気高い少女と街の民

「……終わった、か……」


 光の奔流が収まり、ロアルディオが呟く。

 目の前には、着用者を失った豪奢なドレスと王子の服が地に伏せている。

 自慢げに見せつけていた体も、いつも綺麗に結い上げられていた髪も、化粧をして華やかに見せていた顔も、全てが白い塵と化した。大ぶりの宝石を使った煌びやかなアクセサリーも、一度着たら二度は着ないと豪語していた高価なドレスも、土と埃に塗れて見る影もない。

 魔骸は動物には取り憑かないため、馬車を引いてきた馬だけが取り残されている。その馬にも見栄のための装飾が施されており、どうにも居心地が悪そうだ。当然馬車本体も宝石や金の装飾に塗れていて、まるでパレードに使う馬車のよう。


「ロアルディオ様。近隣の他国へ被害を蔓延させないためにも、わたくしは一度彼の国へ参ろうかと思います」

「ああ。だが、まずは父に報告を」


 そう言って、セレスティアに手を差し出す。握った手が少し震えているのを感じ、ロアルディオは済まなそうに目を伏せた。


「やるべきことは多い。浄化の直後で疲れているだろうが、いま暫く耐えてほしい」

「それがわたくしのお役目ですもの。喜んで全う致しますわ」


 気丈に微笑むセレスティアを支えながら、ロアルディオは護衛騎士に指示を出す。騎士たちは持ち場に帰る者と見張りに戻る者、隊列を組んで森の露払いを行う者と、それぞれ別れて散っていった。


「セレスティア様、大丈夫? 顔色あんまり良くないけど。さっきの派手な人たちが意味わかんないことずっと言ってたから、疲れたよね」


 戻りがてら、一緒についてきたアルティオが訊ねた。

 彼女もまた、ミラベルたちの言動にひどく困惑していた。獣だ畜生だと罵倒されること自体は慣れていたが、その畜生相手に媚びを売って王女になろうとしたことには理解が及ばなかった。たとえ人の姿を取っていようとも、獣人は獣人なのに、と。


「ええ……何とか大丈夫よ。アルティオも、つらいことを聞かせてしまったわね」

「俺はいいんだ。戻れって言われてたのに、勝手に残ったんだし。ああいうのも別に初めて言われたわけじゃないからさ。ただ、ロアルディオ様に求婚してきたのだけは全然わかんないんだけど。あの人、獣人は嫌いなんじゃなかったの?」


 アルティオの純粋な疑問は、この場にいた全員の疑問であった。セレスティアにもミラベルの考えることは僅かも理解出来ない。権力がほしかったのだろうこと程度は理解出来るが、それにしても言動不一致だった。


「わからなくていい。私もわからん」

「そっか」


 大路の中程まで来た辺りで、アルティオは足を止めた。二人の前に、跳ねるように進み出てからくるりと振り返り、がばりと勢いよくお辞儀をする。


「ロアルディオ様、今日は色々お世話になりました。そんなつもりなかったとはいえあいつら連れてきちゃってごめんなさい」

「気にするな。領域侵犯してきたのは向こうだ」


 そしてセレスティアに「色々終わったら、また工房に遊びに来て」と言うと、手を振って走り去っていった。傷跡こそ残っていないが、背中は炎魔術で焼かれたせいで服が焼失してしまっている。誰より恐ろしい思いをしたのにセレスティアを気遣っていった心優しい少女を想い、セレスティアはいっそうこの国のためにあろうと決意を強く固めた。


「私たちも戻ろう。今日は父上に報告を済ませたら休んで構わない。明日からまた、当分のあいだ忙しくなるのでな」

「はい、ロアルディオ様もどうかご無理をなさいませんよう」

「ありがとう」


 ロアルディオに支えられながら、王の元へと向かう。

 道中、兵士やメイドたちとすれ違う度に労われ、当然のように城の一員として見てくれていることがうれしかった。アルティオだけでない。城の従業員も城下町の民も皆、セレスティアを受け入れてくれている。

 たったいま侵略してきた国の人間と同じ種族としてではなく、セレスティアとして見てくれている。そのことが、堪らなくしあわせだった。


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