやってこないのを見て、俺たちは気づいた。ここで何が起きたのか、本当のことが明るみになってない。誰かが嘘をついて、ここで起きたことを隠しているか、無かったことにしようとしてる。だからそれをはっきりさせる。だから心柱を改造して、魔力をダダ漏れさせることで、犬を引き寄せ、奴らを増やしてる」
ここまでの説明で、ヤオは幽霊の目的に気づいた。
「外に出るつもりなの?」
「そうだ。だから頼んでる。心柱をいじるのを止めろってね。そのままここを出てってくれれば、あんたたちを殺すことはしない」
ヤオの返事は恐ろしいほど早かった。
「それはできない」
その答えにクランは微笑んだ。
内心で、さすがはクランのヤオですと呟いたが、もちろんヤオには届かない。
「俺が知ってる限り、犬はもう五人殺してる。そんなおっかない奴らを外に出すわけにはいかない」
「あ~、立派なお考えだことで」
学生たちはパチパチと嫌みったらしく拍手をした。
「言っておくぞ。真実を明らかにしなければもっと大勢が死ぬことになる。聖戦が終わったあと、とんちきな破壊の女神に従った三千万を超える人間が処刑されたって聞くけど、同じことがまた起きようとしてるんだ。意味不明なことを抜かす奴にみんなわけもわからず聞き従おうとしてる。その先に何があると思う?」
ドキッとなって、思わずクランを見てしまった。
連中は目の前にいる女性が誰か知っているのだろうか。
「あのさ。あの日何が起きたか、俺もわかってるつもりだから、まず俺が外に出て、起きたことを全部話すってのはどうかな」
しかし学生は拒絶の意思を示す。
「無理ですよ。あなたにはできない。肉体に縛られるから」
「それはどういう……」
「ましてあなたは掃除屋でしょう。あなたの話なんか誰も聞きませんよ」
あらまあ、その通りだわさと思って何も言えなくなる。
「いやでも、犬を外に出すのはあまりにも……」
「なら交渉決裂ですね」
学生は頷き、ゴンさんを見る。
ゴンさんはとうとう頭を動かして、ヤオをじっと見つめ、微笑んだ。
一向に進まない掃除を手伝ったとき、ありがとうと呟いてくれたときとはずいぶん違う、ひねくれた笑いがそこにあった。
「あんたに恨みは無いよ。むしろ好きだ。感謝している。あんたはあの日、ずっとわしの味方でいてくれたね」
ゴンさんはヤオを覚えていてくれたらしい。
「だがねえ。わしらはもう好きや嫌いを越えた所にいるんだ。わかるかい。わしを突き飛ばして死なせた子とわしは手を組んでる。この子たちもそうさ。自分をバラバラにした犬とこの子は仲良くなったんだ」
「犬……」
「なあ、あんた。わかるかい。わしらは成し遂げたんだ。憎しみを越えて互いに生きようという、女神オリビアが心から求めていたことを、死を越えた後で……」
呪術のような老人のつぶやきにヤオは催眠術をかけられたようになったが、彼を現実から戻したのはやはりクランだった。
「ヤオ。後ろです」
その声に体が反応した。
ヤオの上半身を削り取ろうとした鋭い爪をギリギリのところで避け、ゆっくりと後ずさりしてクランの元に近づく。
「ついに、おまえか……」
あの白い犬が全身の毛を逆立ててヤオを睨みつけていた。
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