第2章「生きている意味を見つけるのは大変だ」

「宮藤さん、生まれた理由はさておき、生きている意味についてはどう思います?」

 

 麗華は、少し真面目な顔で尋ねた。宮藤さんは、深いため息をついた。

 

「正直、わかりません。毎日同じことの繰り返しで、生きる意味なんてあるのかって思っちゃうんです」

 

「ふふ、そういう人、精神科医やってると本当によく見るのよ。うつ病の人はもちろん、誰だって一度は考えるわよね。毎日同じことの繰り返しで退屈そのもの。まるで人生がコピー用紙みたいだわ」

 

 麗華は、わざとらしく肩をすくめてみせた。

 

「でもね、私はこう思うの。生きる意味は、小さなことの積み重ねの中にあるんじゃないかって」

 

「小さなこと、ですか?」

 

「そう。例えば、今日のランチのカレーがおいしかったこと。それが生きている意味だと思うのよ」

 

 宮藤さんは、少し驚いたような顔をした。

 

「またカレー、ですか?  でもそんな些細なことが生きる意味だなんて……」

 

「些細だけど、確かな喜びでしょう? そういうのを大切にしないとね。だって、毎日カレーばっかり食べてたら飽きちゃうでしょ?」

 

 麗華は、にっこりと笑った。

 

「人生も同じよ。同じことの繰り返しだけど、ちょっとした変化や発見があるからこそ面白いの。今日のカレーが昨日と違う味だったとか、新しい本屋さんを見つけたとか、そういう小さな喜びの積み重ねが、生きる意味につながるんじゃないかしら」

 

「なるほど……確かに、毎日違うことを見つけられたら、それはそれで楽しいかもしれません」

 

「そういうこと。生きる意味なんて、大げさに考える必要はないのよ。今この瞬間を大切にすること、それが一番大事なのよね」

 

 麗華は、窓の外を見つめながら言った。

 

「でも先生、世の中にはつらいことも多いですよね。そんな時は、生きる意味なんて見つけられないですよ」

 

 宮藤さんが、不安そうな表情で言った。麗華は、優しい眼差しで彼を見つめる。

 

「そうね。つらいこともあるわ。でも、だからこそ小さな幸せを見つける力が必要なのよ。つらい時は、無理に前を向かなくてもいいの。ゆっくり休んで、自分を大切にすること。そして、ふとした瞬間に感じる喜びを、心に留めておくこと。それが、生きる意味を見つける第一歩なのよ」

 

「先生……」

 

「私だって、毎日が楽しいわけじゃないわ。患者さんの重い話を聞いて、心が疲れることだってあるもの。でも、そんな時は美味しいものを食べたり、好きな音楽を聴いたりして、自分をいたわるようにしてるの。小さな幸せに気づく力を、忘れないようにね」

 

 麗華は、あたたかな笑顔を浮かべた。

 

「生きる意味、か……」

 

 宮藤さんは、まだ少し悩んでいるようだった。

 

「ああ、そうだ。宮藤さんは、何か好きなことはある?」

 

 麗華が唐突に尋ねる。

 

「え? 好きなこと、ですか? そうですね……読書とか、ギターを弾くことですかね」

 

「それいいじゃない! 読書もギターも、生きる意味になり得るわよ。好きなことに没頭できる時間って、とても大切なの。そういう時間を大切にすることが、生きる意味を見つけることにつながるんじゃないかしら」

 

「好きなことをすること、か……」

 

 宮藤さんは、少し考え込むように言った。

 

「そう。好きなことをする時間は、自分を取り戻す時間でもあるのよ。嫌なことや疲れたことも、好きなことをしている間は忘れられるでしょう? そういう小さな充実感の積み重ねが、きっと生きる意味になるはずよ」

 

「なるほど……好きなことを大切にすること、ですね」

 

「そういうこと。あ、でも好きなことの中に、ドーナツ食べ放題は入れちゃダメよ? そこは理性で抑えないと。際限なく太っちゃうからね(笑)」

 

 麗華は、わざとらしくウィンクをした。宮藤さんは、思わず笑った。

 

「わかりました。適度にってことですね」

 

「そうそう。何事も適度が大事。生きる意味だって、あまり深刻に考えすぎない方がいいのよ。シンプルに、今を大切にすること。それが私なりの答えかな」

 

 麗華は、さりげなく微笑んだ。

 

「ありがとうございます、先生。生きる意味、なんとなくわかった気がします。小さな幸せを積み重ねることが大切なんですね」

 

「そういうこと。でも、その小さな幸せの中に、ドーナツは1個だけにしておくのよ?」

 

「はい、気をつけます(笑)」

 

 二人は顔を見合わせて、笑った。

 

「ふふ、冗談よ。でも、健康第一は大事よね。だって、病気になっちゃったら美味しいものも食べられないもの。だから、適度に運動して、バランスの取れた食事を心がけることも、生きる意味の一つと言えるわね」

 

 麗華は、真面目な顔で言った。

 

「確かに、健康は大切ですね。僕も先生みたいに元気でおおらかに生きたいです」

 

「私みたいに、ねえ……。まあ、私の秘訣はカレーとお酒よ。適度にね」

 

 麗華は、またウィンクをした。宮藤さんは、彼女の茶目っ気が心地よかった。

 

「先生、今日もありがとうございました。生きる意味、もっと自分なりに考えてみます。小さな幸せを大切にしながら、好きなことをする時間も作っていきたいと思います」

 

「それでいいのよ。生きる意味なんて、人それぞれ。答えは一つじゃない。だからこそ、自分なりの答えを見つけることが大事なの。迷った時は、また相談しにきてね。一緒に考えましょう」

 

 

 麗華は、親指を立ててみせた。生きる意味を見つけるのは大変かもしれないけれど、こうして患者さんと一緒に考えられること、それが彼女にとっての生きる意味なのかもしれない。麗華は、そんなことを感じながら、宮藤さんを見送ったのだった。

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