理解の範疇外にあった意図
王の執務室に着くと、セレスティアは背筋を伸ばして御前に立った。
主に報告を行ったのはロアルディオで、セレスティアはミラベルたちの言動や国を侵略するに至った理由に関する問いへの回答を行っていた。とはいえ彼女たちが何故兵を率いて進軍してきたのか、理由も意図もセレスティアにはわからないのだが。
「――――以上が、先ほどの出来事です」
「そうか……王子と聖女の行いが、国を滅ぼすまでに至ったか」
低く唸り、王は難しい顔をして押し黙った。
参考のためにと、此処にはロアルディオが作成した調書を持参している。彼の国でセレスティアたちが受けていた、ひどい言いがかりや嫌がらせの記録だ。ジョゼフとエディが怒りに息巻きながらも事実のみを並べた、悪夢の全てが其処にある。
それに目を通し、王は深く溜息を吐いた。
「考えられるのは、王はセレスティア嬢を使い、自らが国を魔骸から守護していると民に知らしめようとしていたのだろう。だが、彼の王子と聖女の独断による暴走で、セレスティア嬢が追放されてしまった。その結果、手に負えないほどの汚染が進んでしまったと見るのが自然であろうな」
セレスティアも、自身が政治利用のために置かれていたことは理解していた。元々あの城へ連れて行かれたときも、問答無用で王命だと言われたのだから。聖女の力を使えば坩堝の完全浄化も可能だというのにそれを『させなかった』時点で、何らかの思惑があると考えるのが妥当だろう。
もしかしたら王にとっても、王子とミラベルが行った追放劇は予想外だったのかも知れない。セレスティアに利用価値がなくなったのならまだしも、聖女としての力は衰えていないどころか日々輝きを増していたのだから。
「……陛下。発言をよろしいでしょうか」
「うむ、許す。何なりと申すが良い」
「ありがとうございます」
静かに一礼してから、セレスティアは自身の聖女の力について話した。
王子とミラベルにロアルディオや民を侮辱されたとき、これまで感じたことのない感情が心にわき上がった。胸を冷たい手で握り潰されているような感覚だった。その感情が怒りであると気付いたとき、鋭い光が屍兵たちを浄化していた。
それだけなら元の力が増しただけだと思えるのだが、本来持っていなかった癒しの力まで発現していた。癒しの聖女とはミラベルの代名詞であったはず。それが何故かセレスティアのものになっており、当のミラベルは力を失ったと主張した。
「……ですから、わたくしは身に覚えが無くとも彼女から聖女の力を奪ったのではと思えてならないのです」
「それはなかろうよ」
間髪入れずに言い切られ、セレスティアは思わずきょとりと目を瞬かせた。立派なあごひげを撫でながら、王は続ける。
「聖女の力は人の国の女神の加護であろう。もしも羨み呪うことで聖女の力を好きに奪えるというのなら、強欲な者が最も優れた聖女になっていよう。そなたは、女神が加護を与えるに相応しいと認められたのだ。誇りに思うが良い」
優しく細められた目が、低く穏やかな声が、セレスティアの不安を包み込む。
王というものはこんなにも情け深いものなのか。父というものはこんなにも懐深いものなのか。この国に来てからというもの、見返りを求めないあふれんばかりの愛に包まれてきたが、全ては良き王が治めているがゆえであったのだ。
「ありがとうございます、陛下。お言葉を心に刻み、いっそう尽くして参ります」
ゆるりと頷く王の眼差しは優しい。
最後にロアルディオが挨拶と退室の旨を告げて、セレスティアと共に部屋を出た。
「部屋まで送ろう。今日はゆっくり休んでくれ」
「はい。ロアルディオ様も」
「そうだな。北の国に手紙を出したのち、すぐストゥルダールへ向かうことになる。休めるときに休んでおかねばな」
セレスティアの寝室前で足を止め、向かい合う。
ロアルディオはセレスティアの手を取ると、白い指先に口づけを送った。
「お休みなさいませ、ロアルディオ様」
「お休み、セレスティア嬢。また明日に」
セレスティアが部屋に入って扉が閉じるまでその場で見守り、短く息を吐いてから踵を返した。
城の外では徐々に騒ぎも静まりだし、日常が戻りつつあった。
アルティオも、火傷を負ったと聞いて心配する近隣住民に笑って「大丈夫だよ」と答えては、セレスティアの活躍を英雄譚を語るかのように話し聞かせていた。
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