歪んだ妄想の末路

穏やかな時間

 やわらかな朝日がカーテンの隙間から差し込む朝。

 小鳥のさえずりを遠くに聞きながら、セレスティアはゆるゆると目を覚ました。

 隣に横たわる大きな黒い毛並みを不思議がり、首を傾げて撫でてから、そういえば昨晩はロアルディオと共寝をしたのだったと思い出した。


「おはようございます、ロアルディオ様」


 セレスティアが、のそりと頭をもたげたロアルディオを撫でながら挨拶をすれば、ロアルディオは寝ぼけ眼のまま「おはよう」と答える。

 美しい毛並みには寝癖の一つもついておらず、撫でる度にさらりと指を通る。白い指先で撫でられるのを心地よさそうに受け入れていたが、ノックの音で我に返った。

 ベッドに腰掛けたセレスティアの背後で体を起こし、ロアルディオは扉に向かって応答代わりに一声吠える。


「失礼致します。お嬢様のお召し替えをお持ち致しました」

「どうぞ、入ってくれ」

「はい」


 扉を開けて、着替え一式を持ったジョゼフとエディが入ってきた。エディの左頬を見ると、布を押しつけたような痕が残っている。


「エディ、いったいどんな寝方をしたの? 可愛い頬が赤くなっているわ」

「それなんだけど、エディは一晩中あたしにくっついて寝てて。寝返り打たなかったせいでこうなってるんだよね」

「これくらい、そのうち直りますよう。それよりティア様、お着替えですよ!」


 エディが両手に抱えたドレスをずいっと差し出すのを横から覗き、ロアルディオは「それなら私は先に出ていよう」と言うと人の姿になった。


「あの……昨晩も気になっていたのですが、獣人の方にとっては毛並みがお洋服なのですか?」


 人型になったロアルディオは、見慣れた黒い衣装を纏っている。昨晩寝る前に見た部屋着のような衣服とは異なる形であることも不思議でならない。セレスティアは、ずっと獣人や魔獣は人の姿になったらその場に衣服だけ残されるものと思っていた。だが実際は、服を脱ぎ着しなくても変化出来ている。

 孤児院の子供たちは、確か寄付で衣類を賄っていると聞いたのに、其処との違いも気になった。


「これは、僅かな体毛を核に私の魔力で紡いだ糸を用いているのだ。外で形態変化を行っても服を着脱しなくて済むよう作られている。生産するため、多めに魔力抽出を行わなければならない都合上、量産が出来ないのが難点だな」

「便利ですけれど、簡単には作れないのですね」


 だから孤児院の子たちは普通の服を着ていたのかと納得する。

 まだ魔力も不安定な子供に、魔力抽出などさせては不調が出かねない。どれほどの量が必要なのか想像もつかないが、服一着の材料と考えても相当と思われる。


「あたしたちの一張羅メイド服もそれなんですよ」

「まあ、あたしたちは自分で織ったんだけどね。孤児院に普通の織機があったから、それを拝借して」

「そうだったの……あなたたちのことも、知らないことがまだまだ多いわ」


 感心しているセレスティアの横を通り抜け、ロアルディオは扉の前に立った。


「私は先に執務室へ行っている。朝食の時間になったら、当家のメイドが呼びに来るだろうから、後ほどまた会おう」

「はい、ロアルディオ様。お部屋、お借りします」

「ああ」


 静かに扉が閉まり、早速エディとジョゼフが着替えを手伝い始めた。

 レイラーニから贈られたドレスは清楚なものが多く、今日のドレスも腰から流れるドレープが美しいロングワンピースだ。やわらかく軽い素材で出来ており、目立った装飾こそないが品の良さが窺えるえもいわれぬ美しさがある。

 髪を梳き、こめかみ付近の横髪を細く編み込みにして後頭部で纏める。髪飾りは、以前ロアルディオと城下に降りたとき買ってもらった造花のバレッタを選んだ。


「ティア様、今日も綺麗ですよ」

「ありがとう」


 屈んでエディの頬にキスをし、それから背伸びをしてジョゼフにもキスを送る。

 暫くするとメイド二人がセレスティアを呼びに来たので、揃って食堂へ移動した。エディとジョゼフとは此処で一度別れ、食卓に着く。

 レイラーニの隣に座り、ロアルディオと向き合いながらの食事にも、随分慣れた。最初は緊張で殆ど味がしない日々が続いていたのだが、いまでは会話を楽しみながら食事をすることが出来るようになった。


「セレスティア様、本日のご予定は決まっていらっしゃるの?」

「ええ。ロアルディオ様が城下を案内してくださるのです」

「それはよろしいこと。楽しんでいらしてね」

「ありがとうございます」


 食後の紅茶を頂きながら、セレスティアはレイラーニと穏やかに会話をする。声をかけただけで萎縮していた頃が嘘のように、いまでは表情も声もやわらかくなった。


「それでは、行って参ります」

「気をつけて。ロア、しっかりエスコートなさい」

「心得ております」


 玄関ホールで外出用の外套を羽織ると、セレスティアはレイラーニとメイドたちに見送られ、ロアルディオと共に街へと降りた。

 セレスティアが獣の姿を恐れないと知ったためか、今日のロアルディオは半獣姿をしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る