第3話 掃除屋の日々
仕事を終えた後は徒歩で帰路につく。
コンビニで買ったその日の夕飯をエコバッグに詰めて右手でぶら下げて歩くのはいつものことだが、高価な素材を売り払ったことで今日だけは財布が重い。
その安心感が風間ヤオの足取りを軽やかにしていた。
そしてまたいつものように公園のベンチに腰掛け、疲労回復効果のある菓子パンをむしゃむしゃと頬張る。
公園の遊具で元気に遊ぶ子供たちを眺めるのが何よりの栄養、なんていうのは、かっこつけすぎかもしれないけれど、日々の楽しみではあった。
聖戦前は外で子供が遊ぶなんて考えられなかったし、子供の存在そのものを騒音と決めつけて排除しようとした大人たちも、聖戦が終わったあと、どこかにいなくなってしまった。たぶん、処刑されたんだろう。
もう子供らを邪魔するものはない。
すべり台の上からヒーローを気取る彼らを見れば、昔より今の方がマシになったはずなんだと自分を慰めることができる。
それはヤオにとっては必要な時間だった。
なのに邪魔が入る。
「おい、あんた」
図体のデカい警官が二人、ヤオを見下ろしている。
険しい顔をしていた。
「怪しいおっさんが公園にいて怖いって通報があったんだが」
「え、俺のことですか?」
きょどる。
お前が殺したんだろと言われて、身に覚えがまるでないんですけど、って顔で警官を見るが、
「あんた以外にいるかよ」
わざとらしくキョロキョロ首を動かす。
「ほら身分証、見せて、はやく」
「は、はぁ……」
大人しくスマホを取り出し、個人情報確認用のコードを見せる。
専用の端末でそれを読み取って確認するや、警官は声を大きくした。
「やっぱりダンジョン掃除屋か。しかも独り身じゃないか! ダメだよ、キモくて金のないおっさんでしかも掃除屋が公園で飯食っちゃ!」
「……」
いくらなんでもひどくない?
さすがにこれはダメージがデカい。
しかも通報されたというのがしんどい。
ご近所の人たちから日頃怪しまれていたってことだろ?
なおさらしんどいんですけど。
「あの、どうなっちゃうんです、俺?」
「別に犯罪じゃないから注意で済むけど、もう金輪際ここに来ない方が良いね。街の治安のためなんだから。ってか、あんたも自分の立場をわきまえなさいよ。いるんだよね。いつまでたっても自分が人並みだと思い込んでる独り身の中年男がさ。考えてみなよ。あんたがここで遊ぶ子供だったとしてさ。ベンチで飯食いながら自分たちの方をじっと見てるキモイ中年の掃除屋がずっといるって怖いだろ?」
言われてみると確かにそうだと思ってしまう男。
「それは申し訳ない……」
サイクロプスの棍棒で殴られたようなダメージが心に来る。
「なら家に帰ります」
そう言って立ち上がろうとしたときだった。
「あ」
警官二人の表情が曇る。
連続殺人犯だと思って捕まえた男に実は鉄壁のアリバイがあって、間違いなくえん罪だったとわかった時の、やべえって顔だ。
「あ、あの~、もしかして新生派の方で……?」
「そうですけど……」
右手の中指に収まった銀の指輪をチラリと見せる。
警官たちは激しく動揺し、後ずさりした。
「いやいやいやこれは!」
「もしかしたら人違いだったかも知れませんなあ!」
まさに豹変。
ヤオが呆れるくらい態度も言葉遣いも変わった。
「今までのはなんといいますか、マニュアルにのっとった行動でございまして!」
「ええ、決して我々個人の考えではございません!」
「けれどもまあ、新生派のような優れたお方がこんなクソガキしかいない公園で貴重な時間を潰すのはどうなんでございましょう?」
「もっと高尚なカフェとかで……」
「ああ、はいはい。わかってますから」
なんだかアホらしくなって、ヤオは足早に公園を出て行く。
「お気を付けて~!」
ブンブンと手を振る警官に一応頭は下げたが、
「どこが平等だよ」
ツバを吐くように呟いた。
「何が新世界だ……。何も変わってないじゃないか」
聞かれたらヤバそうな言葉をつい口から出していた。
――――――――――――――――――――
三十年前に起きた聖戦は、三つの勢力がそれぞれの理想を現実とするために争った世界的規模の大戦で、人類史上、初めて魔法が使われた戦争でもある。
三つの勢力は以下の通りだ。
ろくな政治をしない指導者、自己中ばかりの資産家、戦争に役立つモノしか作らない貪欲な科学者たちをこの世界から一掃して、正しい人物による正しい生活を取り戻そうと主張した「新生派」
化学兵器の乱用によって人が住める場所でなくなった地球を魔法によって新たに作り替えようと主張した「浄化派」
いったん何もかもぶっ壊して、原始からすべてをやり直そうと主張した「破壊派」
これら三つの勢力による激しい魔法のぶつかり合いこそが聖戦だったわけだが、三つの勢力にはそれぞれ凄まじい魔力を持った三人の女性がいて、いずれも「女神」と呼ばれていた。
新生の女神、オリビア(純粋な英国人)
浄化の女神、レメディオス(様々な民族の血を引いているらしく、いったい自分が何人なのか彼女自身、よくわかっていない)
破壊の女神、クラン(純粋な日本人。本当は平仮名表記のくらんであるが、本人の強い要望でカタカナ表記で統一されている)
彼女たちの指揮の下に三勢力は激しく争ったが、浄化の女神であったレメディオスが新生派に無条件降伏したことで、聖戦は新生派の勝利で終わった。
聖戦前は人種や性別への偏見がまるで疫病となって世界の成長を妨げていたが、聖戦を境に人間の価値観は大きく変わって、まず自分がどの勢力にいたかが何より重く見られるようになっていた。
すなわち、聖戦の勝利者である新生派。
生活におけるありとあらゆる面で優遇されている、最強の勝ち組。セレブ。
浄化派はいわゆる平民で、新生派よりも人数は多いが、新生派に降伏したという経緯から、確実にワンランク下の扱いを受けている。
最後まで抵抗した破壊派の人間にいたっては戦後処理で人種年齢性別問わず処刑されて一人もいない。
そしてこの新世界で最も低く見られ、また最も数が多いのが、どこの勢力にも属さず聖戦にも参加しないで日和見の態度を貫いた無党派層である。
彼らは俗に「無能派」とさげすまれ、ほとんど奴隷のような扱いをされている国もあるという。
ダンジョン清掃員はそのほとんどが無能派ばかりだが、それはその生い立ちゆえに社会的な好ポジションに自分を置くことができなかったからだ。
ちなみにヤオに絡んできた警官は二人とも浄化派の家の生まれであり、公園で遊んでいた子供たちには無能派の子もいれば浄化派の子供も混ざっていた。
しかし新生派の子供はいなかった。
彼らはそもそも住んでる土地が違うのだ。
そんな特別な勝ち組である新生派の人間がその身分の証としているのがヤオが身につけている銀の指輪だった。
銀の指輪に気がつけば、誰もがヤオにこびへつらう。
それが今の新世界のありようだったが、ヤオが一般の新生派と違うのは、自分の身分の高さにまるで執着していないということだろう。
彼は自分の身分を使って楽なポジションに立とうとしない。
どうして新生派が掃除屋なんかやってるんだとたまに聞いてくる連中もいたが、彼は決まってこう答えるのだった。
「好きでやってるんです。下から見る眺めのほうが学になるから」
風間ヤオは、こういう男だった。
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