月夜の化身

 夕食後のティータイムにて。

 セレスティアは孤児院での出来事をロアルディオに話し聞かせていた。

 エクルイユの少年と、ニンフェの少女。真逆と言ってもいい性質を持った種族が、傷を乗り越えて互いを知り、歩み寄った出来事だ。


「それで今度、皆で半獣の姿になって見せ合うことになったようなのです」

「なるほど。それは良い案かも知れんな」


 孤児院の備品は、大半が寄付で賄われている。どの種族が孤児となるかわからない以上、種にあわせた衣類を作り寄付することは難しい。ましてや成長期の子供は靴も服もすぐ合わなくなる。それゆえ孤児院の子供たちは、普段は人型で過ごしている。それでも獣のときの癖が抜けきらず、つい四足で走ったりする子もいるようだが。

 人型時は虹彩や体格などにある程度の特徴が現れるものの、一見しただけではどの種かわかりにくい。相手を知るには、面と向かって話を聞かなければならないのだ。

 リュケイオがアステリアに対してそうしたように、他の子供たちも。


「話を聞くことも大切だが、実際に見て触れ合うことも理解に繋がるだろう。獣人にとって、実は半獣の姿が最も過ごしやすい形態だからな」

「そうなのですね。それは存じ上げませんでした。エディもジョゼフも、ずっと人の姿でいてくれておりましたから」

「人の街で過ごすなら、その方が都合が良いだろうからな」


 以前、ロアルディオが貸してくれた絵本を読んだときに、エディとジョゼフからも獣人族に関する話を聞いたのを思い出した。獣人族は獣の姿を大切にする。それは、太祖である星獣王への敬意でもあるという。


「では……わたくしがロアルディオ様のことを知るため、半獣のお姿を拝見したいと望んでもよろしいのでしょうか……」


 恥じらいながらの申し出に、ロアルディオは僅かに瞠目してから微笑んだ。自分のことを知りたいと望まれるなど、これよりうれしいことがあるだろうか。


「もちろんだとも。良ければこのあと、私の部屋に来てもらえるか」

「はい、伺います。ありがとうございます」


 夜に異性の部屋を訪ねることの意味を理解出来ないほど、セレスティアは子供ではない。けれど、ロアルディオなら。

 彼を知るためなら、例え聖女としての価値がなくなろうと構わないとさえ思える。以前の生活を思えば多少なりとも不安はあるが、それでも。


 一度別れて寝支度を整えることになり、セレスティアはエディとジョゼフに夜着を着せてもらいながら、顔の火照りを抑えられずにいた。


「ティア様、どうしたんですか? 戻ってから様子が変ですけど」

「ロアルディオ様とのお茶のとき、なにかあった?」

「え、ええ……いえ、そういうわけではないの」


 しどろもどろになりながら、二人にこれ以上心配させるわけにはいかないと、意を決して口を開く。胸元で結ばれた絹のリボンを手持ち無沙汰にもてあそびながら。

 白い頬に僅かな紅を差して、セレスティアはふたりを見た。


「実は……このあと、お部屋に伺う約束をしているの……」

「えっ!」


 思わず大きな声を出したエディが、慌てて両手で口を押さえた。隣ではジョゼフも声には出さないものの、僅かに目を丸くしている。


「どういう心境の変化?」

「孤児院でのことをお話ししたとき、獣人族にとって獣の姿は大切なものだって話になったの。それで、わたくしもロアルディオ様の半獣のお姿を拝見したいってお願いしたのよ」

「ああ、そういう。時間が時間だから、まあ、色々あるかも知れないけどね。でも、健全なまま眠れることだってあるから。あまり身構えないでいいんじゃない」

「そう、よね……殿方が皆、あの人のようだとは、わたくしも思っていないわ」


 ジョゼフは最後にセレスティアの夜着の腰に通されたリボンを結ぶと、両肩に手を置いて額にキスを送った。

 ストールを羽織り、セレスティアはしずしずと扉へ向かう。その後ろ姿だけでも、不慣れな事態に緊張していることがわかる。


「じゃあエディ、あたしはお嬢様を送って行くから」

「はーい。ティア様、おやすみなさい」

「おやすみなさい、エディ」


 挨拶を返しながらエディの頬にキスをして、セレスティアはジョゼフと共に部屋を出た。

 夜の城は静かで薄暗く、昼間とは全く見せる顔が違う。従業員が動き回る気配も、人の話し声もしない。空気から温度までもが消えてしまったかのようだ。

 燭台を手にしたジョゼフが隣にいるおかげで歩けているが、もし一人だったら一歩外に出た時点で心細くなっていただろうと思う。

 夜は苦手だ。いつまでも暗く静かなまま、二度と夜明けの来ない世界へ独り落ちてしまったような心地になるから。夜の度に部屋を訪れた、悪夢のような人を否応なく思い出すから。

 セレスティアは無意識にジョゼフの腕に縋り、眉を寄せて俯いた。

 壁に映る蝋燭の明かりで出来た影が、何処までも広がって暗闇で自分を包み込んでしまいそうで怖かった。


「大丈夫だよ、お嬢様。もうすぐ着くから」


 ジョゼフは城内で仕事をするとき、直剣ではなく短剣を装備する。太ももに巻いたベルトに装着しており、それは夜になったいまも変わらず其処にある。

 前の城ではあの王子相手に抜いたこともあった。不敬だと処罰されなかったのは、ひとえに彼が末期の見栄っ張りだったからだ。女の寝所に忍び込んでメイドに短剣を向けられ、うっかり失禁したなどと人に知られては末代までの恥だと思ったおかげである。

 ロアルディオに対してあの頃のような使い方をすることになろうとは、ジョゼフも全く思っていない。だがそれでも、人の姿でいるときは刃が傍にないと落ち着かない性分となっていた。

 全てを失ったジョゼフに新しく守るものが出来た過日から、ずっと。


「ロアルディオ様。お嬢様をお連れしました」


 部屋の前に立ち、ジョゼフが扉を叩いて声をかける。

 暫くののちに扉が開かれると、薄橙の明かりが暗闇を細く切り裂いた。


「ご苦労だった。……もし懸念があるなら、ジョゼフィーヌ殿も同席するか?」

「いえ。私は部屋に戻ります。エディがひとりで待ってるので」


 ロアルディオを見上げながらフッと微笑み、セレスティアに視線を移す。


「お嬢様、お休み。朝になったらまた迎えに来るよ」

「ええ。……おやすみなさい、ジョゼフ。ありがとう」


 胸に手を当てて一礼し、ジョゼフは二人に見送られながら夜の廊下へと消えた。

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