侮蔑の果てに

 想像だにしていなかったものの登場に、セレスティアたちは言葉を失っていた。

 隣の国ではいまなにが起きているのか。兵たちが魔骸のようになっている理由は。ミラベルはなにを言っているのか。

 そして彼らは、なにが目的で国を超えてきたのか。


「あなたがあたくしを呪っていることは知っているのよ! アル様に選ばれなかったことでいつまでもあたくしを羨んで、妬んで、怨んでいるんでしょう!?」

「全く執念深い女だ。そんなに俺のことが忘れられないとはな。だが残念ながら俺はお前のような畜生臭い女はお断りなんだ。早いところ忘れてもらいたいね」


 セレスティアはあまりにも的外れな叫びに、呆気に取られた。

 いつ、彼に選ばれたいと言ったのか。いつミラベルを羨んだのか。幾度となく夜の相手を命じられて、その度にジョゼフとエディが大騒ぎをして追い返してきたのは、なかったことになっているのか。


「どうせ、ケダモノの国でも足を開いて暮らしているんだろう? お前が連れ出したあの薄汚いメイド共なんか、いい慰み者になりそうじゃないか。隣にいる畜生顔した男はお前のお気に入りか? 畜生同士お似合いだな!」


 アルバートが吐き捨てた瞬間、彼我のあいだに稲妻のような光が奔った。同時に、白い光の奔流が屍兵の群れを押し流すようにして広がっていく。


「くっ……!」

「ぎゃああっ!」


 アルバートは思わず目を瞑り、腕で顔を覆った。その隣から聞くに堪えない悲鳴が上がったが、構う余裕などなかった。

 屍兵たちは声も立てず白い光に飲まれ、塵と化していく。体が光に飲まれる直前、腐り果てて崩れていた顔が安らかな表情を浮かべたように見えた。


「クソッ! なんだ!? なにをした!!」

「あたくしの兵が……どういうことなの!?」


 屍兵が影もなくなったのを見て、ミラベルが動揺する。

 アルバートは事態を把握しきれておらず、辺りを見回している。


「あなた方の言いがかりに付き合うのはもう終わりにします」

「なっ!?」


 セレスティアが静かに言うと、ミラベルとアルバートが声を揃えた。

 彼らがなにをしてもなにを言ってもじっと俯いて耐えているだけだった人形の如き少女から放たれた言葉だとは思えず、呆けた顔を晒す。だが、すぐにギリッと睨み、負けじと吠えた。


「なんですってぇ!? あなたがあたくしを呪ったんでしょう!? あたくしのこと妬んで、聖女の力がなくなるようにって!!」

「聖女の力は、聖なる身に宿るものです。わたくしを追放したあの理由ですけれど、もし本当ならわたくしのほうが聖女の力を失っているはずです。そうでないのなら、汚れているのがどちらかなど明白ではありませんか」

「っ……!!」


 セレスティアの言葉に、ミラベルは顔を真っ赤に染めて歯噛みした。


「そんなのッ! 修道院が勝手に言ってる戯れ言じゃない! 執念深く呪ったことを認めないつもり!?」

「聖女の力に呪詛はありません。尤も、そのようなことをすれば、より早く力を失うことになっていたでしょうけれど」


 セレスティアはミラベルと対峙しながら、心の中で女神に懺悔した。

 生まれて初めて、人に怒りというものを覚えてしまったことに。呪いこそせずとも二度と会いたくないと願ってしまったことに。大切な人たちを罵倒されながら惨めに生きていくのはもう終わりにしたい。そう、願ってしまったことに。

 これで加護が失われても仕方がないが、せめて彼女らが去るまでは聖女でいさせてほしいと、恐れ多くも女神に許しを請うた。


「わたくしの結界と浄化術で消えたと言うことは、彼らは魔骸だったのですね。兵があのような姿になっているなら、最早城下にも入り込んでいるということ……国内が汚染され尽くしていてもおかしくない状況なのに、アルバート様はミラベル様と共になにをなさっているのですか」


 突然話の矛先を向けられ、アルバートはビクリと体を跳ねさせた。


「なにを、だと? お前がミラベルを呪っていると言うから」

「そのことについては、たったいまお話したはずです」

「そんなはずはない! 現にミラベルは聖女の力を失っているんだ! お前の呪いでないのなら、何だと言うんだ!」

「それもお話いたしました」

「ぐっ……!」


 本当に全く人の話を聞かないのだな、とセレスティアと彼らのやりとりを見ていたロアルディオは、心底呆れ果てた。思い込みだけで生きており、自分の中の正義こそ全てであり、人も世も自分の思い通りになると信じ切っている。

 どんな育ち方をすれば此処まで手の施しようがないところまでいってしまうのか、ロアルディオは理解の範疇にある生物を前になにも言えずにいた。

 こと北にある国とは真っ当にやりとりできているだけあって、彼らが同じ人間とも思えなかった。


「この際ですから申し上げます。わたくしは、アルバート様をお慕いした事実は一切ございません。ですので、ミラベル様を羨んだことも一度もございません」

「そんなはず……っ」


 アルバートは愕然としてセレスティアを見るが、おどおどと俯いていた頃とは全く別人のように平淡な表情で見据えているばかりであった。


「わたくしには、ロアルディオ様がいます。優しく温かい民の皆様もいます。とうにあなた方のことなど忘れておりましたのに……」

「ああそう。やっぱり其処のケダモノがあなたのお相手ってわけね!」


 見下しきった視線をロアルディオに向けると、ロアルディオは溜息を一つ零して、セレスティアを抱き寄せた。そして、


「品のない想像でものを言うのはやめてもらおうか」


 人の姿になり、セレスティアの手を取って指先に口づけをした。

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