優しい腕
「あたしが孤児院に、ですか?」
丸い瞳をきょとりと瞬かせて首を傾げるエディを撫で、セレスティアはしとやかに頷く。
「エクルイユの子が、お友達の腕に怪我を負わせてしまって怯えているの。あなたがジョゼフと遊んで覚えたように、あの子にも力の使い方を教えてほしいのよ」
セレスティアは孤児院で聞いた、リュケイオとアステリアのあいだに起きたことを話して聞かせた。するとエディも、勢い余ったにしては、まだ幼いニンフェの少女の腕を握り潰してしまわなかったことに引っかかりを覚えたようだった。
「そういうことなら、お任せくださいです! ひとに近付くのが怖かった気持ちも、あたしならわかりますから」
「ありがとう、エディ。頼りにしているわ。ジョゼフも付き添いお願いね」
「わかってる」
快諾してくれたエディを抱きしめ、撫で回し、頬にキスを送る。
くすぐったそうな声を上げて笑うエディの、セレスティアを抱き返す腕は優しい。エクルイユ種だって、人間を抱き潰さずに触れ合えるようになるのだ。あの子だってきっと。そう願う。
「さあ、行きましょう。途中でお茶菓子も買っていきましょうね」
「はーい」
執務があるロアルディオにはメイドを通して外出の旨を伝え、エディとジョゼフをつれて、セレスティアは城を出た。
孤児院への道中、素朴な味わいが好きで何度かお世話になっている焼き菓子の店に立ち寄り、クッキーの詰め合わせを購入する。ナッツ類がふんだんに使われたそれはエディもお気に入りで、既にお茶の時間が待ちきれない様子で目を輝かせている。
「セレスティア様、今日も孤児院へ差し入れかい?」
「ええ。此処のクッキーが子供たちに一番喜ばれるものですから。勿論、わたくしも此処の焼き菓子が一等好きですわ」
「ははっ、うれしいことを言ってくれるじゃないか。いつもご贔屓にありがとうね。またどうぞ」
店主の声に送られながら、再び歩き出す。
相変わらず街は賑やかで明るく、ただ歩いているだけでも気分が上向いていく。
「あ、セレスティア様!」
間もなく孤児院が見えてこようかという頃、ふいに声をかけられて立ち止まった。声の主は先日出会ったアルティオで、今日も狩りの格好をしている。
「ご機嫌よう、アルティオ。今日も森へ?」
「うん。
「まあ、危ないわ。それなら兵士の方にお任せしたほうがいいのではなくて?」
「大丈夫、深追いはしないし、街に近付いてないか確かめるだけだから。近かったらちゃんとお城に報告する。他の皆も危ないからな」
そうセレスティアに答えてから、アルティオはジョゼフを見た。
「そっちのメイドさん……もしかして、レイヴンナイト?」
「ええ、そうよ。ジョゼフっていうの」
セレスティアの紹介を受けてジョゼフが黙礼すると、アルティオが目を輝かせた。その瞳には尊敬や憧憬、様々な感情が映ってきらめいている。
「俺、小さい頃にレイヴンナイトの人に助けてもらったことがあるんだ! その人に近付きたくて真似して短剣使ってるんだけど、ジョゼフは直剣なんだな」
「まあね。あたしも似たようなものだよ。剣の師匠がいて、その影響」
「すげー! あのっ、また良かったら話聞かせてくれないか? 俺ももっと、あの人みたいに強くなりたいんだ」
ジョゼフがチラリとセレスティアを見ると、セレスティアは優しく頷いた。
「仕事がないときなら構わないよ」
「……! ありがとう! じゃあ俺、見回り行ってきます!」
大きく手を振って、アルティオは終始笑顔のまま駆けていった。
孤児院に着くと、庭で遊んでいた子供たちが気付いて一斉に駆け寄ってきた。だがその中に、件のエクルイユの子はいない。
何処にいるのだろうと見回せば、セレスティアの服の腰を小さな手が軽く引いた。手の主はニンフェの少女、アステリアだ。澄んだ泉の如き薄水色の瞳が、真っ直ぐにセレスティアを見上げている。
「リュケイオは、いつも聖堂にいるの……あの日から、ずっと……」
「なんかね、ごめんなさいしたのに、ずっとざんげしてるんだよ」
「アステリアは怒ってないのにね。エクルイユは力が強いけど乱暴者じゃないって、ダナエママも言ってた。あたしもそうおもう」
「ね。乱暴者だったらさ、もっとへいきで痛いことするもんね」
アステリアがか細い声で囁くと、他の子供たちも口々にリュケイオとアステリアのあいだで起きた出来事や彼についてを話し始めた。そのどれもがリュケイオをかばうもので、誰一人彼の行いを責めていない上、彼そのものを否定してもいない。
ただ本人だけが、自身を許せていないだけなのだ。
「あ、リュケイオ」
話を聞いていると、懺悔を終えたのかリュケイオが外に出てきた。
しかし彼は、皆と目が合っても怯えたように顔を背け、建物の陰へと走って逃げてしまった。追うべきかそっとしておくべきか迷っている様子の子供たちに、エディが胸を叩いて「大丈夫です」と言った。
「此処はあたしに任せて、皆はセレスティア様とお茶してくるといいです」
「でも……」
「あたしも同じエクルイユです。だから、任せてくださいです」
行ってきます、と言って、エディはリュケイオを追って建物の裏に回った。
残された子供たちの心配そうな顔を見下ろして、セレスティアは努めて優しく声をかける。
「大丈夫よ。あの子は強くて優しいの。皆はリュケイオが戻ってきたとき寂しくないように、お茶を用意していましょう」
「うん、わかった」
子供たちは心配そうにしながらも、セレスティアと共に食堂でリュケイオを迎える準備をすることにした。お土産のクッキーを菓子皿にあけて、養母に見守られながらお湯を沸かし、茶葉を計ってポットで蒸らす。
そわそわと落ち着かないのは、今日はおやつが待ち遠しいだけではないだろう。
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